第138話 平穏
『あれ? クリッサ、今日なんかあんのか?』
「……っス、外せない用事があるんス」
湖での釣りから少し経ったある日。
朝食を食べ終えたクリッサは一人、玄関へと向かっていた。
「お世話になったっス。皆と過ごせて楽しかったっスよ」
「? 私も、楽しかったよ」
まるで今生の別れのような言葉を最後に、彼女は屋敷を出て行った。
残ったオレ達は今後の予定を話し合う。
『つっても、今日は何かをするって訳でもなかったしなぁ』
「じゃあ、各自自由、でいい?」
「アタシもさんせー。学園から持ち出した本を読みたかったんだよね」
そんな風にして過ごし方を決めた後、オレ達は自室に戻った。
ここ最近はアーティファクトについて学んだり名所巡りをしたりしてたし、たまには一日ゆっくりする日があってもいいだろう。
「(そういや、〖スキル〗がいくつか上位化してたよな)」
平和な生活ってのは戦闘とはまた違った経験が積める。
そのせいかは知らねぇが、これまであまり使わなかった〖スキル〗も上位化を果たしていた。
~スキル詳細~~~~~~~~~~~~~~
地形把握 常時、自身の向いている向きが分かる。常時、周囲の地形を知覚できる。
念話 思念を他者に送ることができ、また他者の発した思念を受け取れる。前記の効果の効果範囲に補正。
擬態 他者を騙す時、信用度に補正。自身の体の一部を変形、変色させ、別の物質に擬態できる。
弾道予見 遠距離攻撃を行う時、環境条件を加味した攻撃の軌道が分かる。前記の効果を他者の遠距離攻撃に対しても適用できる。
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一つ一つ見て行こう。
まず最初、〖地形把握〗は〖方向感覚〗が上位化したものだ。辺りの地形を3Dに認識できる。
今はまだ範囲は狭ぇが、いずれは街一つくらいは覆えるようになるはずだ。
次に〖擬態〗。釣りをしていたら〖騙す〗が上位化した。
こいつがあれば万が一、人間の振りをしなくちゃならねぇって状況になってもやり過ごせる可能性が上がる。
戦闘でも使える場面はありそうだし、優秀な〖スキル〗だ。
〖念話〗は多分、〖意思伝達〗と〖意思理解〗が上位化した〖スキル〗だろう。
上位化で射程が伸びたことにより、携帯電話の代わりみてぇに使えるようにもなった。
それと、疑似魔像機を扱う上でもこの〖スキル〗はありがてぇ。
疑似魔像機に命令を下すのは、通信用アーティファクトで思念を飛ばすのが一般的な手法だが、〖意思伝達〗みてぇな〖スキル〗を使うやり方もある。
〖意思伝達〗が〖念話〗になり効果範囲が広がったことで、疑似魔像機の遠隔操作ができるようになった。
今後の発展に期待だな。
最後の〖弾道予見〗は〖弾道予測〗の上位版。自分以外の遠距離攻撃でも弾道が見えるようになった。
地底に来てからはビーム兵器を見たり扱ったりすることが多かったし、それで覚えたのだろう。
「(〖スキル〗確認は終わったけど次はどうすっか……アーティファクトの勉強は昨日散々したしなぁ)」
「わんわん!」
「(……オビアの改良でもすっか)」
近寄って来た犬型疑似魔像機の顎の下を撫でてやる。
するとオビアは僅かに上を向き、気持ちよさそうな鳴き声を発した。
連日の改良によりかなり犬らしくなったが、まだまだ改善点はあるはずだ。
ペットロボ事業で大儲けするためにも品質向上を図ろう。
まずは新しい防犯機能の強化だな。
オビアをこれ以上強化はできない。なら、外部に取り付ければいいのでは、と考え外付けのマナクリスタル銃を装着させたのが一昨日の話。
しかし昨日、キサントスに見つかってしまい「室内で飼う物に危険物を付けるな」と怒られてしまった。
ちょっとくらい良いじゃないかと言うと怒られそうなので、大人しく他の防犯機能を考えたい
「──コウヤ殿、少しお時間よろしいですかな?」
アイディアを出すためオビアと戯れていたところ、部屋の外から声が聞こえた。タナシスの声だ。
最近は“巨像”の研究に夢中だったのに屋敷に来るとは珍しい、と思いつつ扉を開ける。
『どうしたんだ? 暇っちゃ暇だし軽い実験なら付き合ってもいいけど』
「そうですのう……ここでは何ですし散歩でもどうでしょう?」
『いいな、気分転換にもなるし行くわ』
それからリビングに居たキサントスに断りを入れ屋敷を出る。
すると二人組の防人がやって来た。彼らはオレ達の護衛と言うことらしい。
「(そういや、キサントスがオレに付かねぇのは珍しいな)」
地上組が二手以上に別れる時はこうして防人の増援が来るのだが、オレが一番危険だからかオレにはいつもキサントスが付いていた。
何だか新鮮な気分である。
『いやー、賑やかだなぁ。週明けにはもう地神祭か』
「……ですのぅ」
飾り付けられた大通りを歩きながらタナシスが話しかけて来る。
「どうですかな、この国は」
そんな中、唐突とも感じられるタイミングでそんな問いを投げかけられた。
抽象的なため少し答えに詰まったが、ちょっと考えて率直な感想を返す。
『いいとこだと思うぜ。皆穏やかで優しいし、面白いもんも一杯あるしな』
「ふぉっふぉっふぉ……地上からのお客人にそう言っていただけると誇らしいですのぅ」
気付けば、オレ達は人通りのない路地裏へと来ていた。
これまで前を歩いていたタナシスがオレの方を振り返る。
「ときに、クリッサ嬢が今どこに居られるかご存じですかな?」
『いや、知らねぇな。なんか用事があるらしくて朝から出かけてるんだよな』
「では彼女の
『? それも初耳だ。何かやることでもあんのか?』
朝から出掛けているのはそのためか。
時期的に地神祭関連かもしれねぇ。
「お二人にも考えがお有りなのでしょうが、しかし隠し続けるというのもまた不義理。知らなければ気苦労もしませぬが、吾輩はどんな事実も知りたい
自分に言い訳するみてぇな前置きを終え、タナシスの目が真っ直ぐオレを見据えた。
普段は無邪気な好奇心を湛えているその目には、今日ばかりは温度が感じられねぇ。
真剣そのものな視線に、我知らず襟を正す。
何かを躊躇うような間を挟み、意を決したようにして彼は口を開いた。
「単刀直入に申します。キサントス殿の御息女、グリッサ嬢は今度の地神祭において──
『……は?』
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