第125話 地底の人々
“巨像”の上半身を見せたところ、緑髪の偉丈夫に反応があった。
変身解除の話を続けたくないオレは、ここで一気に畳みかける。
『やっぱり知ってるのか、“巨像”が何なのか。良かったら教えてくれねぇか?』
「……少し場所を移そう。コマンド、行進」
彼はゴーレム達に指示を出し、どこかへと移動を始めた。背中を向けているのはある程度信用したからか、そこまで気を回す余裕がねぇのか。
まあ、剣は手に持ったままだし、ゴーレムの内何体かをフィスの護りに付けてるから手放しで信じられちゃいねぇか。
若干の緊張感を抱きつつ城壁沿いに移動する。
石造りの建物群や畑の横を通り抜け、通常の家屋三軒分はある施設の前にやって来た。
「ここは、何?」
「我々防人の兵舎だ、目的地は隣だがな」
キサントス──という名であると道中言っていた──が視線で示した先には、校庭みてぇなだだっ広い空間があった。
四方を柵で囲まれており、等間隔に柱が立っている。
地面は均された砂で、武装した人間達が列を成していた。
「さ、防人長、そちらがご報告にあった……」
「うむ、フィス殿とコウヤ殿だ。このような姿だがコウヤ殿は魔獣ではないらしい」
『そうだぜ。魔法の条件のせいで元の姿にはしばらく戻れねぇが、あんたらを襲ったりはしねぇから安心してくれ』
安心させるようにできるだけ穏やかな調子で伝えた。
もっとも、彼らの緊張はちっとも解れなかったようだが。
それから、ふと気になったことを訊ねる。
『……ん? そういや報告っていつの間にしてたんだ? そんな暇なかったよな』
「たしかに」
「……ふむ、
得心が行ったように頷き、キサントスは籠手をコツコツと叩いた。
手の甲の位置に深紅の水晶が嵌め込まれており、それを中心として電子回路のような文様が刻まれていた。
「防人の籠手はアーティファクトでな。〖マナ〗操作により受信機に対して思念を送れるのだ」
「アーティファクト?」
「
「ふぅん」
よく分からなかったけど取りあえず頷いた、という様子のフィス。
この国ではマナクリスタルのことを魔封石と呼んでいるため、彼女には意味が伝わらなかったのだ。
言語の微妙な違いについては〖意思伝達〗でこっそり伝えておく。
この〖スキル〗は伝える対象を限定することもできるのだ。
「(にしても、あのアーティファクトは便利そうだな。〖意思伝達〗と同じことができるってことだろ)」
有効射程が分からねぇが、なかなか凄いアイテムなんじゃねぇかと思う。
明言はしなかったが、キサントスは戦闘中もオレの情報を仲間達に送っていたはずだ。
未知の魔獣に戦いを挑み、その中で得た情報を伝え、仲間達に対抗策を練ってもらう。
そのために彼は単騎でオレに挑んだのだ。
仮にオレがただの〖凶獣〗だった場合、あのまま戦っていれば手の内を暴かれ、準備を整えた後続の部隊に苦戦させられていただろう。
「私からの説明はこれで良いか。次は──」
「おおオオォぉッ!
キサントスの声を遮るようにして絶叫が響き、次いで駆けて来る音が聞こえた。
現れたのは白髪の混じる男性。初老くらいの容姿ながら、歳を感じさせないエネルギッシュな歩調でずんずん近付き、オレに触れる。
「ほうほうッ、ほうほうほう! 自在に形を変えると聞きましたが外圧には強いのですな。色は瑠璃のように透き通った青……と。魔性鉱物の類か魔法で作られた仮想物質であるのか、成分が気になるとこ──」
『えっと…………あんたは?』
「おっと、これは失敬! 吾輩はタナシスと言う者、以後お見知りおきを」
「それでは何の説明にもなっていませんよ。コウヤ殿、彼は学者だ。難関試験を突破し賢人塔に仕官している。互いの情報を擦り合わせるのに適任と思い呼び寄せた」
賢人塔とやらがよく分からなかったが、ニュアンスは理解できる。要するにタナシスは頭がいい、と言いてぇんだろう。
話の腰を折るのもあれなので一旦スルーすることにした。というか他にスルー出来ない事柄がある。
『タナシスさんのことは分かった……分かったからそろそろ離れねぇか?』
「おっとこれは重ねて失敬。もう十秒ほど待っていただければ離れまする」
キサントスが彼について語っている間も、タナシスはどこからか虫眼鏡のような器具を取り出し観察を続けていた。
離れるよう要求してから三十秒後、彼は名残惜しそうにキサントスに引き剝がされた。
「もういい歳なのですから分別は付けていただきたい」
「いやいやそれは違いますぞ“翔ける剣”殿。この歳になるまで変わらなかったのですから今更変わるはずがないのです」
悪びれもせず答えたタナシスは、それから広場の隅の丸椅子に腰かける。フィスは一分くらい前から既に座っていた。
オレは座れる席が無いので地面に鎮座したままである。
なお、森鎖はここに来る前に模倣解除した。
あれで歩くと地面に穴が開くし、武器を振り回すと警戒されるかもなーと思ったからだ。
さて、お互いに座り合い対話の準備が整ったが、一つ気になったことを訊ねてみることにした。
あんだけ触らせたんだし質問一つくらい許してくれるだろう。
『なあタナシスさんよ、あんたはオレが怖くねぇのか? 他の兵士……防人? は今もまだ緊張してるみてぇだが』
「ほっほっほっほっ、姿形が人間離れしていようと対話は叶うのです。どこに恐れる理由がありましょうか。それにここには王国最強の防人である“翔ける剣”のキサントス殿が付いておられる。心配は絶無です」
「……承知の上かと思いますが、あのような至近距離では有事の際にお守りできませんよ」
「…………」
キサントスが一層に冷たい声音で告げ、タナシスがそっと目を逸らした。
それからタナシスは一転した調子で本題を切り出す。
「ごほんっ、そのような些事は捨て置きましょう。コウヤ殿がお持ちの
『ああ、いいぜ』
〖武具格納〗から所望の素材を取り出した。
突然現れた巨大な上半身に、広場に居た者達がどよめく。
そんな中最も大きな反応を見せたのは、やはりと言うべきかタナシスだった。
「おおおォォォォッ! 黄金の装甲! ドラゴンを模した頭部! 何から何まで文献通りッ! 間違いありませんッ、これこそ凶級疑似魔像機が一、千年前に失われし我らの守護神!!」
彼は奇声を上げながら“巨像”に飛びついた。
これなら座らなくて良かったんじゃねぇかなとオレは思った。
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