第137話 地底湖
イーサ王国──国ってゆーか街だけど──のある大空洞は、場所によって〖マナ〗の濃さに濃淡がある。
街のある丘の辺りが一番薄く、森の方に行くにつれ濃さを増し、森の向こうにある地底湖でピークを迎える。
「近くに大きめの魔獣はいないよ」
「了解した」
そしてそんな地底湖の上にオレ達は浮かんでいた。
漁船くらいの大きさの金属製の船に乗り、危険な魔獣の生息する湖を進む。
オレみてぇな重量級の魔獣が乗ってたら沈むんじゃねぇか、って不安視されるかもしれねぇ。
が、そこは心配ない。機神の朱い翼──学者勢によると
「ではもう少し奥まで進みますぞ」
操舵手であるタナシスがレバーを引くと、ゆっくりと船が進み出した。
この船は正式名称を湖沼調査用九式魔石船と言い、れっきとしたアーティファクトである。
扱いには専門の知識と技術が要るが、タナシスならば問題なく操作できる。
この国の学者にはオールマイティな知識が求められるため、操舵技術や知識も習得してるのだそう。
「ん、あっちで魚、跳ねてる」
「どれどれ、わっ、ホントだ!」
「よくあんな遠くの見つけたなー、視力良すぎかよ」
フィス、ポーラ、クリッサが三人揃って湖を眺めている。
中でも熱心なのがフィスで、生まれてこの
「(普通に魔獣も出るんだが……〖マナ〗が濃いっつっても長獣域並みだし大丈夫か)」
この大空洞において、魔獣の最上位は〖豪獣〗である。
そいつらも地底湖の最奥に居る
それでも水上って環境じゃ警戒は絶やせねぇけども……この面子ならいくらでもカバーは利くか、よし。
『ちょっといいか』
「どしたの? コウヤ君」
『釣りでもしてみねぇ?』
空間拡張袋から竿を取り出しつつ、そう提案する。
湖に行くと決まった時から久し振りに釣りをしたいって思ってたんだ。
成長したポーラが空間拡張を付与し直したことで袋のスペースには余裕ができており、釣り竿はそこに入れて来た。
「釣りかぁ。河は遠かったしアタシはしたことないなぁ」
「これ、コウヤが作ったの?」
『おう、〖スキル〗を使ってちょちょいとな』
アーティファクトを利用してリールまで取り付けた品である。
釣り糸は昨日キサントスに相談したが、針は言うまでもなく武器なので自作できた。
『──とまあ、こんな風に使うんだが、やってみるか?』
「ん、面白そう」
「アタシもやりたいっ」
「俺はパスだな、護衛の仕事があるし」
クリッサが言った。
彼女はこれまでも常に武器を抜ける体勢でいたし、両手が塞がる釣りは拒むだろう。
「……護衛のことなら気にする必要はない」
と、そこでキサントスが声を上げた。
「ポーラ殿の感知能力は見事なものだし、不完全とは言え〖マナ〗レーダーによる索敵も実施している。有事の備えは私一人で充分だ。クリッサが他の方々と楽しむ程度、問題にならない」
「そ、そうか、じゃあ、俺も……」
『よしっ、じゃあ釣りまくるぜ!』
こうして異世界で初めての釣りが始まった。
餌には〖長獣〗の肉片を使い、ポーラに小さい魚の群れを見つけてもらったことで入れ食い状態であった。
途中、〖長獣〗が襲い掛かって来る事態もあったが、そこはオレの【ユニークスキル】で撃退した。
というかこれが湖に来た主目的だったりする。即ち、【
~ユニークスキル詳細~~~~~~~~~~
【
・収穫量を最大にします。
・大地を強化する、もしくは生命を収穫する雷を扱えます。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
この二つ目後半の効果、『生命を収穫する雷』というのは俗に言う即死攻撃だ。
地上で試したところ、〖豪獣〗以下なら難なく即死させられた。
しかしながら、この効果の前半には『大地を強化する』とある。
文法的におかしくなるしそんなことはまずないと思うが、『大地』の部分が『生命』に掛かっていた場合、水棲魔獣には通じねぇことになる。
なので一応確かめたのだが……オレの不安は杞憂だったらしく、船に近付いた〖長獣〗達をバッタバッタと即死させていた。
さて、そんなこんなで港に帰投し、魚達を陸へ上げる。
大漁だったため漁業を生業とする住民達に手伝ってもらい、一部を売り払ってもらうのだ。残りはオレ達の食事である。
地神祭の近い港は普段以上に賑わっているようで、人々が忙しなく往来していた。
その時、かけっこでもしていたのだろうか。余所見をしながら駆けて来た幼子が木箱を運んでいた漁師にぶつかる。
止めに入る間もなかった。
「うわぁっ」
「なんだ!? ……って、あ。ご、ごめんな」
ガタイのいい漁師は後ろを振り向き、転んでいる幼子を見つける。
膝をすりむいた幼子を見てバツの悪そうな表情になり、そこへクリッサが現れた。
「ちょっと見せてみな、〖ウーンズイレイス〗」
彼女は片手を翳し、魔法を発動させる。すると幼子の傷がみるみる消えて行ったのだった。
これが彼女の〖傷属性〗の力だ。変則的な回復や攻撃が可能な固有〖属性〗らしい。
「ありがとう姉ちゃん!」
「おう、でも走るときは周りをよく見なきゃ駄目だぞ」
「うっ」
「そっちの子も、遊ぶなら公園で遊べよな」
「「ご、ごめんなさぁい……」」
二言三言叱りつけてからクリッサがこちらに戻って来た。
緊張感などのない表情で、こういったやり取りに慣れているのが窺える。
『優しいんだな』
「そうっスかね? 治癒系魔法持ちなら誰でも同じことしたんじゃないっスか?」
『いやいや、人がたくさん居る中で、困ってる人のために率先して動けるってのは偉いことだと思うぜ。それに子供に注意するのもな』
そう言うオレもビシッと叱りつけるのは苦手なので、彼女のこういう姿勢は見習いてぇ。
「っスね……困ってる人を救うのは正しくて素晴らしいことっス。きっと親父だって……」
「おーい、コウヤくーん! クリッサちゃーん! 買取終わったみたいだよー!」
『と、行かねえとな』
口を開きかけていたクリッサと一緒に、オレ達はポーラの方へと向かう。
彼女が一瞬見せた苦渋の表情に、オレはついぞ気付かなかった。
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