第153話 開戦

 〖制圏〗と〖制圏〗の激突による衝撃波の発生。

 神様曰く界鬩かいげき現象と呼ぶらしいが、この時生まれる衝撃波の威力は〖制圏〗の支配力に比例する。

 だからこそそれ・・は、“極王”の〖制圏〗チカラの証明だろう。


「(深ぇ……)」


 空中から見下ろす先には、氷原を横断する長大なクレバス。

 界鬩かいげき現象の衝撃波が生み出した物だ。

 〖マナ〗を多分に含む北極の氷は魔性鉱物以上の強度なのだが、それを意に介さない破壊の痕跡は“極王”の〖制圏〗の強固さを物語っている。


「(支配力も〖亡獣〗達の比じゃねぇな)」


 〖制圏〗外縁付近の現時点ですらオレは〖煌廠〗を五十メートルくらいしか広げられてねぇ。

 これから近付けば近付くほどオレの支配域は縮小するだろう。


「(これならいっそ『収束』のままでもいいか……? いや、氷晶を利用して何かして来るかもだし一応広げといた方がいいか)」


 そんなことを考えながら〖制圏〗の中心部へと移動を開始。

 衝撃波によって吹き飛ばされたダイヤモンドダストもどきも時間が経つにつれ戻って来ていたが、オレの周囲には発生してねぇ。

 やっぱ〖制圏〗で作られてたんだな。


 そう結論を出した時、進行方向にある氷山の陰から十体の〖凶獣〗が飛び出して来た。


「(同種の〖凶獣〗の群れ……って線もなくはねぇが、多分眷属だな)」


 その〖凶獣〗達はどいつも鳥の姿をしている。

 〖凶獣〗ともなると個体差は激しくなるし、ここまで姿が似通ってるなら自然発生じゃあないだろう。


「(まあ何でもいい、今更〖凶獣〗程度じゃ足止めにもならねぇ)」


 氷のビームを撃つ彼らの姿を見据え、長距離飛行用アーティファクトの出力を一段引き上げる。

 〖タフネス〗で氷を弾きながら突っ走り、それから充分に加速したところで模倣を解除。素の状態の方が小回りは利くのだ。


「(【雷鋒豊刈地ミノリノジンギ】、十連)」


 一団となって飛んで来ていた鳥魔獣全員に、雷みてぇなジグザグ軌道で触れて行く。

 その一瞬の接触の間に雷撃を流し込みすぐに次の鳥へ。


 オレが鳥の群れを抜け出すと彼らは糸が切れたように墜落し始めた。即死効果は全て成功したらしい。

 砂城の如く崩れた〔アルケー〕がオレの内側に染み込むのを感じる。

 たとえ全快状態の〖凶獣〗だろうと確殺できる程度には【ユニークスキル】の練度も上がっていた。


「(あっちも気付いたか)」


 眷属と主の間には目に見えねぇ繋がりがある。

 それにより大まかな状態把握や意思疎通ができるのだが、“極王”もそれで眷属の死を知ったのだろう。

 氷山の向こうで豪壮な〖マナ〗が蠢くのを感じた。


 来るか、と気を引き締め直したその時、氷山が爆ぜた。


「(──は?)」


 氷山は夥しい数の十字剣となり滞空する。

 切先はどれもオレを差しており、まるで銃口を向けられてるような気分だ。


 そうして開けた視界の先、オレより二回り以上も大きな魔獣が現れる。

 “極王”と思しきその魔獣は、スペースシャトルを逆さにしたような形をしていた。


 頭部には短い触覚が二つ。翼状の平たい腕を一対持ち、皮膚が半透明なため臓器が外から丸見えだ。

 頭部には目も耳も鼻もないようでのっぺりとしている。

 その〖王獣〗の姿を端的に言い表すならば……、


「(クリオネか)」


 こう呼ぶのが最も近いのだろう。

 全身に瑠璃色のラインが走っている、頭上に氷の輪っかが浮かんでいるなど細かな相違点はあるが、“極王”は一見するとふよふよ宙を漂う巨大クリオネそのものだった。


「(眷属は鳥の魔獣だったけど……オレが実験で作った魔獣も兎だったしそういうこともあるか……ふぅ)」


 氷剣がすぐに襲って来ないのをこれ幸いと、敵の分析を行って心を落ち着かせる。

 氷山一つを丸々支配下に置く〖王獣〗のスケールに、気圧される心と興奮する心。

 どちらも判断を誤らせる恐れがある。


 戦意が萎縮しねぇ程度の熱意と、血が上り過ぎねぇ程度の冷静さを意識する。

 心が乱されてたんじゃ勝てるもんも勝てねぇからな。


「(行くぜ、“極王”!)」



~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~

・・・

>>遠き光輝の皓玉輪、不破勝鋼矢の〖愚行〗が発動しました。

・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 〖愚行〗が発動して体が軽くなると同時、初撃が放たれた。

 星の如く空に散りばめられた氷剣、その一本が射出される。


 〖スピード〗が三千を超えた今のオレでも見失いかねねぇ神速。

 それでも避けることは出来そうだったが、敢えて逃げも隠れもせず受けた。


 結果、氷剣は表面で滑り氷の大地に突き刺さる。

 オレにダメージはねぇ。〖王獣〗の攻撃と言えど、オレの〖タフネス〗を無条件で突破は出来ねぇらしい。


「ゥルルゥ……?」


 クリオネは少し不可解そうな雰囲気を見せる。

 ウィンドチャイムのような澄んだ声には何かしらの弱体化デバフ効果が乗っていたが、それを〖レジスト〗で無効化しつつ攻撃に移る。


「(〖シュート〗、〖SスパークルU・アプルート〗!)」


 〖ウェポンスキル〗の強化を受けた魔弾が“極王”へと殺到……する前に全て撃ち抜かれた。

 氷剣が一斉に降り注ぎオレ諸共に魔弾を襲ったのだ。

 爆風だけで一帯の氷晶が薙ぎ払われ、ポツリポツリと再発生する。


「ルララララァ♪」


 楽し気な、それでいて無邪気な害意を孕んだ声が響く。

 それは己が害されるとは露ほども思わず、憎悪や警戒を持たないが故の声音。

 ゾワリと伝った悪寒は、“極王”のオレへの認識が『すぐに潰せる弱者』から『少しは遊べる玩具』へと変わったからか。


「(精々油断しててくれよ……すぐに本気を出させてやっからなァ!)」


 極北に君臨せし凍結の王。異世界の頂点捕食者が一角。

 永遠とわに溶けざる凍海氷灼とうかいひょうしゃく、リーネレアンとの戦いの火蓋はこうして切られた。


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