第124話 ガバチャート
喚声が爆発した。
そうとしか形容できねぇような大パニックが巻き起こされた。
オレが飛び込んだ先はゴーレムモドキの待機場みてぇなところ。
駐車場みてぇなスペースに何十体……あるいは百体以上にも上るゴーレムモドキが整然と立ち並び、整備員らしき人間達が〖マナ〗を込めていた。
しかし突如〖凶獣〗が現れたことで彼らは腰を抜かし、口々に悲鳴を上げて逃げ出した。
逃げ惑う彼らを守るように動き出したのは、〖マナ〗を込められたゴーレムモドキ達。門の方向に向かう足を反転させ、オレへと向かって来る。
『信じられねぇだろうが聞いてくれ。オレに争うつもりはねぇ』
一応伝えてみるも、やはりと言うべきか聞く耳は持たれない。人間は皆逃げるのに必死だ。
まあ予想道りだな。オレだって一回で聞き入れられるたぁ思ってねぇ。
『ゴーレムモドキがいなけりゃもうちょい楽だったんだが……』
「じゃあ頑張って」
『おう。つっても頑張る程の相手じゃねぇけどな』
城壁とオレの間に隠れているフィスから声援を受け、ゴーレム達に相対する。
奴らはビームを撃ちつつ〖マナ〗の刃で斬り掛かって来るが、欠伸が出るほど動きは遅ぇ。〖マナ〗も弱ぇしこの辺りに居るのは〖長獣〗クラスみてぇだな。
「(壊すのは不味いよなぁ)」
ここが人間の街だって分かった以上、友好関係を結ぶためにも破壊は最小限に留めるつもりだ。
まあ、問題はその手段だけどな。ゴーレムモドキってどうすりゃ無力化できるんだ?
…………取りあえず手近な敵を投げ飛ばす。
この待機場にはかなり広いので投げ先に困ることはねぇ。壊れない程度の力加減でどんどん投げて行く。
傷付けないようにしているので当然数は減らねぇし、何なら外から出戻ったゴーレムモドキ達が加わって増えているが、目的は時間稼ぎだし構わねぇ。
こうやってゴーレム達を処理してたらいずれ──、
「(──来たか)」
「〖ガストスラッシュ〗」
一陣の風が吹き抜けた。同時、剣閃が迸る。
つい今しがた現れた男が一瞬にして距離を詰め、斬りつけて来たのだ。
驚くべきはその速力。並の〖凶獣〗をも凌ぐ敏捷である。
「(まあ魔獣教のドラゴン程じゃねぇな)」
〖凶獣〗の中でもトップクラスの実力だった竜を思い浮かべつつ、森鎖で斬撃を弾く。
それは半透明な剣だった。十字架のような柄の先端部分から〖マナ〗の剣身が展開されている。
それを構えているのは長髪の偉丈夫だ。薄緑の髪を後ろで束ね、筋骨隆々とした体躯を赤い鎧で包んでいる。
切れ長な目を細めた彼は、一つ大きく息を吐き出し次の攻撃に打って出た。
「〖ガストステップ〗、〖ヘビースラッシュ〗」
「(飛べるのか、〖空中跳躍〗の親戚みてぇな〖スキル〗か?)」
彼が踏み込んだのは中空。
一瞬の内に上を取り、次の瞬間には方向転換、オレへと飛び掛かって来る。
当然今もゴーレム達の射撃は続いているのだが、〖マナ〗のビームの間隙を巧みな体捌きですり抜けていた。
単純な速さだけじゃねぇ、身のこなしもまたハイレベルだ。
「っ!?」
「(ただオレに方向はあんま関係ねぇんだよな)」
上方からの高速奇襲。たしかに、目が前に付いている魔獣相手なら有効なのだろう。
首を上に向けるためにワンテンポ動きが遅れ、さらに大概の生物は構造上、上からの攻撃に弱い。
だがオレはスライム。視界は全方位を収めているし、体のテッペンだって自由自在に動かせる。
今回もグニャッと体の上部を歪ませ、〖マナ〗の剣を白羽取りした。
「ブレードオフっ、〖ガストステップ〗!」
これに対する男の反応は迅速。
〖マナ〗の刃を消したかと思えば、宙を蹴って素早く距離を取った。
男は先程よりも距離を取り、攻撃はゴーレム達に任せて様子を窺っている。
オレが彼のスピードに反応できるのは見せた。どうやって突破すればいいか考えているのだろう。
……頃合いだな。
『なあ、ちょっといいか?』
「これは〖マナ〗通信か……? いや、それよりも誰が……」
男は眉を顰め、周囲に素早く目線をやる。
しかし声の主は見つからない。まだ彼の到着から三十秒も経っていないからか、援軍がやって来る気配もない。
……いやまあ、声の主は目の前に居るんだが。
『前だ前、このゴーレムモドキに攻撃されてる水色の立方体だ』
「魔獣が……喋っている、だと……?」
目を見開くという先程より大きなリアクションを見せる男。
臨戦態勢は解かないまま、怪訝そうな目線を向けて来る。
『ああ……いや、オレは魔獣じゃねぇ、地上から来た人間なんだ。魔獣っぽく見えるかもしれねぇけどこれは魔法で変身してるだけだ』
「…………信じられんな」
「本当だよ」
「っ」
そこにフィスの声が響いた。
それまでの〖意思伝達〗による音のない会話ではなく、肉声。それは男の感情をさらに揺さぶったらしい。
『信じられねぇのも無理はねぇが、取りあえずゴーレムモドキの攻撃を止めてくれねぇか? 今はオレが盾になってるが、このままじゃ後ろの子が怖がっちまう』
白々しくもそんなことを伝えた。これこそが事前に立てた作戦だ。
か弱い少女を連れていることをアピールし、強制的に攻撃の手を止めさせ交渉に持ち込む。そのためにこれまでフィスには戦わないでいてもらったのだ。
この人質にも似た卑劣な策に長髪の偉丈夫は少し黙り込む。
様々な可能性を検討したのであろう彼はその場からさらに数歩下がり、それから周囲のゴーレム達に指示を出した。
「コマンド、攻撃停止、防御陣形」
「(〖意思伝達〗……? いや、少し毛色が違ぇな)」
〖マナ〗を用いた命令に従い、ゴーレム達は一糸乱れぬ連携で男の前に列を成した。
最前列、二番目の列のゴーレムは〖マナ〗のシールドを構え、その後ろのゴーレムは〖マナ〗の射撃武器でオレを照準する。
そうして攻撃が止んだところでフィスがオレの後ろから出た。
服装は鎧のままだが、斧はオレが格納している。
人質として脅されていないという証明のため彼女はゴーレム陣形の後ろまで歩いて行き、そこで初めて偉丈夫はこちらへの警戒を緩めた。
「……まさか、本当に人間だったとはな。剣を向けた非礼を詫びる、すまなかった」
『いやいや、紛らわしい姿で近づいたこっちの責任だ、オレの方こそ悪かった』
努めて明るくそう伝える。
そもそも〖ライフ〗は一たりとも減ってないので謝られる必要はないのだ。
『それより、オレ達は地上……そこの天井の上から落ちて来たばっかなんだ。この街のことも、こんな地底に街があることも知らなかった。良かったら色々教えてくれねぇか?』
「無論だ。その程度で罪滅ぼしになるとも思わないが、私にできることであれば協力しよう」
ただ、と彼の言葉は続く。
次のセリフは何となく予想が付く。魔法を解いて本当に人間だって証明してくれとかそんなのだろう。
この流れも予想できていたので、当然対策も練ってある。
「その魔法は解いてもらえないだろうか。民が怯えてしまう」
『いやぁ、すまねぇ。この魔法は一度使うとしばらく解けねぇんだ──』
怪しいことこの上ない言い訳。
それに何かを言われるより早く言葉を重ねる。
『──それよりアンタ達の使ってるゴーレムモドキって何なんだ? 実は地上でこんな魔獣と戦ったんだけど何か関係あったりすんのかっ?』
「っ、それはまさか、伝承の……っ」
オレが取り出したのは“巨像”の上半身。
黄金の龍の頭部を持つそれを見て、男は大きく目を見開く。
対策、それは他の興味を引けそうな話題で有耶無耶にすること! そしてなし崩し的にオレを人間だと思い込ませること!
一度も人間の姿を見ていないのにオレを人間だと信じてくれているフィスを見て思いついた秘策だ。
これまでの印象通り“巨像”と地底都市には何かしら繋がりがあるらしく、偉丈夫はオレのことなど忘れて釘付けになっている。
それを見てオレは心の中でシメシメとほくそ笑むのであった。
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