第118話 閑話 フィスとモルテン

書き忘れていましたが、前回で第三章は完結です。

閑話を二回挟んだ後、第四章に入ります。

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「殺されちゃったんだ……」


 白髪赤眼の少女、フィス・モグサールは呟いた。

 彼女の目線の先には、苦悶の表情を浮かべ胸と腹を貫かれたモルテンの死体が。


 彼女の胸を占める感情は、憐れみだった。

 モルテンには殺されそうになっていたし、フィス自身も殺す気で戦っていたが、だからとて人の死に何の感慨も抱かないほど覚悟は決まっていない。


 そっと片手で三度振るい──この地域における追悼の所作だ──それから近くに落ちている本に気付く。気になり手に取ってみた。

 それはちょうどモルテンが今際の際に見たページ──即ち、不破勝鋼矢の〖ステータス〗の記されたページである。


「……よく分からない」


 フィスは首を捻る。彼女は文字が読めないのだ。

 パラパラと捲ってみて、時折描かれている絵の精巧さに感嘆するも、脇に記された文字には目もくれない。


「よく分からない」


 本を閉じ、もう一度呟く。

 彼女の視線は本ではなく、モルテンの死体に向かっていた。


 少女にとって、魔神なるモノを信奉していた目の前の男は理解不能な存在だった。

 魔獣の尊重を訴えながら、自身は魔獣を手駒にしていたというのも矛盾しているように感じる。

 とにかく論理の通らない、得体のしれない相手だった。


「…………」


 それでも、憐れみを覚えずにはいられなかった。どこか、少し前までの自分と通ずる部分があるように思えたから。


 フィスには読心や過去視の能力はないため、モルテンが貴族家出身であることや、ハズレ〖属性〗であったことは知らない。

 加えて、妾腹の子であったために虐待じみた冷遇をされていたことも知らない。

 ましてや魔獣教の工作員に唆され出来心で協力してしまったことや、自身の手引きで家族が死んだ精神的ショックから魔獣教にのめり込んでしまったことなど知る由もない。


 ただ、彼の魔獣に対するチグハグなスタンスからはまるで以前の彼女のような、強迫観念に縛られ意固地になっているように感じただけだ。


「あなたは、何がしたかったんだろうね?」


 答えの無い問いかけを残し、彼女はその場を去る。

 死体を見つけてつい足を止めただけで、彼女が荒地付近に戻って来た理由は別にあった。


「深い……」


 荒地に踏み入り、少し進んで淵に立つ。

 彼女の見下ろすのは、大穴。鋼矢と混沌種の戦闘で出現したものだ。

 穴に呑まれた友人の行方を知るため、というのが避難していた彼女が舞い戻った理由である。


「見つからない……」


 〖暗視〗及び魔法で強化した両眼は、大穴の底までをも見通す。

 大穴は洞窟の天井に続いていたようだった。見える範囲には鋼矢は居ない。

 崩れ落ちたのであろう大量の土砂が堆積しているが、それで生き埋めになっているとも思えない。


「……地面、傾斜がある。滑って行ったのかな?」


 じっと観察し、そんな予想を立てた。

 洞窟は一本道なので、滑り落ちたのなら方向は分かる。


「〖フィジカルエクステンド〗なら壁まで届く……行ける」


 小さく頷き、フィスは大穴に飛び込む決意を固めた。

 鋼矢が心配だから……というのも嘘ではないが、比重は軽い。


 崩落の直前、鋼矢が落下攻撃によって巨大樹を破壊するのは確認した。また彼の〖タフネス〗の非凡さも知っている。

 〖凶獣〗の攻撃を受けてもビクともしない化け物みたいな人間が、転落程度で死ぬなどとは微塵も思っていない。


 だからこそ、彼女の心に沸き起こったのは──、


「〖マナ〗は逢魔区画くらい。きっと、何かある……!」


 ──純粋な興味だ。

 この洞窟の直上には“巨像”が居座っていた。〖マナ〗が薄いにも関わらず、である。

 何か秘密がある可能性は高い。


 無論、無関係である可能性もある。危険が待ち受けている可能性だってある。

 以前の彼女なら「面白そう」というだけでは、近づく事さえしなかっただろう。


「〖マスターキーン〗、〖マスターブースト〗──」


 けれど、今は違う。

 少女は力を手に入れた。多少の無茶なら押し通せる力を。

 そしてそれだけの力を持つという自負を。


「──〖マスターエンハンス〗」


 万全の強化バフを施し、宙へ身を投げる。

 胸を満たす好奇心に背中を押され、フィス・モグサールは大穴へと飛び込んだのだった。

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