第168話 褪せぬ白亜の不易竜咬2

 接近戦において体格は、極めて重要なファクターである。

 リーチ、打たれ強さ、一撃の重み……格闘に必要となるほとんど全ての項目に影響する。


 大きければ大きいほど良い、という単純な話ではないが、大きい方が一般的には有利だ。

 自然界においてもそれは同じで、〖獣位〗の高い魔獣が強いのはその体格によるところもデケェだろう。


 その点”古王”は十王最強なだけあって、他の生物の比にならねぇ程に巨大である。

 同じ〖王獣〗のはずのオレの二倍以上あるんだから相当だ。


 圧倒的巨躯と最高峰の〖スタッツ〗に裏打ちされた近接戦闘力は凄絶の一言。

 腕を振るうたび地が裂け、尾の一薙ぎで山を別つ。


 その一挙一動が天変地異。

 範囲が拡大されている噛み付きなんかは殊更。

 こいつに接近戦を挑むことは、嵐に生身で飛び込むのに等しい。


「(けど、台風の中心は凪いでんだよな)」


 ──ゴォルォォォッ!!


 すぐ傍で、落雷の如き爆音が轟いた。

 それは”古王”の鎌のような長爪が空気を引き裂いた音であり、その風圧で大地に傷が刻まれた音である。


「(雷撃!)」


 ──バリィィィ!


 今度は正真正銘の雷鳴が響いた。

 オレが射った雷は──雷の槍は、鱗のない腹部に命中する。


 このように猛攻を紙一重で回避することで、オレは近接戦闘を成立させていた。

 回避の容易さは小柄なことの利点だな。


 本当は毎回避けるんじゃなく背中なんかに張り付いてやりたかったが、一回それをして手痛い反撃をもらっちまった。

 どうも”古王”には接触した相手を問答無用で『変化』させる能力があるようだった。


 なのでこうして触れる機会を減らしつつ、出の早い雷撃で応戦しているのである。

 初めは竹槍を使っていたんだが、なぜか〖ライフ〗吸収が“古王”には発動しなかったためこっちに切り替えた。

 まあアイツは皮膚も異様に硬ぇから雷撃も弾かれちまってるが。


「(チぃっ、〖超躍〗!)」

「グガァァ!」


 急いで踏みつけを躱し、しかし距離は取らずに至近距離のまま死角へ移動する。

 ”古王”は苛立たし気に尾を一回転させたが、オレはジャンプでそれを避けていた。


「(〖神の杖〗、〖スラッシュ〗!)」

「グルル、ルァ!」

「(だああああクソっ! やっぱ全然効いてねぇ!)」


 落下と共に竜鋸の斬撃をお見舞いするも、結果はノーダメージ。

 むしろ武器の方が刃毀れしちまったし、反撃に繰り出された噛み付きを避けるため空中での〖超躍〗の回数を使わされる羽目になった。


「(竹槍で〖ライフ〗が吸えなかったからなんかおかしいたぁ思ってたが、防御無視の竜鋸も効かねぇか。ただの〖タフネス〗じゃねぇな。ダメージを無効化する〖スキル〗……とかか?)」


 ったく、自分だけはダメージを負わないようにするとは卑劣な奴め……などとふざけている余裕はあまりない。

 真面目に打開策を考えなくては有効打を持つ”古王”の攻撃がいずれオレを殺す。


「(まっ、考えられるのは〖スキル〗だな)」


 何せ感触が違った。

 ただ〖タフネス〗が異次元クラスに高ぇってだけなら硬質な感触になっていたはず。


 だが、さっき感じたのはもっと根源的な不可侵の手応え。

 こちらの攻撃の威力を無理やりに掻き消されるようだった。

 あれは単に〖タフネス〗が高いってだけじゃ説明が付かねぇ。


 それとそもそもの話、〖嵐撃〗と防御無視が乗った攻撃で無傷ってのは異常だしな。

 力押しじゃ突破できねぇ可能性は高ぇ。〖色なき王権:無季燦燦〗だけは例外だが、あれを撃つならこっちも王権を食らう覚悟が要る。


「(〖空蝉〗、〖コンパクトスイング〗! ……衝撃も駄目か。んー……『不変』、か?)」


 “古王”の〖牙〗を思い出しながら考える。

 自身の肉体なり〖ライフ〗なりを不変にしている、とか。それなら〖魔蝕マナ・イクリプス〗で〖マナ〗が減少しねぇのにも説明が付く。

 『咬合』も『変化』も防御には使えなさそうだしな。


「ルゥオオォォォォ!」

「(やべ、〖武具格納〗っ)」


 振りかぶられる“古王”の槌尾。

 それを避けようとしたその時、体が何かに当たった。

 目に見えねぇ何かに回避が遅れる。防御しかねぇ。


「(〖Uアップデート〗ッ、〖レプリカントフォーム〗!)」


 マナクリスタル改造能力で“古王”の足場を陥没させつつ、所持武器の中で硬度最高な竹槍を模倣し、槌尾に差し向ける。

 受け止めるのはキツいが、〖パリィ〗を合わせれば緩和くらいは出来るはずだ。


「(そんで【栄枯雷光輪廻】!)」


 加えて、【ユニークスキル】による強化も施す。

 刹那の後、凄まじい衝撃に襲われた。


 牙みてぇな完全無視じゃねぇが、尻尾の攻撃にだって防御無視は乗っている。

 〖王獣〗屈指の〖パワー〗と相まって、僅かに方向を逸らすので精一杯だった。竹槍も半ばから折られちまった。


「(ぐぁっ)」


 突き抜けて来た衝撃に呻きつつ、体を変形させてその場から離脱。

 動きを邪魔していた見えない何かは並んだ柱みてぇな形で、冷静になれば間をすり抜けることは容易だった。


「(〖ライフ〗は損耗なしか、良し)」


 見えねぇ柱に気を付けながら距離を取り、状況を整理する。

 竹槍は一撃で破壊されたが、同時に攻撃の威力を削ぎ落としていた。


「(実験じゃ気休め程度だったけど形状固定も案外イケるな)」


 【真化】で目覚めた能力を思い返す。

 『形を定める雷』。

 そんな説明だったが、つまるところ変形を抑制するような能力だった。


 例えば水に使えばゼリーみたく固まるし、固体に使えば強度が若干上がる。融点も若干上がる。

 さっきの【栄枯雷光輪廻】で使ったのもこの効果だ。

 竹槍は鉱物じゃねぇから通電は使えねぇが、形状固定は対象の縛りがねぇ。


「ギュゥオオオオオッ!」

「(〖超躍〗ッ、サンレーザー!)」


 “古王”の突進からの噛み付きを飛び越えて、その背中に〖マナ〗の光線を何発かお見舞いする。

 しかし傷はない。

 推定『不変』の力はとんでもねぇな。


「(あれ、待てよ)」


 何か引っ掛かりを覚えるオレへと、槌尾による追撃が放たれる。

 今回は避けられる状況だったが、気になったことがあったため敢えて受けた。


「(〖レプリカントフォーム〗、形状固定、〖パリィ〗!)」


 竹槍を模倣して尾撃を防御。

 が、竹槍は先程とは異なりほとんど威力を往なせず、爪楊枝みたくあっさりと折られる。

 威力もほとんどそのままに、オレの肉体を抉っていった。


「(痛ってぇ! 形状固定一つで変わりすぎだろっ)」


 足場崩しの有無を加味してもこれはおかしい。

 力の入れ具合だった同じように見えた。


「(強度の上昇値は小さかったんだが、これは……相性の問題か?)」


 “古王”の防御無視の原理は変化の強制。

 アイツが力を加えれば、どんなに硬くてもその変化を拒むことはできねぇ。


 けどオレの形を定める力なら、変化の強制に対して抗えるのかもしれねぇ。

 素の〖パワー〗が高すぎるから前回も今回も竹槍は壊れたが、防御無視を無効化……もしくは軽減できるのなら戦い方を変えられる。


「(〖王獣〗に挑んでんのも元はと言やぁ【ユニークスキル】の習熟のためだ。綱渡りにはなるが……【ユニークスキル】の新しい可能性、試させてもらうぜ)」


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