第115話 混沌種

申し訳ありません、誤って116話を先に投稿してしまいました。(そちらは既に削除済みです)

こちらが本来の続きとなります。

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「(んなっ!?)」


 全ての〖凶獣〗を打倒したオレが見たのは、鉱山の中腹より天へと昇る巨大な黒い木の根。

 そしてその根に貫かれた魔獣教の男が山へと落下し、転がる姿。


 遠目にもはっきりと分かる致命傷に、嫌な記憶が呼び起こされる。

 壊滅した村。スライムの死体。打ち捨てられた武器。燻る煙。冒険者の死体。──自分の手で命を奪うことになった、肥大した赤い怪物。


「(混沌種……っ)」


 気付けばオレは駆け出していた。憎悪と焦燥が綯い交ぜになったまま全速力で。

 けれど遠い。着くまで時間が掛かる。

 睨む視線の先では、黒い根が周囲の魔獣達を串刺しにしていた。


 クソッ、何で急に現れたっ? 魔獣教の切り札か!?

 でもそれならあの男が殺されたのが……駄目だ! 考えが纏まらねぇ!


「(フィスはっ……良かった、無事か)」


 根の嵐から逃れる姿を見つけた。

 岩から岩へとピンボールみてぇに飛び回り逃げている。じき混沌種の射程を出られるだろう。〖凶獣〗もビックリの足の速さだ。


「(……足、あんな速かったか……? いやっ、今はそれより)」


 戦闘態勢を整える。

 このまま〖豪獣〗が全滅すればフィスが追われるかもだし、何より混沌種は野放しにして置けねぇ。


「(こっちを見やがれ〖挑戦〗! 〖シュート〗、ダブル!)」


 高速で飛翔する二本の爆発矢を追いつつ、フィスに〖意思伝達〗。


『オレはこのまま混沌種と戦う! フィスは巻き込まれねぇよう身を隠しててくれ!』


 背を向け逃げながら少女は頷き、それを見てオレは意識を根の怪物に引き戻す。

 爆発矢を受けた混沌種。

 全身に這う根を除外すれば、そいつの姿はかつて戦った果樹の魔獣、トレントに近かった。


 樹皮は白。色は白樺に似ているが幹は太く、また途中で幾度も枝分かれしている。

 枝の先には葉っぱ一枚もなく、梢は名槍の穂先のように尖っていた。


 樹高は二十メートル超で、中央付近にばっくりと縦の裂け目がある。あれがトレントの口だろう。

 そしてその口から飛び出すのが、無数の黒い根。

 さながら蔦植物が巻き付くように、黒い根はトレントの全身に絡みつき、また周囲の魔獣を串刺しにしている。


 どうやら殺し尽くしたようで、黒い根から魔獣達が振り落とされる。

 落下する死体達は、トレント自身の白い根に貫かれた。


「ギギギギ」

「(何だ……?)」


 死体を刺した根が、途中で折れる。それはもう呆気なく、ポッキリと。

 当然死体達は山に落ち……すっくと立ち上がった。そして虚ろな目でこちらを見据え、山を駆けおりて来る。


「(死体を操る〖スキル〗か)」


 白い根が鍵なのだろうと当たりを付けたその時、オレとトレントの〖制圏〗がぶつかった。

 衝撃波が生まれ、魔獣の死体が吹き飛ばされかける。

 どいつも〖豪獣〗なだけあって倒れはしなかったが、体勢が崩れた。


 その隙に接近し、すれ違いざまに武器を乱舞。〖豪獣〗程度なら一発でミンチにできる。

 ニ十体以上居た死体達は、それだけで全滅した。


「ギギギギ」


 そこへトレントが枝の先から光弾を放つ。オレが死体集団と衝突するタイミングを狙っていたのだろうが、生憎あの程度足止めにもならねぇ。

 白色の光弾の弾幕が張られるが、邪魔がねぇなら避けるのは容易。


「(……よし、当たっても問題ねぇな)」


 大半は避けつつも、一本だけ敢えて受けてみた。

 が、体に変調はナシ。〖ライフ〗も〖マナ〗も減ってねぇ。もしもの時は無理に避けなくても平気か。


「(お返しだっ、噴石発射、〖ヘビーシュート〗!)」


 噴石弾を三発、それから吸魔の矢を二本同時に撃つ。

 〖多刀流〗の補正があっても弓や砲を並列使用するのは困難だったが、〖弾道予測〗が五発同時使用という荒業を可能にした。


 タイミングを微妙にずらしながら五発の矢弾はほぼ同じ軌道で飛んで行く。

 見てから回避できるという間合いでは既になく、トレントは咄嗟に枝達を防御に回すもそれでは噴石弾三発を防ぐのが限度。

 後続の吸魔の矢は枝の守りを超え幹に突き立った。


「ギギギギ」


 〖マナ〗を吸収し意識を逸らさせる吸魔の矢。

 しかし、トレントの混沌種はそんな物刺さってないかのように振る舞う。動揺が微塵も感じられねぇ。


「(だったらそのまま〖マナ〗を吸われてろッ、〖ウィップ〗、ダブル!)」


 赤鞭を二つ振るい、幹に大きな切り傷を付ける。

 それにも無関心にトレントは距離を詰め──白い根を足みてぇに動かしている──白い枝や混沌種の根を槍みたく伸ばして来た。


 それらの隙間を〖転瞬〗ですり抜け、すれ違いざまに〖ウェポンスキル〗を食わらす。

 深い切れ込みが刻まれ、黒い樹液が迸った。


「(あの枝、生命力を吸ってんのか……?)」


 背後を取ったオレへすぐさま放たれる追撃の枝。

 それを躱してさらに攻撃を重ねつつ、枝の刺さった地面を一瞥する。


 トレントの〖制圏〗の効果なのか、この辺りには黒く捩じれた植物が芽吹き出していた。

 だが枝が地面に刺さるや、その周辺の植物は瞬く間に枯れてしまう。範囲は一メートル程か。


 単に枯れる効果を振り撒いてるだけならいいが、もし〖ライフ〗や〖マナ〗を回復されてるんなら面倒だ。

 そして初めに付けた傷が瞬く間に塞がっているのを見るに、後者である可能性が高ぇ。


「(取りあえず一帯の支配権を奪いてぇが……チっ、こいつの〖制圏〗、やたら粘っこいなっ)」


 コールタールみてぇにべったり張り付いていて、『制圧』込みでもなかなか押し返せねぇ。

 優勢なのはこっちなものの、奪い切るには時間がかかる。


「(しゃーねぇか、ならゴリ押しだ)」


 一歩跳び退って枝と混沌種の根を回避。

 そして〖武具格納〗から合金棍を取り出す。


「(〖千刃爆誕〗)」


 数多の金属の刃が爆ぜ、トレントの全身を斬り付けた。

 一つ一つの傷は浅ぇしすぐに回復されるんだろうが、これの目的は〖嵐撃〗のカウントを稼ぐことだ。


「(〖猛進〗、〖チャージスラッシュ〗、ダブル)」


 一気に距離を詰め、口の下あたり目掛けて斬撃を二発叩き込む。

 ハルバード二振りによる斬撃は同じ高さに命中し、左右から挟みこむように切れ目を作った。


「ギギギギ」

「〖転瞬〗、〖ヘビースラッシュ〗」


 至近距離のオレを攻撃するため、トレントは幹から枝を生やす。

 樹皮が盛り上がるようにして突出したその枝は、オレにとっては〖転瞬〗で加速するための足掛かりに過ぎなかった。


 グンと加速し右側のハルバードを振るう。

 トレントの傍を駆け抜けつつ、先程付けた傷を寸分違わず斬り付けた。再生しつつあった傷がさらに深まる。


「(〖スラッ、っと)」

「ギギギギ」


 追撃を見舞おうとしたその時、地面の振動を捉え後退。

 直後、オレの立っていた場所を根が貫いた。混沌種の黒い根じゃなく、トレント本体の白い根っこだ。


「(なるほどな)」


 その一撃を見て得心する。いや、正確には『受けて』か。

 根の槍は僅かにオレを掠めていたのだ。


 根に触れられてオレが感じたのは、脱力感。

 その感覚には覚えがあった。ついさっきまで戦っていた骸骨に触れられた時と同じだ。今回は〖ライフ〗だけじゃなく〖マナ〗まで削られているが。


 ここまで情報があれば分かる。あの根や枝は触れた相手から力を吸収するのだ。

 魔獣教の男がオレの〖タフネス〗を超えるために用意した手段の一つと言う事だろう。

 足元からも狙われるってなると接近戦は挑み辛ぇが──、


「(──それなら戦法を変えるまでだ)」


 さらに一歩後退し、降り注ぐ枝を横っ飛びで躱し、熱線眼球を二つ模倣する。

 それらに〖マナ〗を込めつつ攻撃を斬り払い、回避し、少ししてチャージが完了する。


「(〖ウェーブスラッシュ〗、ダブル)」


 〖マナ〗を込め斬撃を飛ばした瞬間、ドドドドドッ、と地面を突き破った白い根が巨大化し、壁を形成した。

 オレが防御に徹して〖マナ〗を溜め始めたから大技を警戒してたんだろうが……過敏になっちまってたみてぇだな。


「(〖猛進〗)」


 ただの小技を全力で防いだトレントの側面へ回り込む。

 射線が通った。トレントはオレへと攻撃を伸ばすが、それが届くより早く、


「(〖チャージスラスト〗)」


 オレは猛然と前に出た。

 体高が同じ魔獣相手なら前に出ても攻撃を食らうだけだが、トレントの枝はオレよりずっと上にあり、必然的に攻撃も上から降って来ることになる。

 だから前に出るだけで奴の攻撃は的を外す。


 ハルバードを突き出し突進したオレは、何にも阻まれることなく幹に到達。

 間を置かず切り札を解放。


「(熱線、発射ッ!)」


 目を灼かんばかりの閃光が炸裂した。

 二条の熱線が焼き切るのはオレが斬撃を重ねた傷痕。再生中だった野太い幹を左右から瞬く間に溶断して行く。


 突き上げられた白い根を躱し、雨霰と注ぐ光弾を避け、串刺すような枝を斬り払いながらも熱線の狙いはブラさねぇ。

 着実に幹を削いで行き、あと一歩というところで熱線が途切れ、その瞬間、


「(〖転瞬〗、〖跳躍〗、〖ヘビースイング〗!)」


 渾身の力を込めて森鎚を強振。

 当たり所は切れ目よりも幾分か上の部分。

 首の皮ならぬ樹皮一枚で繋がっているような状態だったトレントがこれに耐えられるはずもなく、ミシミシミシッ、と音を立ててその体は傾き始めたのだった。

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