第160話 永遠に溶けざる凍海氷灼7
不破勝鋼矢が光に呑まれていたのはほんの瞬き程の時間だった。
常人では知覚することすら不可能な瞬刻で、光の奔流は消え去った。
それは“極王”が長い時間を掛けて収束させた〖マナ〗が、一瞬にして使い果たされたこと。延いては発動した〖スキル〗がそれ程までに絶大であることを証明している。
結論から言うと、不破勝鋼矢の取った対策のほとんどは意味を為さなかった。
〖白の王権:
つまるところ、相手の熱量・熱伝導率の多寡に依らず、万物を平等かつ公平に凍り付かせる。
故に、不破勝鋼矢のあらゆる防備は無効化された。
そして、〖白の王権:寒凪天秤〗の猛威はこれで終わりではない。
光の奔流が過ぎ去った後。温度が一定以下になった対象を分解し、煌めく氷晶へと変換する恐るべき効果を持つ。
先述した通りこの冷気を軽減する手立てはなく、『一定以下の温度』などという条件付けは無意味に等しい。
光に貫かれた氷山及び氷原には、氷晶の一本道が出来ており、無論、不破勝鋼矢も例外ではない。
全身に光を浴びた彼もまた体温が一定値を下回り、それにより肉体を光粒へと換えられ、膨大な〖ライフ〗の全てを奪われるだけの大ダメージを負った。
〖制圏〗の消失により外敵の死を悟った“極王”は、手古摺らされた溜飲をいくらか下げてその場を去り、
──無防備な背を一条の矢が射抜いた。
◆ ◆ ◆
~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~
・・・
>>遠き光輝の皓玉輪、不破勝鋼矢の〖土俵際〗が発動しました。
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~スキル詳細~~~~~~~~~~~~~~
土俵際 常時、その場に留まる力に補正。二十四時間に一度、〖ライフ〗が全損する時、代わりに〖ライフ〗が1残る。
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「レレレレリっ!?」
「(痛ってぇぇぇええっ!!)」
今回っ、ばっかはっ、死ぬかと思ったっっ!!
光を浴びた瞬間視界が真っ白になったんだ!
死ぬほど冷てぇはずなのに、あんまりの激痛で熱いのか寒いのか分かんねぇの!
マッジで死ぬ程痛かった!
今も必死にテンション上げねぇと、痛みで失神しそうなくらいだっ!
「(けどこれでも〖リペア・ムーンライト〗のおかげでマシになってるんだけどなっ)」
~スキル詳細~~~~~~~~~~~~~~
リペア・ムーンライト 〖マナ〗を消費し、アーティファクトを修復する光を発せる。〖マナ〗を消費し、精神を修正する光を発せる。
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光の奔流を〖土俵際〗でやり過ごしたオレには初め、生命維持に必要最低限の肉体しか残ってなかった。
が、
〖リペア・ムーンライト〗に限った話じゃねぇけど、回復〖スキル〗は使用から治癒までに若干の時間差がある。
ゲームと違って……いや、ゲームもそうか。回復技を使ってからHPバーが伸び切るまでには多少のラグがあるだろう。
そんな仕組みが今回、役に立った。
クリオネの光は一瞬でオレの〖ライフ〗を奪い切ったが、事前にアホ程かけておいた〖リペア・ムーンライト〗が〖ライフ〗を回復させ、精神を落ち着けてくれた。
苦痛にのたうち回りながらも最適解を選べた。
即ち、〖隠形〗である。
クリオネは追撃を行わなかった。
〖マナ〗が枯渇寸前だったのもあるが、あの光を食らって生き延びる奴が居るたぁ思ってなかったんだろう。
そのことに気づいたオレは〖制圏〗を解き、不意を付く機を窺った。
本当は〖リペア・ムーンライト〗で傷を癒したかったが、少しでも〖マナ〗を使えば気取られかねねぇからな。
そして奴が背を向けた瞬間に〖超躍〗で肉薄し、イッカクドリルで刺し貫いた。
「(っしぃ、〖暗殺〗も発動成功!)」
~スキル詳細~~~~~~~~~~~~~~
暗殺 相手に察知されずに攻撃した時、威力に補正。相手に察知されずに攻撃した時、対象の〖タフネス〗を一定割合無視する。
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それだけじゃねぇ。
〖爆進〗、〖嵐撃〗、〖穿孔〗。いくつもの〖スキル〗の相乗効果によりイッカクドリルはクリオネに深々と突き刺さった。
当のクリオネはビクンと体を跳ねさせたかと思えば、滅多やたらに暴れだした。
だがイッカクドリルが抜けることはなく、オレも追撃に出る。
「(オラぁ! 回転開始ィ!)」
最早〖マナ〗を隠す必要もなく、武器に搭載されたアーティファクトも使用可能。
肉を抉り、臓物を掻き出していく。
「ルルルルゥラァアっ!」
クリオネは次に、周囲の氷晶から光弾を放とうとした。
しかし散々見た攻撃。予想は出来てたし対応策はいつでも切れる状態にしていた。
「(〖縄張り〗発動!)」
後部に集めていた〖マナ〗によって〖制圏〗を再展開する。
この一帯はクリオネの〖制圏〗であり、そんなことをすれば
背中側で強烈な衝撃波が発生し、それにより辺りの氷晶は全て吹き飛んだ。
「リリっ!?」
さらには衝撃波に背中を押される形となり、イッカクドリルはより奥へ。
同時、オレは氷鎖鎌を数本模り、切り傷を与えていく。
密着状態であるにも関わらず、『凍結』が使われることはなかった。
「(当然だよなァっ、『凍結』する〖マナ〗はもう残ってねぇもんなァ!)」
「ル゛ル゛ル゛ゥっ」
いくら〖制圏〗で無尽蔵に回復できるっつっても、『凍結』一回分の〖マナ〗を貯めるには相応の時間を要す。
光の奔流で〖マナ〗をほぼほぼ吐き出した現状、『凍結』は使えねぇ。
「るぅ、ララァっ」
「(うおっ、マジかっ)」
だがクリオネも然る者。
突如として急降下を開始し、下から上って来ていた氷塊をオレにぶつけた。
驚異的な相対速度によりイッカクドリルは折られ、オレは空に打ち上げられる。
もちろん、氷を操る〖スキル〗は知っていたし全方向に注意も払ってた。
なのに気づけなかった……っつーか見えなかった。あの氷塊は本当に突然、虚空から現れたのだ。
「(透明化ってところかっ、まだ手札を伏せてたたぁやるなァ!)」
謎現象の正体を推測しつつ次の行動を考える。
つまり、クリオネの攻撃にどう対処するかについて。
もうなりふり構っていられねぇらしく、クリオネはその〖スピード〗を十全に活かしてあっという間に接近して来る。
そう、接近だ。
切り札を耐え抜いたオレに、あちらも覚悟を決めたのだろう。
〖王獣〗の全力移動……ともすれば光弾に匹敵するその速度を、オレはしっかりと目で追えていた。〖
~スキル詳細~~~~~~~~~~~~~~
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〖ライフ〗が減っている現在は思考加速状態にある。
だからこそこれまでの攻防でもクリオネと同等の反応速度で行動できていた。
注視する先で“極王”の頭部がパックリと裂け、六本の管のような物が飛び出す。
バッカルコーンと言うんだったか。一般的なクリオネも持つ捕食器だ。
“極王”のそれはクリオネ本来の物よりも幾分か凶悪な形をしていたが、役割自体は同じだろう。
オレを食らわんとする捕食器を逆に〖転瞬〗で潜り抜け、クリオネの口内に飛び込んだ。
「(最悪は『凍結』復活から全力で逃げられることっ、もう慎重に行く段階じゃねぇ! 【
「ルルッ、ルロラァっ!」
即死の雷撃を放つために口内に張り付いたオレへと、謎の冷気が吹き付ける。
威力は氷晶光弾より上。これまで使ってこなかったのを見るに、射程が短いとかなのだろう。
オレはそれに〖リペア・ムーンライト〗と太陽石で耐えながら、ひたすらに【ユニークスキル】を放った。
皮を裂き、肉を破り、骨を砕き、その髄に宿る〔魂〕を土へと還すために。
小細工なしの死力の闘争。どこまでも熾烈で泥臭い、命懸けの応酬は果たしてどれだけ続いたか。
極限の〖集中〗状態では、時間感覚すら麻痺してしまう。
そんな永い刹那の中、先に力尽きたのは──、
~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~
・・・
>>永遠に溶けざる凍海氷灼、リーネレアンが死亡しました。
・・・
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