第166話 開かれる戦端

「(見つけたぜ、“古王”の〖制圏〗……!)」


 “緑王”を倒してから少しして。

 “緑王”の体から武器を作り、ポーラの魔法で南大陸まで戻ってきたオレは、ようやく“古王”の支配域に辿り着いた。


 そこは他と変わらず森だったが、植生が違っている。

 なんだか他よりも木々が大きく、そして生息する魔獣達も一回り大きかった。


 中には〖王獣〗に匹敵する体格の者も複数居たが、その割には〖マナ〗が少ねぇ。

 多分、“古王”の形成する環境は生物が巨大化しやすいんだろう。


「(どんな効果かは見当もつかねぇけど……そこら辺は当たって砕けろだな)」


 覚悟を決めてその支配域を見据える。



~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~

・・・

>>白毫びゃくごう呈す珀陽ひゃくよう玲瓏れいろう(?)、不破勝鋼矢の〖勇気〗が発動しました。

・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 それが『勇気を宿す』判定になったのか、体が軽くなる。

 新たに覚えた〖陽光をソーラー統べる者・ロード〗など、諸々の強化〖スキル〗を掛け万全の態勢で臨む。


「(『収束』解除!)」


 ──世界が震えた。


 空間が罅割れたかのような錯覚。世界の根底に亀裂が刻まれた感触。

 森を吹き飛ばした爆風の轟音よりも、オレはその感覚に気を取られた。


「(ビビったぁ……〖王獣〗同士で〖制圏〗ぶつけるとこんな風になんのか)」


 オレは空中に居るため衝撃波の発生地点もそれなりに高い位置だったはずだが、大魔境の森は広範囲にわたって更地になっていた。

 強靭強大なはずの樹木も、身に余る巨体を持つ魔獣も、衝撃波の去った後には存在しねぇ。


 さっきの世界の割れた感覚はもうねぇが、〖王獣〗の〖制圏〗はあんまりぶつけ合わせちゃいけねぇって本能の部分で悟った。


「(さあて、こんなのされちゃぁあっちだって黙ってねぇよな)」


 衝撃波の舞い上げた土煙の向こう。

 〖制圏〗の発生地点を〖透視〗で睨む。


 これから挑む“古王”は最強の〖王獣〗。

 神様によるとキメラらしいが、具体的にどのような種族なのかまでは聞けなかった。

 あの頃はまだどの〖王獣〗を狩るかは未定だったし、神様と交信できる時間も限られてたしな。


 だからこそ、奴の僅かな挙措も見逃さねぇようにする。

 だから、ドン、という地鳴りの後に飛来する影にもすぐに気づいた。


 影は放物線を描き、オレより数百メートル離れた地点に落ちる。即ち〖王獣〗にとっては瞬きの間に詰められる間合いだ。


 落ちた影は他の〖王獣〗と比してなお著大と評せる、山岳の如き巨獣。

 特大の震動で、〖制圏〗に焼かれマナクリスタルへと造り変えられつつあった森が一層荒廃した。


「グルルルルオオォォォォォォッ!!」


 ただの一吠え。それだけで爆風が巻き起こり、土煙が晴れる。


 その姿は、正に究極と称すべきモノだった。

 ソレこそが最強の十王なのだと、否応なく理解させられるだけの威容がそこにはあった。


「(…………カっ──)」


 ソレには牙があった。

 塔のように大きく、名剣よりも鋭利な牙が、口内にぞろりと生え揃っている。


 ソレには角があった。

 額の両端と鼻の上から計三本の角が伸びており、先端はオレへと向けられている。


 ソレには鉤爪があった。

 鎌の如く僅かに反りが入る鉤爪は、手の長さを軽々上回る刃渡りを有す。


 ソレには背鰭せびれがあった。

 鰭と言っても魚の持つような穏やかなものではなく、丸鋸の刃を半円状にしたような、極めて凶悪かつ残酷なフォルムをしている。


 ソレには大空を覆う程の翼があった。ソレには背中から尾にかけて板状の骨がいくつもあった。ソレにはフレイルに似た構造の尾があった。ソレには──ソレは、端的に言い表すならば、数多の恐竜の特徴を兼ね備えたキメラだった。


「(──カッケェェえええええッ!!)」


 にわかにテンションが沸騰する。

 カッコイイ! カッコイイ! カッコイイ!!

 最高に最強で究極的に強そうだ!


 ロード系〖スキル〗と思しき牙を連ねた王冠もワイルドでクールだ。

 倒すのが惜しくなるくらいに夢とロマンに溢れている。


「(でもそれは無理だよなぁ……)」


 メラメラと照りつけるような闘志を感じる。好戦的な視線だ。

 魔獣は凶暴なのが常だが、“古王”は闘争本能が人一倍……魔獣一倍強ぇらしい。


 今更仲良くしましょうなんて言ったって、聞き入れられるはずがねぇ。

 “古王”の全身が戦意に引き絞られる。


「ガルゥォォォオオオオッ!」

「(速ぇっ!?)」


 通電による強化。

 〖勇気〗による強化。

 そして〖明鏡止水〗による思考加速。


 多くの強化バフが乗ったオレの視力でも見失いかねねぇ神速で“古王”は肉薄する。


「(けど、そう来なくっちゃなァ!)」


 否応なく心底から昂る。


 元から“古王”と仲良くしようなんて気、さらさらなかった。

 カオスを倒すため〖レベル〗上げの必要がある……ってのとは別に、純粋に打倒したいって想いがあった。

 その衝動は、生態系の頂点に相応しい脚力を見ていや増した。


 〖マナ〗を高ぶらせ〖スキル〗を発動する。


「(まずはコイツだ、〖陽光をソーラー統べる者・ロード〗!)」


 強化バフとは別の、〖陽光をソーラー統べる者・ロード〗のもう一方の効果を発動。

 辺りのマナクリスタルが独りでに浮かび上がる。


「(爆弾化、行け!)」


 周囲のマナクリスタルやアーティファクトを操れる〖陽光をソーラー統べる者・ロード〗だが、この〖スキル〗によって遠隔でもマナクリスタルを改造できるようになった。


 そうして作製された爆弾アーティファクトが、大地を焼く白い魔炎の中から飛び出した。


「グラァッ!」

「(まっ、効かねぇか!)」


 幾多の爆弾が爆ぜ、しかし爆炎を突っ切って無傷の“古王”が現れる。

 彼我の距離はもう百メートル未満。そこで“古王”がさらに加速し、オレは跳躍。


 瞬間、上下の牙が噛み合わされ、地表に渓谷のような歯型が刻まれる。

 明らかに牙のサイズよりも被害がデケェ。噛み付き攻撃の範囲を拡張する能力でも持っているのか。


「(あっぶねぇ、急加速と範囲強化は初見殺しすぎるぜ)」


 “古王”の能力を高く見積もり、早めに回避行動に移っていたから間一髪で間に合ったが。

 僅かにでも遅れていれば、あの尖塔じみた牙で食い千切られていただろう。


「(厄介だな、〖牙〗って奴ぁ)」


 空中に逃げつつ神様から受けた説明を思い出す。

 〖レベル〗も〖スキル〗も〖種族〗も〖属性〗も存在しなかった太古、唯一存在した特殊法則が〖牙〗なのだそう。


 〖牙〗の性能は個々人によって千差万別。【ユニークスキル】に近ぇ形態らしい。

 そして“古王”の〖牙〗の主幹効果は、『咬合』と『変化』と『不変』。

 平たく言えば噛むことに補正が掛かり、アイツの近接攻撃は受け止められず、アイツの付けた傷は治せねぇ。


 倒した後なら治療も可能らしいが、戦闘中の回復は無効化されちまう。

 普段よりも命の危機が身近にある戦闘だ。


「(それでこそ、だよな! お互い死力を尽くそうぜ“古王”!)」

「ギュオォォァァァァ!」


 “古王”の翼が広げられ、大気を消し飛ばす勢いで羽ばたいた。

 褪せぬ白亜の不易竜咬、ゴゴロとの戦端が開かれたのだった。


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