第127話 交渉

『──“巨像”の残骸を譲ってくれ、か』

「資源的にも歴史的にも甚だ貴重な物なのだ。我々としても最大限の対価を用意する。譲る、とまでは行かずともせめて滞在中は研究させてもらえないだろうか」


 オレとフィスに真剣な眼差しを向けながら、キサントスはそう告げた。

 隣では「然り然り!」とタナシスが頷いている。こちらはキサントスよりも血走った目をしていた。


「その話、私に決定権はない。“巨像”を倒したのはコウヤ。どうするかはコウヤの自由」

『うーん、そうだなぁ……』


 少し考える。“巨像”の残骸がオレに必要か、って言うとそうじゃねぇ。

 解析さえ終われば〖レプリカントフォーム〗でいくらでも模倣できるからな。しばらくこの国で過ごす以上、恩を売っといて損はねぇはずだ。


 けど模倣した武器には加工不可って欠点もある。

 今後あれらを素材として使う場面が絶対来ない、とは言いきれねぇ。ならば答えは一つだ。


『分かった、オレが居る間は貸し出すし、帰った後も引き続き研究しててくれて構わねぇ。でもその先でどうしても“巨像”の残骸が必要になるって時があるかもしれねぇ。そん時は使わせてもらうぜ』

「問題ない、恩に着る。必ずやそれに見合う返礼をしよう」

『ただ、受け渡しはもうちょい待ってくれ。解析しときてぇから』

「ほうほう、コウヤ殿の〖属性〗は解析も……と、個人情報の詮索は嫌なのでしたな、忘れてくだされ」


 それから“巨像”の素材は五日後に渡すということになった。

 解析だけなら一晩もありゃ終わるだろうが、予備があって損はねぇはずだ。


「私からは以上だ。何か聞きたいことがあれば好きに訊くと良い」

「それでは少し、吾輩から質問をば。お二人はどのようにしてこの国へ? 千年間、一人も来訪者が居なかったため尋常の手段では行き来はできぬとされておるのじゃがのう」

『……あれ? オレ達が訊かれる流れなのか?』

「……すまない。彼のことはスルーしてくれていいい」

『いやまあ、話すのは構わねぇんだが……』


 ごほん、と咳払いの意思を伝えてこれまでのことを話していく。


『この上に居た“巨像”とかと戦っててな。そいつを倒すために高威力の攻撃をブチかましたら地面が割れて洞窟に落ちたんだ。そこを進んでたら今度は宝石の魔獣を見つけて、そいつを倒したらまた地面が割れて、そんでこの国を見つけたって訳だな』


 掻い摘んで説明した。“巨像”と戦った後に魔獣教の襲撃もあったが、それは言わなくてもいいだろう。


「宝石の魔獣……“彩る爪皮”か。よもや奴を単騎で倒すとは……いや、“巨像”を倒している時点で今更か」

『“彩る爪皮”……?』

「件の魔獣の通り名ですのう。接触禁止令が出る程の大魔獣でございます」


 タナシスの言葉には何やら不穏な単語が混じっていた。


『……もしかして倒しちゃ不味かったのか?』

「ふぉふぉ、倒せたのであれば問題はありますまい。賢人様が接触を禁じたのは無謀な戦闘で徒に戦士が死ぬことや、“彩る爪皮”の目がこの国に向くことを恐れたためでしょう。あの縦穴は資源的にも重要だった訳ではありませんしのう」


 なるほど、危険だから刺激するなって訳か。

 それからも色々質問したり、逆に地上のことについてタナシスから質問されたりした。

 お互い質問したいことは山ほど残っていたのだろうけれど、太陽石の光が翳って来たので用意された住居に移動することになった。


「暗くなって来た、けど夕日じゃない……不思議」


 この国では就寝時間が近付くと太陽石の光量が段々落ちて行く。

 これもさっき聞いた話だ。


「夕日……とは何だ?」

「落ちかけて、赤くなった太陽のこと」


 なお、道案内はキサントスが買って出てくれた。

 防人──この国の警察みてぇなもんらしい──のトップである彼自身が来ているのは、まあ、見張りも兼ねてるんだろうが。


「地上の太陽は色が変わるのか……何故だ?」

「それは知らない」

『たしか、光の散乱がどうたらって聞いた気がすんな』


 前世の授業中に聞いた知識を掘り起こす。


「光の散乱……?」

「初めて聞く話だな……地上の知識か?」

『あ、いや、オレもうろ覚えだから詳しくは分かんねぇけど』


 などと話していると目的の屋敷が見えて来た。

 というかさっきまで居た広場と大して離れてねぇ。防人の詰所の隣だ。


『立派なところだな』

「少し前までは集中訓練用の宿舎として利用されていたのだ。取り壊す前だったが大急ぎで中を清掃させた」


 話し合いの最中、結構な数の防人達が慌ただしくしてたのにはそういう理由もあったらしい。

 普段は一軒家くらいのサイズのオレも、今は空間拡張袋に肉体の大部分収納しているので、この屋敷なら問題なく過ごせそうだ。


「地上とは勝手が違うということもあるだろう。しばらくは私が住み込みで家事を教えよう」


 そう言ってキサントスは扉を開け、靴を脱がずに家の奥へ進む。フィスもそれに続いた。

 フィスの国もこの国も洋式なんだな。常時接地しているオレとちゃ好都合だ。


 体を細めて扉を潜る。入口は狭ぇが中は広かった。

 エントランスホールっつーのか、吹き抜けになっていて、正面に大きな階段があり二階へと繋がっている。

 キサントスは階段は上らず、右手側の部屋へと歩いて行く。


「アーティファクトのことは知らないのだったな。ちょうどいい、風呂を見せるついでに使用法を教えよう」

「お風呂、あるの? 家一つに? 公衆浴場じゃなくて?」

「当然あるとも。むしろ私は公衆浴場なるものの方が聞き馴染みが無いな。地上では大勢の市民が同じ場所で体を洗うのか?」


 鉱山の街に公衆浴場がある、という話は前に聞いていた。

 山地じゃ水は貯水箱の分しか使えねぇし出来ても体を拭くくらいだった。

 その貯水箱も地上に置いて来ちまったんだが……浴槽があるんならお釣が来るだろう。


 心なしか歩調の軽くなったフィスの後ろで、オレも質問してみる。


『風呂の水ってどうやって用意してんだ? もしかしてアーティファクトで作ってんのか?』

「地底湖の水を使っている。物質創造が出来るアーティファクトは非常に貴重な上、〖マナ〗消費も重い。水を引き、温めて使う方が効率的なのだ」

『へぇー』


 などと話している内に風呂場に着いた。

 普通の風呂場の四倍はあろうかってデカさで、布っぽい物と石鹸みてぇな物と桶と壁から突き出した謎の道具が数セット設けられていた。

 それだけだった。


「……浴槽は?」

「ヨクソウ? 何だそれは? 地上の風呂は体を洗う場ではないのか?」

『地底ではシャワーが基本なのか』


 謎の道具──シャワーのアーティファクトの使い方を教えてもらいながら、オレはカルチャーショックだなぁと思った。

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