第119話 閑話 ポーラと入学式
「何でこんな事になっちゃったかなぁ……」
ウェノースト地方の魔法学園の入学試験から一か月。
模擬戦場と呼ばれる校庭に似た区画にて、水色髪の少女が呟いた。
たった一ヶ月という地球の常識からは考えられない期間で入学準備は進められ、本日は入学式当日。
大魔法使いへの記念すべき第一歩となるはずのこの日に……彼女は因縁を付けられていた。
「覚悟はできたか、平民」
「……うん」
ポーラの前には同じ新入生の少年が立っている。
大柄で、人を二、三人は殺していそうな人相の彼が模擬戦──決闘を吹っ掛けて来たのだ。
事の発端は観戦エリアに立つ灰色髪の少女。
見るからに弱気そうな彼女は、入学式が終わるや少年に絡まれていたのである。
灰色少女が平民ということもあり、貴族子息である男子生徒は一方的に詰っていた。
それを見て居られずポーラはつい口を挟み、そして現在に至る。
「フン、随分と観戦者が多いな」
「初日から決闘始めるような馬……血の気の多い人は早々いないだろうからね……」
呆れ気味に呟く。
話しかける前は彼女もまさかこんな
多少の口論にはなるかもしれないが、何だかんだ相手も引き下がるだろうと高を括っていた。
考えが甘かった。
少年はポーラが平民であると知るなり輪をかけて高圧的になり、ポーラが〖第二典〗であると知ってさらに圧を増し、相手の言葉に反論している内に気付けば決闘をすることになっていた。
(シィーツィアちゃんを探してからにすべきだったかな……)
と内省する。彼女はクラスが違うため近くに居らず、単身で割って入ったのだった。
とはいえ、もう模擬戦が始まる。意識を前方に引き戻す。
「えー、それじゃあルールを説明する。相手を戦闘不能にするか降参と言わせれば勝ちだ。危なそうならこっちで止める。禁止事項は──」
立会人の教師が気怠げに語って行く。忙しいのに面倒起こしやがって、という不満が透けて見えるような態度であった。
ポーラは聞きながら訓練用の杖をギュッと握る。
比較的安全に物理ダメージを与え、かつ危険な攻撃から身を守るため、魔法学園の模擬戦では特殊な木杖が用いられるのだ。
「──では、最後の確認だ。双方、模擬戦の条件に不服はないな?」
「「はい」」
「んじゃあ、開始ぃ」
気の抜けた掛け声で火蓋が切られた。
間合いは二十メートル程。ポーラならば素の身体能力だけで一秒で走破できる距離。だが、相手の攻撃の方が早かった。
「〖アイスアロー〗、四重!」
「わぁ」
高速で飛来する四本の氷の矢を見て、速いな、とポーラは思った。
弾速だけでなく〖マナ〗を練り始めてから放つまでの間隔も。中級冒険者の多くはこの一撃に反応できないだろう。
(でも、さすがにこの距離じゃ、ね)
中級冒険者では反応できない──つまり、上級冒険者相当の〖レベル〗を持つポーラは違う。
追尾能力があることを〖空間把握〗で即座に見抜き、そのことを考慮して横へ跳ぶ。
三本の矢が狙いを外し、ギリギリ当たる軌道だった一本も杖で叩き落された。
「見たかッ、これが俺様の実力だ。下民との格の違いだ!」
「いやいやいやいや、アタシ完璧に防いだじゃん!?」
得意気な少年にたまらずツッコミを入れる。
けれど少年は小馬鹿にしたような笑い声を上げた。
「フハハハッ、やはり下民だなっ、何も分かっていない。先の攻撃、貴様はどうやって防いだ?」
「どうやってって……普通に躱して杖で受けただけだけど……」
「そうだ、魔法ではなく身体能力で防いだのだ、野蛮極まる。大方〖レベル〗が高いばかりで魔法の技量も大したことはないのだろう?」
「それは魔法を使うまでもなかっただけで──」
「言い訳は良い。どれだけ言葉を募ろうとお前が俺様より劣っている事実は変わらない!」
ポーラの言葉を遮るようにして少年は言った。
〖政圏〗に覆われた街の中では〖空間〗魔法は消耗が大きい。それ故に不要な時には使わないようにしているのだが……弁明する暇はなさそうだった。
少年から多量の〖マナ〗が噴き出す。
「〖アイスフィールド〗!」
「おぉ!? とと……っ」
少年の魔法が模擬戦場の地面を覆い尽くした。
現れるのはスケートリンクの如く滑らかな氷の地表。少年の周囲を除き、土はどこにも露出していない。凄まじい規模の魔法である。
ポーラは咄嗟に跳び、足の凍結は免れたが、着地で足を滑らせ杖を突き刺しバランスを取った。
「どうだ、これが〖第三典〗となった貴族の、本物の魔法というものだ。〖氷属性〗に〖昇華〗した俺様の魔法は下民共とは次元が違う、降参するなら今の内だぞ?」
そんな発言を聞き、観客達の一部が眉をひそめた。
百人以上いる新入生の大半が貴族の
未だ〖第二典〗で燻っている彼らは、まるで自分が平民レベルだと愚弄されたように感じていた。
しかし、そんな彼らの不満とは関係なしに戦闘は進む。
「たしかに規模は凄いけど、足場を凍らせただけじゃ勝負はつかないよ?」
「俺様の手で打ち負かされたいのならそうしてくれるッ、〖アイスレイン〗!」
少年が杖を振り上げる。
ふんだんに〖マナ〗を注ぎ、一つの魔法が発動した。
上空へ打ち上げられた三十を超える氷の弾丸は、弧を描きながらポーラに降り注ぐ。
着弾点を散らしているため、今から動き出しても回避は間に合わない。
「はぁ、使うしかないよね。〖スペースホール〗」
回避を諦めた彼女の上にぽっかりと黒い孔が開いた。
それは傘のように少女を氷弾の雨から隠している。
「くはははっ、それがお前の魔法かッ? そんな薄っぺらな盾では俺様の魔法は──」
「〖スペースホール〗」
少年の嘲笑は無視し、傘と氷弾の衝突の寸前、もう一つ孔を開けた。
色も大きさも一つ目と全く同じだが、唯一異なるのは出現位置。
上ではなく前。少年の方に向かって黒い孔は現れた。
「何っ!?」
その意図を少年が推し量るより早く、上の孔に落ちた氷弾が前の孔から飛び出し、元の主へ牙を剥く
少年は咄嗟に氷の障壁を生み出し防ぐが、氷弾は次々放たれる。
慌てて横へ跳ぶ少年。
直後、氷の障壁の砕ける音が聞こえた。
「な、んだ……お前の魔法は……っ?」
「何だと思う?」
「ぐぅっ、舐めるなよ下民!」
その後の展開は一方的なものだった。
少年が一方的に攻撃し、少年が一方的に攻撃を受けた。
ポーラは〖マナ〗消費の軽微な〖スペースホール〗を維持するだけであり、ほとんど消耗はない。
対し、〖第二典〗以上の魔法を連発した少年は〖マナ〗枯渇が近付いて来た。
「……そろそろ苦しいんじゃない? そろそろ降参した方がいいと思うよ」
降伏勧告を行うポーラ。
そんなことをせずとも転移して杖で殴るだけで試合は終わらせられた。が、傷を付けると恨みを買いそうであり、また手の内は出来る限り隠しておきたい故の行いだ。
「黙れっ、涼しい顔をしていられるのも……今の内だッ。貴血紋章、アクティベート!」
少年の手の甲にある赤い紋様。そこに〖マナ〗が集められた途端、紋様は光を発し出した。
それを見て観衆が騒めく。
「おいおいマジかよアイツ、貴血紋章使いやがったぞ」
「平民相手なのに? 必死過ぎでしょ」
「実力不足だからって決闘に貴血紋章を使うだなんて、貴族のプライドはないのかしら」
ここぞとばかりに蔭口を叩く観客達に青筋を浮かべながら、少年は紋様の能力を行使する。
その輝きのもたらす変化を、ポーラは〖空間把握〗で感じ取った。
(この、感じって……)
「くくくっ、ようやく分かって来たぞ、お前の〖属性〗の性質。お前は防御は得意だが攻撃はできない、そうだな?」
「…………」
見当外れの推理を無視する少女。
彼女の注意はただ、貴血紋章の影響に向いていた。
(多分〖政圏〗に干渉、してるんだよね……。でも、これなら……)
「だんまりか、図星のようだな。フフフハハハハッ、ならばこの勝負、俺様の勝ちだ! 我ら貴族に与えられる貴血紋章には貴き血筋の証明である他に、もう一つの権能がある」
勝利を確信した様子で少年は語る。
「それは〖政圏〗の制御だッ。魔王様の支配域を介して多くの奇跡を実現できるッ。その一つが〖マナ〗の高速回復!」
そう言って腕を突き上げると、周囲から彼に〖マナ〗が流れ込み始めた。
〖制圏〗の『徴収』に相当する力だ。それを領地規模で行使している。
領主が持つ物に比べれば酷く限定的な権能でしかないが、それでもみるみる〖マナ〗は増える。
この速度ならば十分と待たずに彼の〖マナ〗は全快するだろう。
「……ああ、やっぱりだ」
「ん? どうした、ようやく己の言動を改める気になったか、下民?」
少年の声が聞こえていないかのようにポーラは虚空へ手を伸ばす。
そして見えない糸束を掴むように握って、引っ張った。
「これなら、行ける──〖
〖スペースホール〗の比ではない量の〖マナ〗を喰らい、少女の魔法が発動する。
効果は劇的であり、歴然だった。
少年へと流れていた〖マナ〗が、少女に集まり出したのだ。
「……は?」
「ぃやったぁ……! 夢じゃないっ、アタシ、〖第三典〗になれたんだ!」
呆然とする少年と、足元が氷結しているのも忘れて跳びはねるポーラ。
少女の様子は〖第三典〗となった喜びを如実に表していた。
〖結界〗。それこそが今、ポーラの目醒めた〖属性〗だ。
結界とは即ち、区切られた空間。
神事において縄を張り、ここから先は神聖な空間であると示すように。空間の性質を規定することこそが〖結界〗である。
元より〖政圏〗が空間魔法を妨げるのは知っていた。
それは生物に空間魔法が効きにくいのと同じ原理だとポーラは考えていたが……貴血紋章の発動を間近で見て思い違いに気付いた。
〖政圏〗とは、空間そのものに掛かるチカラである。
そうと分かってしまえば後は早かった。〖空間把握〗でつぶさに観察し〖政圏〗の流路を発見。
、その流れに触れるべく魔法を試行し、その末に〖結界〗へと〖昇華〗を果たしたのだった。
「そ、んな……貴血紋章の力が、う、うば、奪われる、など……」
後ずさるようにして尻餅をつく少年。立ち込める冷気に
〖マナ〗だけでなく精神力も底を尽いた様子だ。
続行不可と認められた場合、審判が止めに入る。というルールを思い出し、ポーラが彼の方を見やる。
その瞳に映っていたのは、恐怖に目を見開いた貴族家出身の教師の姿。
「あ、悪魔だ……っ」
「……え?」
貴族ならぬポーラには想像できなかった。
平民が〖政圏〗に手を加えるという行為が、どれほど恐れられるかを。
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