第129話 アーティファクト

 この国に来て最初の夜は何事もなく明け、翌朝。

 朝食を食べ身支度を整えた──着替えたのはフィスだけだが──オレ達は防人の兵舎を訪れていた。


「おはようございます! お待ちしておりましたぞ!」

『お、おはようタナシスさん……』


 何故か居た初老の学者に挨拶をし、それから昨日と同じく広場の一角を借り受ける。

 そこには昨日はなかったいくつもの器具が置かれていた。


「防人達から聞きましたぞ、お二人はアーティファクトに興味があると。持ち運びしやすい物を持参しましたので、ささ、どうぞどうぞ」

『どうも……?』


 兵舎を訪れた主な目的はアーティファクトの武器──防人の扱う剣やシールドを視るためだった。

 剣もシールドも“巨像”に付いてたが、千年前と今とじゃ技術にも違いがあるだろう。

 素材の格じゃ“巨像”の圧勝だろうが、解析しておいて損はねぇはずだ。


「(でもまさか、武器以外もこんなに見れるとはな)」

「……何これ?」


 十や二十じゃ利かねぇ数のアーティファクトを見て感嘆する。よくこんなに持って来た物だ。

 一方フィスはよく分からない形のアーティファクトを手に取り首を傾げていた。


「ふぉふぉ、それは子守唄のアーティファクトですのう。ここに〖マナ〗を込めると音が出ますぞ」

「あ、本当だ」


 アーティファクトから垂れた振り子のような物がひゅんひゅんと動き回り、同時に独特の音色が奏でられる。

 笛に似た心地よい高音だ。これがこの国の音楽なのか。


『んじゃあ、オレはこっちだな』

「コウヤ殿には私が教えよう」


 オレが籠手みてぇなアーティファクトに目を付けるとキサントスが歩み寄って来た。


「そのアーティファクトは〖マナ〗のシールドを生み出す物だ」

『へぇ、あの疑似魔像機達が張ってたような奴か?』

「そうだ。とはいえこの籠手は人間用に調整されているが」


 彼はそう言うと、左右一対の籠手の片方に腕を通し、〖マナ〗を流す。

 すると前方に半透明な盾が生み出された。


「このように使う」

『なるほどなぁ』


 ささっと解析したところ、普通の籠手にアーティファクトを埋め込んでいるらしかった。

 籠手と一体になっているため腕と同じ感覚で方向を動かせる。


 “巨像”の持つそれとの違いは発生地点を調整できねぇことか。

 ただこれは、余計なことに意識を割かなくていいって点で単純な下位互換とも言えねぇ。

 位置調整の仕組み自体はそう難解でもなかったし、技術が失われてる訳ではないはずだ。


『起動、と。……オレが使うにはちょい小せぇか』

「普通の人間用に調整されているからな」


 試用した籠手を置き、少し離れた場所にあったもう一組の籠手を取る。


『こっちは先っちょにマナクリスタルが付いてんのな』

「それは砲兵用の物だな。〖マナ〗の光線を撃ち出せる」


 受け止めよう、と申し出てくれたのでシールドを展開する彼へ籠手を向ける。

 その籠手は手の部分が六角柱のマナクリスタルに覆われており、内部の取っ手を握るような形になっている。

 取っ手はマナクリスタルであり、〖マナ〗を込めると段々チャージされて行き、閾値を超えたところで弾けた。


『おおっ、出た出た』


 六角柱の先端からビギュンッ、と放たれたビーム弾がシールドに当たって消える。

 再度〖マナ〗を込めるも今度は弾が出ねぇ。解析結果を見るに、クールタイムが必要らしい。


『ふむふむ……これ、威力は固定だ』

「あぁ、一度に放てる〖マナ〗の量は決まっている。等級の低いマナクリスタルではこれが限界なのでな」

『等級に依存してんのか。そういや大半の防人達が使ってんのもこれと同じ等級の奴だよな? 何で強い奴を渡さねぇんだ?』

「理由はいくつかあるが最たるものは資源不足だ。大空洞周辺ではマナクリスタルがほとんど採掘されない。戦闘を行う防人であっても供給は絞られるのだ」


 そもそも普段の任務はこの程度で事足りる、と付け加えるキサントス。

 この大空洞では〖豪獣〗ですら現れるのは稀と聞いた。

 〖長獣〗の攻撃程度の威力がある魔弾と、それを防げるシールドがあれば大抵の敵は何とかなるだろう。


 それから剣や靴、鎧、及びそれらの細かなバージョン違いの説明を聞き、そして本命・・の方を向く。

 ここまではある意味、すり合わせの側面が強かった。武器なら“巨像”で解析済みだったしな。


 ホントはもう少し街に馴染んでから資料なり話なりを聞き出そうと思ってたんだが、タナシスが持って来てくれた中にそれ・・があったため予定を繰り上げられた。


「疑似魔像機に興味があるのか」

『ああ、どうやって動いてんのか見当も付かねぇからな』


 本命とは疑似魔像機、より正確にはその頭脳部分だ。

 そこから全身へ指示が送られてんのは分かったんだが、どうやって思考してんのかだけが解析しても分からなかった。


 これは死体の脳を解析した際にも見られた挙動だ。

 タンパク質の塊ってところまでは分かっても、その働きを知ることは出来ねぇ。


「ん、私も興味ある」

「ふぉっふぉ、それでは吾輩からお話ししましょう」


 フィス達も合流してタナシスの説明が始まる。


「疑似魔像機の稼働の秘訣、それはズバリ関節にございます。大きな荷重でも故障せず、摩擦で自身を傷付けもしない。強固かつ柔軟な──」

「(あ、そこから説明すんのか)」


 どうやら物理的にどうやって動いているのか、から教えてくれるようだ。

 考えてみりゃ当然か、こっちはそれすら知らないってていなんだし。


 とはいえ新情報を知れるかも、と真面目に耳を傾ける。

 そして現代の疑似魔像機と“巨像”の造りが大体同じということが分かり、説明が一段落したところで質問を投げかける。


『なあ、疑似魔像機は何で自動的に歩いたり戦ったりできるんだ??』

「ふぉふぉ、順当な疑問ですな」


 顎髭を撫でながらタナシスは頷く。

 それからどのように話そうか考えているような間を挟んで口を開いた。


「そうですなぁ……まず魔像ゴーレムという魔獣をご存じですかな?」

『ゴーレムか、もちろん知ってるぜ。現代でも鉱山を闊歩してやがる』

「でしたら話は早いですな。私は実物を見たことがありませんが、ゴーレムという魔獣の頭脳……正確には演算回路は結晶体で構成されているとか」

『へぇー、そうなのか』


 感心しながら相槌を打つ。ちょっと生々しい話だが、そういうのにはもう慣れた。

 スライムになって長ぇし、戦闘でスプラッタな有様になった死体もそれなりに見て来たからな。


「結晶体の性質はマナクリスタルによく似た物であり、大賢者様はマナクリスタルといくつかの鉱物をかけ合わせればゴーレムの演算回路を再現できるのではないかと考えたそうです。そしてその研究の末に生み出されたのが疑似魔像機になります」

『なるほどなぁ。でもゴーレムと同じ風に考えるなら人間が襲われたりしなかったのか?』

「そのような記録はありませんな。疑似魔像機の自律演算回路は原則、上位権限者の命令なしには動きませぬ。一般の疑似魔像機はゴーレムの脳を完全再現するには至っていないのですな」


 それから詳しい組成についても教えてくれたが、オレにはチンプンカンプンだった。

 よくもまあそんな複雑な物を作れたと感心する。


『スゲェなぁ、人間の手で生命を創り出しちまうなんて。完全な再現は無理だったって言ってたけど、倒せば〖経験値〗も手に入るだろ。ほぼマジモンの生き物じゃねぇか、パネェよ』

「む、それは誤りだ。疑似魔像機を破壊したとて〖経験値〗は手に入らない」

『え? でもオレが“巨像”を倒した時は……』

「どちらも間違っておりませんぞ。〖経験値〗が手に入るのは凶級のみ、というだけです。ここからは少々専門的な魔魂学の話になるのですが──」


 と、タナシスが話し始めようとした時だった。


「──へっ、アンタらが地上から来たって人間か」


 ざっ、と広場の砂を踏みしめる音と共に、そんな言葉が割って入った。

 挑発的な笑みを浮かべた深緑色の髪の少女が、オレ達の前で仁王立ちしていた。

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