第147話 決意

『あと七日でカオスはこの大陸に……人間の住む大陸に来るんすね?』

『是』

『実はこの大陸の東部には人間が住んでなかったりします?』

『否。大陸東部にも人の住処は点在している』


 だったらそこがタイムリミットだ。

 オレはそれまでに混沌種のボスを殺す。


『其の選択は容認できず。汝の不首尾は夥多なる犠牲を生まん』

『だからって他の人達を見捨てる訳には行きませんよ』

仮令たとい幾千万の生命が絶えようと、それはこの〔星界ガイア〕の内での事態。しかしながらカオスが地表を吞み尽くし我が命に手を掛ければ、奴は第七階梯……神の位階へと至らん。〔アステロン〕に成ればその魔手は異世界〔星界〕にまで及ぼう』

『っ』


 異世界……つまりオレにとっての地球故郷だ。

 世界はここと地球以外にも星の数ほどあるらしいが、そこにだって知性体は居るという。


 慎重を期すべきという星神の意見も正しい。


『あー、一回情報を整理させてください』


 一週間後に上陸するカオスを倒すため、オレは強くならなきゃならねぇ。

 そのためには十王を倒すのが効率的らしいが、彼らは生息地が大きく離れている。

 〖レベル〗を最大値まで上げるには五体の〖経験値〗が必要らしいが、ポーラの協力があっても一週間内に倒し切るのは難しい。


『……うん? そう言えばカオスはもう最大〖レベル〗なんすよね。なのに第七階梯ってのには〖進化〗しないんですか?』

『〔アルケ―〕のきざはしは神の位階と地続きにあらず。定命の者が〔アステロン〕と成るには尋常ならざる奇蹟を要す』

「……で、あれば。僭越ながら星神様をコウヤが弑すればカオスを打ち破り得る神と成るのではありませんか?」


 賢人がとんでもねぇことを言い出した。


『おいおい、んなことしたらこの星はどうなっちまうんだ? よく分かんねぇけど星の意識を殺すのは何か悪影響あんじゃねぇの?』

「世界が滅ぶのに比べれば些事です。星が死ねば自然の〖マナ〗は発生しなくなりますが、大気も陽光も変わらずありますし、生物も〖マナ〗を生み出せます。この国に関しては特段の心配は要りません」

『そういや星が死ぬ前提で「避難して来ていい」って提案したんだったな。そりゃ大丈夫か』


 ただ地上だと大混乱が起きそうだよな。

 いずれは〖マナ〗の影響を受けた森なり山なりが全部なくなるんだし。


『汝らは前提を逸している。〔アルケ―〕収奪による自己の増強、及び〖種族〗の〖進化〗は我が〔星界ガイア〕の階梯能力。〔アステロン〕に成るには元来の階梯能力でなくてはならぬ。不破勝鋼矢であれば【ユニークスキル】の錬磨が不可欠なり』

『……そもそも【ユニークスキル】って何なんです? オレの世界にはそんなの無かったっすよ』


 そう。オレの生まれ育った地球は科学の楽園。こんな魔法だか超能力だかはなかった。

 神様がくれた特別な能力なのかとも思ってたがどうもそうじゃねぇらしいし、正体を知ってるなら教えてもらいてぇ。


『〔星界ガイア〕には例外なく〔アステロン〕が在り、〔アステロン〕はことわりを書き換える。其の一環にて〖種族〗や〖属性〗と言った階梯能力を芽生えさせる……其れが常である。されど地球の〔アステロン〕は如何いかんしてか理の改変を実施しておらず』


 これまでの断定的な態度から一転、少し歯切れ悪く神様は言う。


『地球に階梯能力がない理由は分かったっすけど、じゃあなんでオレは使えたんです?』

『「アルケー」の防衛反応である。元より階梯能力の胚種は「アルケー」の内に在る。其れが異なる法則に触れた刺激で萌芽した。汝の【ユニークスキル】とは斯様にして発生せし』


 つまり【ユニークスキル】は地球産の能力で、だから神様を倒して〖レベル〗を上げても神様第七階梯にはなれねぇ訳か。


『それじゃあ【ユニークスキル】で第七階梯になるにはどうしたら良いんです?』

『不明なり。今一度言わん、階梯能力では第七階梯には至れぬ定め。故に〔アステロン〕と成るには条理を覆す業が必須』

『その“条理を覆す業”の一つが神様喰らいって訳っすか』

『是。〖魂積値レベル〗と階梯能力が密接に結びつく魔獣であれば、我をしいする偉業でって〔アステロン〕と成らん。〖魂片経験値〗を完全に収奪し得る汝が此の〖星界ガイア〗出身であったならば、〖王獣〗を一体屠るのみで第七階梯に至れたのであろうが……しの話など詮無き事』

『そうっすか……じゃあ結局は第六階梯でブッ殺すしかないんすね』

『是』


 身も蓋もねぇ結論を星神が肯定する。

 色々話が脱線した割には平凡過ぎる着地点だ。出来ることをやるしかねぇ、なんて。


『けど逆に良かったかもな、やることはシンプルだし』


 〖レベル〗上げはこれまで散々やって来た。

 少しキツイ時間制限はあるが、相手が仇敵・カオスとなればやる気は倍増、殺る気も倍増、つまり能率は四倍だ。

 そう考えると思ったより悪い状況でもねぇ気がして来た。


 それから賢人と共に〖王獣〗や〖ステータス〗の情報など、必要なことを聞き出し、やがて神様の活動限界時間が近付いて来た。


『地球のこととか、聞きたいことはまだ山ほどあるっすけど、今は時間が惜しいです。早急に話さなきゃいけねぇことって残ってますか?』

『否。元より我の交信可能時間は然して余裕は無し。これより我は回復に専念せん』

『お大事にっす。絶対ぇカオスは倒すんでしっかり療養しててください』

『……最後に問う。汝、何れの段階でカオスに挑む心算か?』


 当然ながらさっきの会話を忘れているはずがなく、神様に問い質される。

 煙に巻いてるって思われそうだし胸の内に仕舞っておこうと思ったんだが……まあきちんと伝えなきゃ駄目だよな。


 オレは一拍の間を置いて、先程固めた決意を〖念話〗に乗せる。


『勝てるようになったら挑みますよ』


 たくさんの人間もたくさんの世界も、オレにはどちらも選べなかった。

 第六階梯の【ユニークスキル】だけでカオスを楽に倒せる訳ねぇし、出来るだけ〖レベル〗を上げてから戦うべきだって意見も分かる。


 【ユニークスキル】の上位化は大前提。

 少しでも最大〖レベル〗に近付けるよう全力を尽くす。少しでも多くを救えるよう、出来ることを出来るだけやってやる。


『……汝の道は汝の足で歩むもの。我に変更権限はあらず。汝の選択を尊重せん──健闘を祈る』


 その言葉を最後にディスプレイは停止した。

 賢人と二三言葉を交わし、オレは入って来た研究室の窓を開ける。


 ──ここからは時間との勝負だ。

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