第140話 封印を守りますか? YES/NO
「親父がッ、んなことする訳ねーだろッ!!」
それまで黙りこくっていたクリッサが唐突に叫んだ。
いきなりの大声にオレはちょっとビクッとする。
「アンタは知らねーだろうけどっ、親父は曲がったことも間違ったことも一度だってして来なかった! いつも街の人のため必死に働いてたし、危険な任務には率先して自分で出向いてた! そんな親父がフィス達を……っ、テキトーこいてんじゃねェぞ!」
物凄い剣幕でまくし立てた。
しかし賢人はクリッサの激情などどこ吹く風で、気圧される様子も鼻白む様子もねぇ。
「その問いには既に答えているはずですが、しかしここで話しても無駄ですね」
話は終わりだとばかりに賢人の目線がクリッサから外れ、こちらを向く。
「コウヤ。先程から平然としていますが、貴方もキサントスは裏切らないと思っているのですか?」
『え、あ、うん。そう……だな』
曖昧な態度になっちまった。
そもそもオレ達は
肉親に危機が迫っていて他人を犠牲にすればそれを避けられる、なんて極限状況だと特にな。
だからまあ、オレの態度に余裕があんのはキサントスじゃなく、フィスへの信頼が理由だ。
相手の目的が生け捕りなら襲われたってどうとでも出来る、って確信があるからだ。
まあクリッサの手前、そんな事情は言わねぇけども。
フィスの戦闘力はギリギリまで隠しときてぇしな。
「やれやれ、
『近衛兵……?』
「あ、賢人様直属の疑似魔像機のことっスよ。一般のよりも賢くて複雑な命令にも柔軟に対応できるんス。朝、俺をここまで案内してくれたのもその疑似魔像機っス」
「ええ、高い自律性を持つ汎用型疑似魔像機です」
『へぇー、そんなのも居るんだな』
……………………。
ここで会話が途切れた。気まずい沈黙に場が包まれる。
何か会話のネタはねぇかなぁ……と探しかけて、当初の目的を思い出した。
オレは生贄制度を取り止めてくれって言いに来たのだ。
事情も分かるけどさすがに人死には看過できねぇ。脱線しちまったが話題を戻さねぇと。
『そんなことは今は良い。それよか──』
「っ」
言いかけたところで、オレの隣で〖マナ〗が高まった。クリッサの居るのとは反対側だ。
それに気付いた賢人が鋭い視線を向けて来るが、これはオレの仕業じゃねぇ。
しかしオレが弁明するより早く〖マナ〗は現象化した。
「大変だよコウヤ君!」
果たして、空間に空いた孔から飛び出て来たのはポーラであった。
勢い任せに行動したといった風で、賢人の姿に遅れて気付き驚いた表情に変わる。
「〖結界属性〗の地上人……ポーラでしたか。なるほど、これが報告にあった転移の孔。やはり恐ろしい魔法ですね」
「えっとぉ……あなたは?」
『賢人様だ』
「ええっ!? この……人、が?」
ポーラが不思議そうに首を傾げた。
まあ、気持ちは分かるぜ。オレも統治者って聞いてもっと年配の人を想像してたし。
〖不老〗なんだし二十代の見た目なのは何もおかしくねーんだけどな。
「それでどうしたのです、ポーラ? 随分慌てているようでしたが。まあ
「あっ、そうなんです。キサントスさんから相談されたんですけど」
「続きは私からお話ししよう」
空きっぱなしだった孔から二人目の人物が現れた。何を隠そうキサントスだ。
次いでフィスも現れる。特に縛られたり剣を突きつけられたりってこともなく、いつも通りのポーカーフェイスで歩いていた。
「(いや、違ぇな。なんかいつもよか覇気があるか……?)」
「コウヤ殿、ここに居るということはもう知っているのかもしれないが──」
「待ちなさい防人長! 貴方は何をしに来たのです」
賢人が少々混乱したように待ったをかけた。
「挨拶が遅れ申し訳ありませぬ、賢人様。ここに来たのは無論、〖亡獣〗の討伐に協力していただくためです。コウヤ殿、無理を承知で申し上げる。どうかお力をお貸しいただけないだろうか」
『えーっと……〖亡獣〗てのは封印されてるっつー千年前の〖亡獣〗で合ってんだよな……?』
「ああ。奴さえ倒せればクリッサが命を捧げる必要はなくなる」
「アタシも言われたんだ、手伝ってくれって。結界魔法は格上にも有用だし避難にも使えるからね」
『なるほど……』
〖制圏〗を使える相手に直接攻撃はし辛いだろうが、何もそれだけが結界魔法の強みじゃねぇ。
例えば防御や回避の面でもずば抜けた性能を発揮できるだろう。
オレが納得する傍ら、賢人は額に手を当てて呻いていた。
「……聞き間違いでしょうか。まさか奴を……“貪る地平”、地神
「相違ありませぬ。賢人様、私はこの命を賭してでもかの大魔獣を討ち取る所存です」
「……最早、言葉も出ませんね。奴の脅威を散々説かれたはずの我が民から、
呆れたようなセリフながら、隠しきれない怒りと焦りが声に滲み出ていた。
「奴の封印は内部の位相をずらして行っています。討伐にはまず封印の解除が必要です。そして、そのようなことは決して許可できません。
「賢人様、アタシ達も千年前の話は聞いてるよ。〖凶獣〗に匹敵する戦力が六体もあって負けたって。それはたしかに充分に脅威だと思う。でもここには〖第三典〗や〖第四典〗の人間が──」
フィスの言葉を賢人の声が……怒声が遮った。
「その認識が甘いのですっ。良いですか、〖亡獣〗とは国すら滅ぼす厄災なのです。千年前、隣国は奴の通り道になったというだけで一晩で滅ぼされました。〖第四典〗の豪傑を多数抱えていた大国が、です。そも、〖凶獣〗にすら〖第四典〗を幾人も用意しなくては対抗できない人類が、〖亡獣〗に打ち勝とうなどと戯言も大概になさい!」
これまで平静を保っていた賢人だが、キサントスの決意を聞いてから取り乱し気味だ。
その焦りはきっと使命感や責任感から来るもんなんだろうな、って一歩引いた位置で聞いてるオレには思える。
キサントスは結構な立場の人間だし、封印装置のある場所も知ってるかもしれねぇ。現実的に封印を解き得る人間だ。
千年前の惨劇を経験し封印を維持して来た賢人にとっちゃ、キサントスが封印解除に前向きなのは非常に危うく思えるはず。
是が非でも思い直させてぇんだろう。
「……なんでだよ、親父」
そこで、予想外の方向から援護射撃が飛んで来た。
「俺が、俺一人が死ねば全部解決だろ!? 街一つ沈めるような怪物に敵いっこねェって親父も分かってるだろっ!? 先月は俺の言葉に親父も頷いてたじゃねェか! そっちのが正しいに決まってんのに、なんで……」
「……正しく在れ、道を違えるな、お前にはそう言い聞かせて来たな。……私もまた同じだ。お前に誇れる父で在るために決して正義に背くことはしないとお前が生まれた日に、そして
一言一言、断言するような力強さでキサントスは内心を吐露する。
「だが私は、肝心のことを伝え忘れていた。クリッサ、お前が大切だ。たとえ万民のためであろうと、お前が命を落とすようなことを私は看過できない。友と笑い合い、好きなことに打ち込み、幸せになって欲しい。故に無謀であろうと正しくなかろうと剣を取ると決めた。二言を吐く父を許してくれ」
「んだよ、それ……」
「関係ありませんッ! クリッサ・シデロスを捧げるのは決定事項です。巫女が拒もうと防人長が拒もうと覆りはしません」
クリッサの潤んだ言葉に割り込むように、賢人がピシャリと言い放つ。
「巫女の意志は最大限尊重します。ですが、封印に魂を使うことだけは曲げられません。未練があるというのであれば、地神祭までの期間に目一杯解消なさい」
キサントスと同じくらい重く、固い意志の籠った声。
賢人の背負っているものの重さが感じられた。
ただ一つ、彼女には見落としがある。
オレが隠してるんだから「見落とし」って言い方には語弊があるかもだが、ともあれそれを明かすところからだな。
『そういや返事がまだだったな。──いいぜ、乗ってやる。オレもその“土蛟”って奴の討伐に参加する。〖亡獣〗とは戦ってみてぇと思ってたし、素材も〖経験値〗も欲しいからな』
「っ、ですからッ」
『安心してくれ。何も勝算皆無で突っ込むなんて馬鹿な真似はしねぇよ』
言いながら〖マナ〗の隠蔽を解除する。
周囲の人々が後退るのを見つつ、言葉の先を紡ぐ。
『〖亡獣〗がヤベェほどヤベェ魔獣だってのは分かってる。オレ達ぁ実物は見たことねぇが、あんたの口ぶりから痛ぇほど伝わって来る。普通の人間じゃ……いや、傑出した人間でも勝ち目がねぇってのもな』
「ならば──」
『──だったら、同じ〖亡獣〗ならどうだ?』
〖念話〗を使いながらオレはオレの内側へ意識を向け、
『〖進化〗を実行する。選択する〖進化先〗は──』
「「「っ!?」」」
「えっ、コウヤ君ここでバラすの!?」
ずっと保留にしていた〖亡獣〗への〖進化〗を開始した。
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