第156話 永遠に溶けざる凍海氷灼3
“極王”に最初に起きた変化は、その光輪。
頭頂に浮かぶ氷の円環がビキビキと厚みを増し、重力に逆らうように氷柱を伸ばす。
それはともすれば氷の王冠にも見えた。
「〖シュート〗、〖
「ルルル」
朱翼からの高熱魔弾が一枚の氷晶盾に止められる。
時間の都合で二枚の翼しか使えなかったとはいえ、さっきまでなら何発かは突破できていたはず。
明らかに氷晶盾の性能が上がってやがる。
「ロロララ」
そして“極王”の変化はそれだけじゃあなかった。
大量の〖マナ〗が消費されたかと思えば、その体を白緑の光の帯が包み込む。
羽衣さながらなその光帯の正体は、オーロラ。
虚空から滲み出るように現れたオーロラの衣を纏い、女王の如き威容で殺意を迸らせる。
「(っ、白駆起動!)」
「リレルリ」
クリオネの攻撃が放たれるより早く全力飛行を開始。
〖弾道予見〗がオレに見せた
果たして、その幻視の正しさは刹那の後に判明した。
逃げ出したオレを追って多少は軌道がズレているが、概ね〖弾道予見〗通りの攻撃が放たれる。
即ち、大雪崩と錯覚するレベルの無数の光線。
「(シールドっ。これっ、氷晶光弾とは別モンかっ)」
雪崩の端が当たりかけたので〖マナ〗のシールドで防ぎ、盾の壊れ方を見て攻撃の性質を理解する。
シールドは熱されたプラスチックみてぇにグニャリと溶け落ちた。
氷晶光弾の時は凍り付くようにして罅割れていたはずだ。
「(弾速も速ぇし持続もする、メンドクセェっ)」
今回の光線──仮に熱線と呼ぶか──の特徴はレーザービームみたく打ち続けられるってことだ。
オレを取り逃した熱線の群れは、今度こそ灼き切ろうと後を追って来ている。
円を描くように逃げているため熱線群も水平に動いており、背後にあった氷山が流れ弾に当たり、溶け出した。
命中した時間は数瞬だったってのにとんでもねぇ熱量だ。
「レレ」
「(まだ増えんのかよっ!?)」
熱線と並行して凍結光弾も放たれる。オレの進行方向への偏差射撃だ。このまま進めば当たっちまう。
「(ってなると上だよな!)」
敵が氷を操れる以上、下は論外。
急いで夜空へと飛び上がり、それを追って来た熱線と光弾から逃れるためまた横へ。
そのまま上空を縦横無尽に翔け回りクリオネの様子を窺った。
成果の上がらねぇことに痺れを切らしたのか、クリオネは光弾を止め他の〖スキル〗を発動させる。
「ララ」
「(黒い……球?)」
変化が起きたのは地上の氷。初めはまた氷塊を操るのかとも思った。
だが、クリオネの隣まで浮かび上がった四つの氷塊は、その過程で形を球へと変えると共に、真っ黒に変色していた。
〖透視〗を使わなければ、あたかもぽっかりと穴が開いたようにも見える黒さ。
まるで墨汁に浸して染めたみてぇだ。
「(明らかに何かの〖スキル〗の前兆だよなぁ……取りあえず妨害だ、雷撃!)」
「ラレ。ロロレレ」
雷を氷晶盾で防いだクリオネが次に取った行動は、さっきまでと同じ凍結光弾。
だが、狙撃の対象が異なっていた。
ダイヤモンドダストの輝きが吸い込まれて行くのは、クリオネの傍に浮かぶ四つの黒氷球。
「(何やって……あ、そういうことかっ!?)」
闇どころか壁すら見通す〖透視〗が奴の狙いを教えてくれた。
黒い球は、黒色に染められたわけじゃあなかった。
言うなればアレは、光を囚える氷の牢獄。
〖スキル〗で氷の性質を変えたのだろう。球内に入る光は素通りさせ、しかして出ようとする光は反射して閉じ込める。そんな超常的な性質へと。
「(雷撃! 〖千刃爆誕〗! 〖
四つの黒氷球へ向け遠距離攻撃を乱射する。
回避が甘くなり熱線が体を掠めるが、多少の被弾は必要経費。黒氷球の破壊が先決だ。
「レレラレ」
「(……やっぱ無理かっ)」
複雑な軌道を描いた魔弾達だったが、やはりと言うべきか、光弾や氷晶盾に全て阻まれてしまった。
そうしている間にも黒氷球内部の光量は増大し続けている。凍結光弾も、あの氷の内部では炸裂しねぇらしい。
熱線魔眼を使うかという案が頭を過り、それよりは防御策を講じるべきだと思い直す。
チャージが間に合うか微妙なのと、敵の熱線に当たり続けるのは不味そうだからだ。
今はまだ数回しか食らってねぇからコタツの中くらいの熱さで済んでるけど、これが積み重なればオレの〖タフネス〗も貫通されかねねぇ。
光弾もそうだが、温度系の攻撃は蓄積するのが厄介だな。
「(──来るか)」
「ララロロル!」
回避に専念しつつシールドアーティファクトに〖マナ〗を込めていたところ、黒氷球への凍結光弾の流入が止まった。
そして四つの黒氷球は回転を始め、表面から閃光が飛び出す。
「(あ、っぶねっ。クソ、弾道が読み辛ぇ! )」
溜め込んだ光をランダムに吐き散らしている黒氷球は、ある意味ミラーボールっぽく見えるものの、実態はそんな楽しい物じゃねぇ。
照準自体はかなり雑だが、黒氷球が回転してるから攻撃範囲が点じゃなく線になる。
当たったらラッキー。当たらなくても行動を制限できればそれでよし。
大方そんな思惑だろう。
黒氷球は徐々にクリオネから離れて行っており、警戒すべき方向が増えたせいで注意も分散させられる。
「(狙いが分かっても対処できる訳じゃねぇけどなっ、シールド起動!)」
躱し切れねぇ熱線を〖マナ〗の盾で受け止め、盾が受け止めてくれている一瞬の内に射線から逃れる。
高速移動が基本の空中戦じゃ一瞬防げるだけでも充分な働きだ。
そうして避けて避けて避けて避けて、ミラーボール光弾に当たりそうなったので〖マナ〗のシールドを展開し、一瞬の拮抗すらなく貫通された。
「(ぐっ、冷たっ!?)」
ダメージ自体は受けなかったが、背筋に氷を入れられたみてぇな感覚に襲われる。
凍結光弾を凝縮したミラーボール光弾は、威力が飛躍的に上昇していた。
「(やべっ)」
冷気への動揺の隙を突かれ、熱線に集中攻撃される。
シールドで防ぎつつ急いで逃げるも、十本ほどの熱線がオレの身を灼いた。
「(……ん、あれ? あんま熱くねぇ……ていうか気持ちーな)」
光弾で凍えていた体に温もりを与えられ、心地いい感覚に包まれる。
まあ、多分普通の〖亡獣〗じゃ凍傷と火傷でそれどころじゃねぇんだろうが。
オレだって急熱と急冷を繰り返せば熱割れの恐れもあるし、あんま楽観はできねぇ。
〖透視〗で見た感じ黒氷球の残存光量は、四つとも初期の三分の一くらい。
今後は間違っても盾で受けねぇようしっかり逃げ続け──、
「(あ、そうだ!)」
そこで一つ、閃きが脳裏を駆け抜けた。
「(うん、成功すればアレを防げる可能性も……〖転瞬〗! けどリスクもデケぇ、失敗したらそのまま……シールド起動っ。……いや、どうせ逃げてても埒が明かねぇし、オレの動きに適応されるのが先かもしれねぇな。……堅実なだけじゃ勝てねぇよな。っしゃ、やってやる、〖
そうして考えをまとめたオレは、思い付きを試すべくあるアーティファクトへと身体を変質させたのだった。
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