第148話 北の最果て

 星神との邂逅から一日。

 昨日はあの後ポーラ達を呼んであの場で起きたこと、オレ達の今後の行動について話し合った。

 情報の擦り合わせや作戦の立案、準備、能力確認などを超特急で敢行。


 そして二十四時間が経った今、オレは大空洞から遠く離れたとある森に来ていた。

 目の前では凪いだ湖が星明かりを反射している。


「ここが最北のマーカーだよ。正確なところは分かんないけど、多分ウェノースト地方は出てるかな」

『じゃあ北の大魔境まではあと一息って訳か』

「コウヤ君の移動速度ならね」


 オレをここまで連れて来てくれたポーラが言った。

 彼女はマーキングを施した場所にならどれだけ遠くとも軽微な〖マナ〗消費で転移できる。


 逆に言うとマーキングしていない遠隔地には転移できないってことになるんだが、そんな彼女が一度も来たことの無い大陸北部に転移できたのにはタネがある。

 それは通貨だ。


 彼女は以前より銅貨や銀貨にマーキングを施し、それらで行商と取引することで彼らにマーカーを運ばせていたのだ。

 彼女のマーカーは大陸北西部を中心に広がっており、その中で最も北に近いのがこの付近のマーカーだった。


「……気を付けてね」


 多くの言葉を飲み込む雰囲気の後、彼女はそれだけ言った。

 今は一刻を争う事態だからだろう。オレも簡潔に答える。


『もちろんだ、そっちも頼むぜ。……それじゃあ行って来る。通電、〖レプリカントフォーム〗』


 〖念話〗で伝え終えるや、オレは流線形のフォルムとなり夜空へと飛び立った。

 まずは上方へ、充分な高度が稼げたら北へ。

 見る見るうちに加速していき、あっという間に亜音速に到達する。


「(やっぱ速ぇな、さすがタナシスの設計だ)」


 今使っている長距離飛行用アーティファクトは、タナシスが二十分くらいで設計した物。

 突貫だったため粗い部分もあったが、そこら辺は〖Uアップデート〗する際に微調整した。


 高い出力に見合った重い〖マナ〗消費を、周囲の〖マナ〗を高速吸収することで補う仕様になっており、そう言った面でも高速移動って機能と噛み合っている。

 周囲の〖マナ〗を吸い尽くしてもすぐ移動するから関係ねぇ。

 胡乱な言動のある老人だったが、学者になった実力は本物なのだと痛感させられた。


「(お、ありゃあ海か)」


 それから飛ぶことしばし、闇の向こうにある海を〖透視〗で発見した。

 海岸線は北東に向かって伸びている。

 大魔境は大陸のかどの先にあるので進路を若干東にズラそう。


 〖方向感覚〗から上位化した〖地形把握〗のおかげで方角が正確に判るのはこういうとき便利だ。

 視界に注意しながら飛び続けていると、ようやく大陸の果てが見えて来た。


「(あれが辺境の街か、思ってたよりでっけぇな)」


 細けぇ定義は知らねぇが、城塞都市っつーのか。

 街は分厚い外壁に覆われており、なかなか防衛力が高そうに思えた。


 街の先、海岸線では海を睨むようにして長城がそびえている。

 あの防衛線を支えるためにこの街は発展しているそうだ。


 しかし魔獣の侵入を阻む城壁も、後方から空を行くオレには関係ねぇ。

 あっさりと飛び越えて海上に出る。目的地はもう見えていた。


「(あれが北の大魔境……!)」


 水平線が凍っている。

 そこは全てを氷に閉ざされし極地。

 来客を出迎える敷石のように大小の流氷が海面に敷かれ、玄関口の氷の崖へと誘っている。


「(壮観だなぁ)」


 〖透視〗の明かした光景にしみじみと呟く。

 近付くに連れ視界内の氷の比率は増えて行くが、終わりが現れる様子はねぇ。


 どこまでも続くのではと錯覚させる程の、広大な氷の大地。この世界の人類に北大陸と呼ばれる場所。

 まあ実際は地球の北極と同じく、ただ極大サイズなだけの氷塊らしいが。


 そんな、言っちゃ悪いが写真や映像で何度も見たことのある光景でも、実物を目にすると言い表せない感動を覚える。

 大自然の雄大さに呑まれて自分がちっぽけな存在に思える、そんな感覚。

 実際に行ってみる、試してみるってのは大切なんだなぁと益体もないことを思いながら北極を眺めていると、とあるものを見つけた。


「(おっ、早速やってんな)」


 それは二体の〖凶獣〗。

 仲良く天体観測をしている訳ではなく、どちらも〖制圏〗を出して激しく争い合っている。


「(肩慣らしにはちょうど良いか)」


 北の大魔境での初戦の相手を見つけたオレは、彼らへ向かって急降下を開始。

 アーティファクトを派手に使っていたため気配を隠し切れなかったらしく、二体の〖凶獣〗は慌てて距離を取りこちらを見やる。


 反応は対極だった。

 片方は一目散に逃げだし、もう片方はさらなる強敵の出現に戦意を燃え上がらせた。


「(〖レプリカントフォーム〗、〖爆進〗、〖超躍〗、〖コンパクトスラッシュ〗)」


 その意気や見事、と褒め称えてぇところだが生憎あんまり暇じゃねぇ。

 竜鋸を模倣し、一気に加速して斬撃を叩き込む。


 氷で武装した二足歩行の白クマみてぇなその〖凶獣〗は、肩からざっくりと斬り裂かれ悲鳴を上げた。

 大質量の超速落下に地面の氷も悲鳴を上げる。


「(〖受け流し〗使ってもこれか、分厚くて助かったぜ)」


 海まで突き抜けなかったことに安堵しつつ、傷を凍らせ止血している白クマへと体を伸ばす。

 〖凶獣〗の莫大な〖ライフ〗はこの傷でも尽きないのだ。


「(【雷鋒豊刈地ミノリノジンギ】)」


 故に、刈り取る。

 以前、魔獣教の混沌種と戦った時にオレの【ユニークスキル】は【身化】なる現象を起こしたらしい。

 それにより身体と【ユニークスキル】はある種の融合を遂げ、直接れることでダイレクトに力を及ぼせるようになっている。


 その土蛟にも行った即死攻撃は、白クマに対しても成功した。

 生命を──星神曰く〔アルケー〕を抜き取る手応えと共に白クマの全身から力が抜ける。


 だが、これで終わりじゃねぇ。


「(〖SスパークルU・アプルート〗、〖LロックオンAIM・エイム〗)!」


 魔弾を一発、発射した。

 それらが狙うは先程逃げ出した〖凶獣〗、真っ赤なトナカイ。


 魔弾は赤トナカイを追尾し撃ち抜き、氷の上に転ばせた。

 すぐに立ち上がろうとするが、それよりもオレが到着する方が早ぇ。


「(〖呪縛〗、【雷鋒豊刈地ミノリノジンギ】)」


 肉体を縄のように伸ばして即座に拘束。

 そして【ユニークスキル】を浴びせた。


 しかし、結果は失敗。

 この程度のダメージじゃ、〖凶獣〗に即死は通らないみてぇだ。


「(悪ぃが訓練に付き合ってもらうぜ、【雷鋒豊刈地ミノリノジンギ】!)」


 【ユニークスキル】は成長する。初めは真っ直ぐにしか飛ばせなかった雷撃も、練習によって自在に曲げられるようになった。

 ならば即死も同様のはず。

 命を刈り取るコツを掴むべく、何度も何度も雷撃を流す。


 そうして試行回数が十回を超えた頃、遂に即死が成功した。



~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~

・・・

>>遠き光輝の皓玉輪こうぎょくりん(?)、不破勝鋼矢の〖魂積値レベル〗が338に上昇しました。

・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 正直、オレが上手くなったからなのか度重なる雷撃で赤トナカイが弱ったからなのかは微妙なところだったが、〖レベル〗も上がったし良しとしよう。

 それから〖凶獣〗達の死体をぺろりと平らげ素材を格納し、オレは前進を再開するのだった。

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