第121話 洞窟探検

「見つけた」

『フィス!? 何で洞窟に!?』


 背後からやって来た白髪赤眼の少女に驚く。

 けどすぐに気づいた。オレを追って来たのだと。


『いや、待たせて悪ぃな。トレントの素材が滑って行っちまってたんだ。怪我して登れなかったとかじゃねぇから心配いらねぇ』


 好奇心に負け〖進化先〗の吟味を始めたことを申し訳なく思いつつ、〖意思伝達〗で伝えた。

 だが彼女は歩み寄りながら首を振る。


「ううん、そこは心配してない。コウヤ君の強さは知ってるから」

『なかなか厚い信頼だな』


 苦笑を溢した。〖進化先〗選びは一時中断だ。

 いきなり姿が変わったらフィスも驚くだろうし、〖亡獣〗にならなくても不都合はねぇ。〖凶獣〗五体に襲われても勝てることが分かったしな。


 鉱山での目的だって達成したのだ。続きは彼女を街に送り届けてからで良いだろう。

 それじゃあ穴の外に戻るか、と踏み出しかけたところでフィスがオレの脇を通り過ぎて行った。


『どうしたんだ……? 帰らねぇのか?』

「ん、こっちが気になる」


 そう言ってずんずん進んで行く。迷いのない足取りだ。

 オレはその背中に問いかける。


『気になるって、何がだ?』

「“巨像”がここに居た、理由」


 言われて思い出す。そう言えばあの〖凶獣〗はやけに〖マナ〗の薄い場所に居た。

 その後の魔獣教の襲撃で気にするどころじゃなかったが、合体変形するなど並の魔獣とは一線を画すものがあった。

 そんな奴の足元に埋もれていた洞窟……何かあっても不思議じゃねぇな。


「(……んでも、何か違和感あんな。フィスってこんな積極的だったか? 前はもっと……)」


 まぁいいや、悪い変化って訳でもねぇだろ。


「そう言えば“巨像”、コウヤが倒したんだよね?」

『バッチシ倒しただぜ』

「じゃあその素材、解析してる?」

『一応進めてるぜ。ただな……』


 歯切れ悪く答えたのは、解析が一向に終わらねぇからだ。

 穴に落ちて以来、〖武具格納〗内の“巨神”に対して解析を掛けてたんだが遅々として進まねぇ。

 いくら〖凶獣〗素材の解析には時間が掛かるっつっても異常な遅さだった。


『感覚としちゃあ利用規約契約書を上から下まで読まされてる感じだ。解析が効きづらいってより情報量が多すぎる、みてぇな』

「そうなんだ……? “巨像”は特殊な魔獣?」

『かもな。アイツすっげぇ変わってたし』


 それからオレは“巨像”との戦いの様子を伝える。

 やはり彼女も合体する魔獣など知らないようで、大層驚いてもらえた。


「──知らなかった。そんな凄いこと、なってたんだ」

『なってたんだぜ。あんなのが居るなんて世の中広ぇよなぁ』

「ん。……あとこれ拾った」

『これは……本か?』

「そう。魔獣教の男が持ってた奴」

「(っ)」


 思わずを息を呑んだオレとは対照的に、淡白な調子で返答された。死ぬ瞬間も近くにいたはずだが、あんまショックは受けてなさそうだな。

 オレは遠くから見てても心がざわついたんだが、この辺は人死にが身近な環境で育ったかどうか、か。


『それで、その本どうするんだ?』

「私、文字読めない。コウヤに上げる」

『そ、そうか、ありがとう』


 表紙に穴の開いた本を空間拡張袋に仕舞う。

 ……これなら気遣いはいらねぇか。気になってたことを聞くとしよう。


『なぁ、アイツは死んだ、んだよな……?』

「うん。ここに来る前に確認した。きちんと死んでたよ」

『そうか……』


 自分の出した魔獣に殺されたようだったし、何かしら細工があるんじゃねぇかと思ってたが杞憂だったらしい。


『じゃあ次だ。何でアイツは自殺……みてぇなことしたんだ? 追い詰められて操れない魔獣を出したとかか?』

「分からない。私も〖豪獣〗に囲まれてて気にする余裕がなかった。……でもあの男自身、混沌種根の魔獣が出たのは想定外、って感じだった」

『想定外?』

「他の魔法を使う気配があったのに、邪魔するみたいに黒い根が飛び出して来て、それで本人も意外そうにしてたのが一瞬見えた」


 ……それもそうか。たとえ制御の利かねぇ魔獣だとしても、それが分かってりゃ如何様にも対策はできる。

 そうしなかったっつーことは、混沌種の顕現は意図したものじゃなかったんだろう。


「(問題は何でそんな想定外が起きたか、だが……判断材料に欠けるなぁ)」


 精々が操作ミスだったり混沌種の特殊性だったりが原因かもと思う程度だ。妄想とそう変わらねぇ。

 まあでも恐らく、魔獣を本に閉じ込めて操る能力はあの男固有の〖属性〗の力だ。あいつが死んだ以上、考察を続ける必要性は薄い、か。


 などと考え事をしながら暗い洞窟を進む。

 〖マナ〗は少しずつ濃くなってるが、魔獣は一匹も出て来ていなかった。


『にしてもこの洞窟、どこまで続くんだ?』

「ちょうど終わりみたいだよ」


 辟易としつつ溢したところ、そんな返答があった。

 言われて目を凝らしてみる。〖透視〗で明かされた視界の中に、僅かな光が差し込んでいるのに気づいた。


『おお、やっとか! ……いや、おかしくねぇか?』


 洞窟は落下地点からここまで常に下り坂だった。こんな地下深くに日が差すはずねぇ。

 光量自体もかなり小せぇし光源は太陽じゃあないな。

 では地底に存在し得る光源とは何かと思考を巡らせ始め、はたと気付く。空間を圧し潰し、押し拡げるような〖マナ〗の揺らめきに。


『これ、また〖凶獣〗か……?』

「そうみたい」


 やがて到着した洞窟の終点。そこは長大な縦穴に繋がっていた。

 縦穴の壁には色とりどりに発光する宝石が犇き、明らかに異常な雰囲気を醸し出している。


 そしてこの縦穴の底。米粒みたく見える其処には一体の魔獣が鎮座していた。

 渦巻くような〖マナ〗はそいつを中心に展開されており、この宝石の〖制圏〗の主であることは明白だった。


「〖凶獣〗は危険……引き返す?」

『いいや、その必要はねぇ──アイツだけなら一撃で終わる』


 心配そうなフィスにそれだけ伝えると、オレは縦穴へと身を躍らせたのだった。

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