第130話 闖入者
「──へっ、アンタらが地上から来たって人間か」
タナシスの話を聞いていたところ、突然少女に声を掛けられた。
深緑の髪の彼女は挑発的な笑みを浮かべ、吊り目がちな金眼をオレ達に向けている。
そんな彼女へ間髪入れず声を掛けたのはキサントスだった。
「クリッサ、お前の任務は魔獣討伐のはずだ。何故ここに居る」
「高々間引き程度に丸一日もかかるかよ。とっくに終わらせて来たぜ」
どこか自慢気にそう言うクリッサと呼ばれた少女。
だがキサントスは普段通りの冷たい表情のまま言葉を続ける。
「任務が終わったならば家に戻り、休養するなり街に出かけるなりすれば良いだろう。どうして兵舎に来た」
「地上から来た人間を見に来たんだよ。千年間現れなかった来訪者、しかも片方は不気味な青い塊だってんで街の皆も心配してっからな」
市民が突然オレを目にすればパニックは必至。なので立方体の人間が外からやって来たって情報は市井にも流されている。
オレ達が今日兵舎に来たのは、情報が浸透するであろう明日までは街に出ないよう頼まれたからでもあるしな。
「
「クリッサっ」
初めて聞くくらいの声量でキサントスが怒鳴る。いつも通りの鉄面皮なのが逆に恐怖を助長していた。
さすがにこの雰囲気のままだと気まずいので取り成してみる。
『まあまあキサントス、オレ達は全然気にしてねぇよ。な? フィス』
「ん」
興味深そうに緑髪の少女を眺めるフィスも同意してくれた。
『ほらな。それよかそっちの子を紹介してくんねぇか? さっきの口ぶりからしてもしかして親子なのか?』
「……厚情痛み入る。彼女はクリッサ。クリッサ・シデロス。私の娘だ」
「どーも」
へらへらとした調子でクリッサが会釈する。
「親父」と呼んでたから分かっちゃいたが、やっぱり娘だったか。
しかしこの娘さん、排他的な性格なのかほんのり敵愾心を感じる。
うぅむ、人間と衝突するのは避けてぇんだけどなぁ。外様な時点で誰からも好かれるってのは無理があったか。
まあいい。取りあえずこっちも自己紹介をしておこう。
『オレはコウヤでこの子はフィスだ。知ってるみてぇだけど地上から来て観光してんだ、よろしくな……つっても、見るのが目的ならもう帰んのか?』
「そうだなー、うん、もう少し居るわ。アンタ面白そーだし」
ベシベシと背中を叩くくらいのノリでオレの側面に触れるクリッサ。
直後、その腕が横から掴まれた。勢いよく立ち上がったキサントスが一瞬の内に移動したのだ。
彼はそのまま乱暴にクリッサを投げ飛ばすと、オレと彼女の間に立ち塞がる。
猫のようにくるりと一回転して着地した少女は憎々しげに表情を歪ませる。
「痛ってェな、いきなり何すんだクソ親父ッ」
「御客人に無礼を働くな。謝罪したのち、家に帰って大人しくしていなさい」
普段より若干ボリュームの上がった、冷徹な声音。
ただ、そんな風に叱りつけたところで思春期の娘が素直に聞く訳なくねぇか、というオレの予想を過たず、
「チッ、んなに任務が大事かよっ。実の娘をブン投げるとかさァ、他にやりようあったんじゃねェの!?」
と気炎を燃え上がらせていた。
クリッサはまあ、うん、ちょっと初対面の人に対して失礼だったかもしれねぇ。けどオレはあれくらい気にしねぇし、キサントスの対応は少し過剰だ、って感じるのも分かる。
ただ、キサントスの立場ならあの対応も止む無しだしなぁ……。
……しゃーねぇか。あんま警戒されたくはねぇが、ここはオレが一肌脱ごう。
『まあ落ち着けよクリッサ』
「馴れ馴れしく名前呼んでんじゃねぇ」
『んでもシデロスだと紛らわしくねぇか?』
「……それもそうだな……しょーがねぇ、名前呼びでいいよ」
あっさりオーケーが出たな、と思いつつ〖意思伝達〗を使う。
『んで本題に戻るけど、キサントスだって好き好んで投げ飛ばした訳じゃねぇんだ』
「ハァ?」
『説明するより実際見せた方が早ぇか……〖隠形〗、解除』
〖制圏〗を消した後、足音や〖マナ〗を隠すため常時発動させている〖隠形〗を一瞬だけ解く。
完全に解くと刺激が強すぎるかもなので、軽く緩める程度に抑えたが。しかしそれでもインパクトは充分だったらしく、
「「「っ!?」」」
タナシスを含む地底人三人が瞠目し息を呑んだ。
無意識からだろう、キサントスは剣を取りかけて、ハッとしたように体を硬直させる。
既に〖マナ〗は再隠蔽したが、場の緊張感は一向に緩まねぇ。
そんな状況を努めて無視してクリッサに話しかける。
『とまあ、オレは結構強ぇんだ、普通の人間じゃ止められねぇ。だからキサントスはオレに付きっ切りだし、さっき投げ飛ばしたのもオレが癇癪を起さねぇよう迅速に動かなきゃならなかったからなんだ、よな?』
「…………」
結局推測でしかないので本当かどうか確認してみるが、心なしかバツが悪そうな雰囲気のキサントスを見るに的外れじゃあねぇだろう。
『だからさ、キサントスにそんな食って掛からねぇでくれねぇか?』
「しょーが、ねェな」
緊張で言葉に詰まりながらも、クリッサが頷く。
……やっぱ力尽くで言うこと聞かしたみてぇで気分悪ぃな。〖隠形〗は極力解かねぇようにしよう。
「そういうことだ。私達は遊んでいる訳ではない、分かったなら早く帰りなさい」
「…………やだ」
キサントスの指示を再度拒絶するクリッサ。
しかし慌てたように言葉を重ねる。
「べっ、別にちょっかい掛けようってんじゃねェぞ? ほら、コウヤさんは観光で来たんだろ? だったら街に詳しい俺が適任じゃん。親父もタナシスの爺さんも仕事仕事で街のことなんて全然知らねェんだし」
「不要だ。私とて街の巡回任務は定期的に行っている。何よりお前は──」
「──まあまあ良いではありませんか、キサントス殿。コウヤ殿も気にしておられぬご様子ですし」
意外なところから少女へ助け船が出された。
物憂げな眼差しで親子喧嘩を見守っていたタナシスだ。お爺ちゃん世代らしく若い子には甘いのかもしれねぇ。
「へへっ、爺さんは話が分かるな」
「しかし……」
「あまりここで言い争いをしている時間もないでしょう? 見なされ、フィス殿は空腹のあまり食堂の方に視線が固定されております」
「お腹、空いた」
「吾輩も早く食事の席で地上の話を聞きたいのです。取りあえず同行してもらって、不満があるようなら帰ってもらえばよいではありませぬか」
『オレはそれでいいぜ』
「……決して無礼を働くんじゃないぞ」
いつの間にかお昼になっていたため、食堂へと向かうことになった。
広げていたアーティファクトをいそいそと回収し始めるタナシスを見て、頼みたいことがあったのを思い出す。
『なあタナシスさん、この国は資源不足だって話だったけど──』
そのようにして地底王国での二日目は過ぎて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます