第154話 永遠に溶けざる凍海氷灼

「ルルルララァ♪」


 薄い金属同士を擦りつけたような涼やかな声が響き、クリオネの周囲を漂う氷晶達が一度、強く点滅した。


「(やべ、〖超躍〗!)」


 咄嗟に横へ跳ぶ。飛んでいちゃあ間に合わねぇ。

 〖スキル〗により空中を蹴り、直後、さっきまでオレの居た場所に冷たい色合いの光弾が殺到した。


 だがそれを見てホッと一息つく暇はない。

 全速力かつ縦横無尽に飛行し、間断なく放たれる光弾を躱す。〖弾道予測〗があっても気を抜けば当たっちまう弾幕だ。


 この光弾は氷晶から放たれている。

 もしくは、氷晶そのものを光弾に変えて撃ち出している、って言った方が的確か。

 氷晶がチカッと光れば、次の瞬間には光弾として飛来しているのだ。


「ルラララ♪」


 そこへ新たな攻撃が追加される。

 それは氷柱つらら。氷の大地を針地獄の如く尖らせ、オレに向けて撃ち出したのだ。

 引き続き放たれている光弾と合わさったその物量は、到底躱し切れるものじゃあなかった。


 まあ、氷柱についてはこれでいいんだけどな。

 オレは光弾の回避に専念。氷柱は何発も当たったが、どれも体表を貫けなかった。


 やっぱり実体を持ってる攻撃は脅威じゃねぇ。

 怖いのは光弾のようなビーム系の攻撃だ。

 魔弾みてぇな破壊力だけあるタイプならいいが、灼熱魔弾みたく特殊効果があったら不味い。


「(光と氷……か)」


 回避にも少し慣れ、思考する余裕が出て来た。

 神様から聞いた“極王”の情報を思い出す。詳細な〖ステータス〗を聞き出す時間はなかったが、十王の能力は大まかに教えてもらったのだ。


 光と氷ってのはその時に聞いた“極王”の得意分野である。


 魔獣ってのは本来、〖進化〗を重ねるほどに能力が一極化していくらしい。

 オレの場合は魂と種族が直結してねぇから幅広く色々やれてるが、普通は強力な〖スキル〗ほど系統が偏る。

 そして“極王”の偏っている分野が、光と氷。


「(だからこの光弾もっ、そっち関係っぽそうなんだよなっ、とぉっ)」


 紙一重で攻撃を避けつつクリオネを観察する。

 さっきからオレの方に飛んで来ちゃいるが、その動きは緩慢としている。おかげで距離を保つのにも苦労はしねぇ。


 明らかに手を抜かれてはいるが……今オレにある選択肢は二つ。

 このまま遠距離攻撃を続けるか、思い切って近付くかだ。


 安定しているのは前者だ。ほぼ現状維持だからな。

 ただ、撃ち合いじゃ敵わねぇのは明らか。

 攻撃を挟めるくらい回避に慣れたとしても、さっきみたく撃ち落とされるのが関の山だろう。


 〖マナ〗の持久戦を仕掛けるのも厳しい。

 こんな広大な〖制圏〗なら『徴収』による回復量はかなりの物だろうし、それにクリオネがいつ本気になるかも分からねぇからな。


 すると自ずと選択肢は絞られるものの、不用意に接近するのもまたリスクがある。

 射程の短い防御無視〖スキル〗があるかもしれず、近接戦闘力の高さも未知数だ。


「(……いや、どっかでは賭けには出ねぇとだよな)」


 そう思い直す。

 いつかは近付くのなら、その『いつか』は体力的に余裕があり相手もこっちを舐めている今が一番。


「(よし……ここだっ〖超躍〗!)」

「ラララっ」


 クリオネがフェイントに引っかかり、光弾の照準がオレから大きく外れたところで一転、前へ跳ぶ。

 〖爆進〗による猛加速。それにより距離を半分まで縮められたが、折り返し地点を過ぎたところで光弾の照準が合う。

 これまでと違いオレは前進しており、ここからの回避は不可能。


「(シールド、起動!)」


 だが用意していたアーティファクトなら間に合う。

 〖マナ〗で形成された半透明な盾が光弾を防いだ。


 シールドは瞬く間に凍り付き亀裂が入っていくが、一時いっとき凌げりゃそれでいい。

 光弾の射線が全てシールドに向いたのを確認し、


「(〖超躍〗ッ、〖超躍〗!)」


 V字を描くような軌道で光弾を掻い潜る。

 〖擬態〗を使って氷と同色になりささやかな迷彩効果を得つつ、クリオネを近接戦の間合いに捉えた。


「(さあ殴り合おうぜッ、“極お──ぅ?)」


 眼前に迫るクリオネの体を穿つべく、いくつかの武器を模倣しようと、した。していた。そのはずだ。


「(──なのに、なんでここに居る?)」


 全身を謎の衝撃に襲われた直後、オレは地上の氷にめり込んでいた。

 クリオネの〖スキル〗によって荒れ果てていた氷の大地は、いつの間にか無数の罅割れに覆われている。

 罅割れの中心はオレの居るクレーターだ。


 手の届く位置に居たはずのクリオネは遥か上空に居り、愉快そうに舞っている。

 これじゃあまるで──そう、まるで気付かないうちにクリオネに叩き落されたみてぇだ。


「(クリオネの〖マナ〗が目減りしてる……何かの〖スキル〗か。光みてぇな速度で殴られた……? いや、それなら遅れて音や余波があるはずだよな、ハハ)」


 理解を越えた現象に思わず笑いが零れてしまう。

 氷の冷気にも負けない昂揚が細胞に広がって行く。


「(そうだよなぁッ、〖王獣〗だもんなぁ! それくらいやってくれるよなァッ!)」


 思えば、遠き光輝の皓玉輪に〖進化〗してからは全力を振り絞るような戦いはしてなかった。


 土蛟は前情報と手数の差で完封した。

 大魔境で初めて戦った白イタチも手札を適切にぶつけるだけで勝てた。

 その他の〖亡獣〗との戦いだって大きなピンチに陥ることはなかった。


 オレとしてもそこに不満はなかった。

 地底の街なり世界の命運なりが懸かっているのだ、敵は弱い方がいいに決まってる。

 でも少し拍子抜けと言うか、歯応えがないなって感覚もあったのも確かで。


「(腑抜けてる場合じゃねぇよな、〖レプリカントフォーム〗)」


 空へと浮かび上がる。

 今回模倣したのは白駆。機神の使っていた疾白虎駆ストームドライバーを改良したアーティファクト。


 元々は脚部の武装だったが、改良後は純粋に速力を得るアーティファクトになっている。

 瞬間的な高速移動が可能で小回りも利く。体の内側で模ったので攻撃に晒される心配もねぇ。


 〖超躍〗はあと十一回使えるとはいえ、戦闘がどのくらい続くかは未知数。

 残量の潤沢な〖マナ〗の負担を増やし、〖スキル〗の使用回数は温存して行こう。


「リリルラ♪」


 直上に居るクリオネは、オレが動き出したと見るや光の雨を降らして来た。

 ただ、弾数自体はさっきまでと同じ。回避だけならそう難しくねぇ。


「(シールド、起動!)」


 まあ近付くとなると当たりそうにもなる訳だが、そこは盾のアーティファクトを活用。

 白駆を使い始めたのもあり、今度は〖超躍〗なしでクリオネに肉迫──


「(んなっ!?)」


 ──衝撃。今度は水平に吹っ飛んでいた。

 すぐそこに居たはずのクリオネとは百メートルも離れており、慌てて白駆で制動を掛ける。


「(三度目の正直だっ)」


 それから三度みたび、オレはクリオネへの接近を試みた。

 数多の光弾をやり過ごし、しかし今度はこれまでと異なりある程度近づいたところで攻撃を放つ。


「(〖SスパークルU・アプルート〗、〖LロックオンAIM・エイム〗!)」


 無数の魔弾が襲い掛かるも、クリオネは防御の素振りすら見せねぇ。

 そんなもの必要ないとでも言うかのようであり、事実必要なかった。


 先陣を切った魔弾はいかにも柔らかそうなクリオネの表皮すら傷付けられてねぇ。

 これから殺到する他の魔弾達も同様の結果に終わるだろう。


「(〖チャージスラス──)」


 当然、魔弾に紛れて近付こうにもクリオネの視線はしっかりオレをロックオンしており、これまでと同じく気付いた時には遠くへと弾き飛ばされていた。

 今度は近くの氷山にめり込んでいる。


「(慣れて来たな、この唐突な衝撃も。……そんで、何で魔弾が消えてんだ?)」


 氷に埋まりながらも、オレの意識はクリオネに向いている。

 今も耳障りな笑い声を発しているアイツの周囲には、ついさっきまで迫ってたはずの魔弾達が一つもなかった。


 一番に思いついたのは、オレを吹き飛ばした攻撃に巻き込まれた可能性。

 認識できねぇ程の速度で吹き飛ばすんだから、余波だけで魔弾を掻き消せても不思議じゃねぇ。


 けど、それにしては氷も光も関係なさそうだよなぁ、と思う。

 光で攻撃されたなら視覚的に見落とすはずがねぇし、氷で殴られたのなら二次被害がもっと出ているはず。今のところ被害を受けたのはオレと魔弾だけで、空中の氷晶の数は──、


「(──あれ? そう言えばいつの間に氷晶の数、戻ったんだ?)」


 考え込んでいると、ふと視界の違和感に気付く。

 クリオネ付近の氷晶は光弾のために消費されるので、他の場所に比べて数が少なかった。にも関わらず、いつの間にか他と同じくらいになっている。


 考えている間に増えた訳じゃねぇ。不審な動きを見逃さねぇよう、クリオネやその周囲にはしっかり注意を向けていた。

 思い返してみれば、オレが吹き飛ばされた後はいつも氷晶の数が戻っていた気がする。


「(……まさかな)」


 これらのピースからある推測が立てられたが、すぐには信じることが出来なかった。

 けど、〖王獣〗の規格外さを体感している身としてはあり得ないとは言い切れねぇ。


「(確かめねぇと進めねぇよな……)」


 そうして始まった四度目のトライ。

 躱し、近づき、中距離攻撃を行い、そして気付けばまだ氷に埋まっていた。


 同時、オレは一つの結論を得る。

 根拠となったのは、四度目の突撃の前に明後日の方向へ放っておいた射程特化の魔弾。

 それの位置がさっきまでとかけ離れていた。


「(これは確定……だな、ハハハっ、マジかよ)」


 明らかに、主観時間が飛んでいる。

 オレの時間が『凍結』したのか、意識が『凍結』したのかは分からねぇが、この際どちらにせよ同じこと。


 “極王”の氷は、とんでもなく応用が利くらしい。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る