第123話 地底の街

「攻撃されてる……?」

『みてぇだな』


 上空へ放たれた何十条もの〖マナ〗の光線は、天井付近でカクンと曲がり、オレ達へと向かって来ていた。


『一応そのままオレの後ろに隠れててくれ』

「分かった」


 光線が発射された時、ちょうどオレの後ろに居たフィスと呑気に話す。

 緊張感は欠片もねぇが、それくらい余裕のある状況だった。


 街から放たれた光線は“巨像”の使っていたものに似ちゃいるが、速度は段違いに遅ぇ。

 感じる〖マナ〗の強さからして威力も同様だろう。

 今いる地点は街から大分離れているし、着弾までにはしばし掛かる。


「(んー、狙いはバラけてんな。回避行動も織り込み済みって訳か)」


 光線を観察し胸の内で呟いた。

 オレに当たりそうなのは一部だけで、過半数はオレを取り囲むように落ちる軌道だ。


「(あとは油断を誘ってるって線もあり得るけども)」


 五、六発しか当たらないと思わせて、直前で全部の光線がオレを向くとかありそうである。

 弾道を何回曲げられるかなんてオレには分からねぇし、警戒は怠れねぇ。

 集中砲火くらいじゃ傷一つ付かねぇだろうが、今回は後ろにフィスも居るしな。


「(形は……傘型でいいか)」


 ぐにゃりと体の前半分を変形させ、盾のようにした。

 そしてようやく着弾。二十を超える光線が草原を揺らす。


「(弾道に変化無し、威力も〖豪獣〗の通常攻撃くらい。気にし過ぎだったか)」


 危惧していたような事態は起きず、普通に光線は爆ぜて消えた。

 炸裂時の感触も“巨像”の光線と似通っている。


「(にしても凄まじい精度だな)」


 周囲を見渡して感心する。

 光線はオレを中心に満遍なく命中したようで、弾痕の生んだクレーターは綺麗な円形となっていた。


 超長距離狙撃なのに加え、途中で屈折も挟んだってのによくもまあここまで正確に。

 もしかすると光線を発射した奴──もしくは奴ら──は〖弾道予測〗みてぇな〖スキル〗を持ってるのかもな。


『まっ、この程度なら何万発でも耐えられるんだが……どうする? フィス』


 光線の作った穴を興味深そうに眺めるフィスへと訊ねた。

 あの街に近付くか、それとも引き返すのかって意味の問いかけだ。彼女は小首を傾げて答える。


「取りあえず、変身魔法解いたら?」

「(……あ)」


 そうだった。オレは魔法で硬い立方体に化けている、と説明してるんだった。

 魔獣と誤認されたから攻撃されているのだ、とフィスは思ったのだろう。

 オレはスライムだから誤認でもなんでもねぇんだが。


「(ヤッベぇ……)」


 千越えの〖スピード〗を発揮して頭をフル回転させる。

 いくつもの言い訳を考案し、それぞれの今後への影響を比較し、矛盾点が無いか確認してこれぞと思った一つを選んだ。


『──いや、それは止めた方がいいだろうな』

「? どうして?」


 怪訝そうな顔をされる。まあそうだよな。彼女の立場ならオレだって同じ顔をした。

 さりとて賛成する訳にも行かず、用意していた誤魔化しを口にする。


『変身解除は〖マナ〗消費が激しいんだ。しばらく戦えなくなる。住人が友好的とは限らねぇしそれは避けてぇ。……それに、あの街が人間の街って保証もねぇしな』


 オレの主張を援護するように、街から再度光線が伸びて来た。

 数は多少増えたみてぇだが、速度も〖マナ〗量も一発目と同じくらいなので気にせず話しを続ける。


『世界には色んな魔獣が居る。オレがこれまで戦ってきた中には鉄で武器を作るゴブリンだって居た。街を作る個体が居たっておかしくねぇ。それに──』

「それに?」

『──街そのものが一体の魔獣だって可能性もある』


 それを聞いたフィスが目を瞠った。


「そんな魔獣……存在するの?」

『しないとは言い切れねぇ。魔獣が〖進化〗の途上で生物離れした姿になることは稀にあることだ。魔獣教の襲撃でも不定形の影みてぇな魔獣と戦ったしな』


 なお、オレの知ってる中で最も生物離れした魔獣は体を武器に変える立方体のスライムだ。


 と、そこで光線第二波が着弾。一度目より密度を増していたが難なく受け止めた。

 それを眺めてフィスは一つ頷く。


「ん、一理ある。たしかにいくら強い魔法使いでも、こんなに沢山の魔法を一度に放てるはずない」


 彼女はこの光線を魔獣の〖スキル〗だと思い直したようだ。

 たしかに、同じ種族に〖進化〗した個体が複数体いれば、同じ〖スキル〗を同時に行使できる。


 けど“巨像”の解析結果を鑑みるにこの光線を放っているのは──と、それについては後で良いか。


『んで、どうするよこの後? 進むか、戻るか』

「私は近付いてみたいけど……危険?」

『いいや、ちっとも。さっきも言ったけどこの程度なら屁でもねぇよ』

「それなら正体を確かめたい」


 珍しいことにはっきりと意思表明された。

 ぶっちゃけオレもあの街……延いては“巨像”のマナクリスタル武器には興味がある。


 それに、こんな地底にある街なら外界との情報のやり取りはねぇはずだ。

 もしスライムがこの近辺に生息してねぇなら、フィスの仲介と合わせてワンチャン人間として中に潜り込める。

 失敗したとしても外に情報が洩れるリスクも低いし、この好機を逃す手はねぇ。


 その後、街に入ってからの段取りを何パターンか打ち合わせ、準備は整った。


『じゃあ行くぜ、しがみ付いててくれ』

「いいけど……一応呼びかけたりしなくていいの?」

『ああ。この距離じゃどうせ聞こえねぇだろうし魔獣が人質取ってるって思われるのがオチだろ』


 納得した様子の彼女が掴まりやすいよう、取っ手状に変形する。

 それを握ると同時、三度みたび光線が発射された。


『しっかり掴まってろよ』


 そう言うや駆け出した。

 光線に狙われているが〖転瞬〗は敢えて使わねぇ。乗客を振り落とさねぇよう初めは程々の〖スピード〗で、徐々に速度を上げていく。


 あっという間に爆撃範囲を抜け出し、気付けば街までの距離は半分になっていた。

 〖マナ〗のドームみてぇなものが街を覆っているが、感じる〖マナ〗からして強度は低めだろう。


 街の門が開き、中から“巨像”を二回り小さくしたようなゴーレムモドキ達が現れ、そいつらが何かするより早くオレは〖マナ〗の障壁を体当たりで破ったのだった。

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