第114話 閑話 彼だけ使える異能力
斧刃が閃き鮮血が
絶え間なく襲来する魔獣達を白髪の少女が蹂躙していた。
「〖ペーパーナイブズ〗……!」
「無駄」
「くっ」
紙の刃の悉くを躱された書冊司教、モルテンは一人歯噛みする。
変則的な軌道で魔獣達の合間を縫い、全方位から襲い来る紙刃は本来なら回避は不能。
だがフィスは理外の聴力により全ての紙刃の位置を把握している。
「ハぁっ」
「キュオォォォっ」
紙刃の流れ弾に怯んだサイの魔獣がフィスに殺された。
モルテンは本の中から新たな魔獣を呼び出し、加勢に向かわせる。
しかし、モルテンの援護射撃の切れた一瞬の内にもう一体、魔獣が殺されてしまっていた。
見る見るすり減って行く配下の魔獣に、モルテンは拳を握り締め溢す。
「何故です、何故殲滅速度上がって……!?」
そう、当初はこれほど一方的な展開では無かった。
フィスの身体能力こそ驚異的だったものの、そもそも彼女は一人きり。体力には限りがある。
範囲攻撃も持たないようであるし、数で押していれば難なく勝利できるとモルテンは考えた。
趨勢が傾いた要因は二つ。
一つはフィスの〖レベル〗の向上。大量の〖豪獣〗の〖経験値〗は戦闘開始時点で〖レベル82〗だったフィスをも〖レベル〗アップさせた。
そしてもう一つの要因は、
「〖マスターエンハンス〗」
「っ、まだ上があると言うのですかっ!?」
フィスの魔法の成長だ。
「ん、少しラクになった」
モルテンとの激闘を通して彼女の魔法は飛躍的な進歩を遂げていた。
今しがた開発・発動させた〖マスターエンハンス〗などはその最たる例である。
この魔法の効果は、端的に言ってしまえば身体機能の増進。
身体強化のブースト系やキーン系とは似て非なる奥義。
腕力や脚力、視力を強化していた従来の魔法と異なり、〖マスターエンハンス〗はより抜本的な強化をもたらす。
単純な強度の上昇ではなく、細胞単位での機能増強という形で。
「まさか手を抜いていたのですか……っ?」
「違うよ」
より強く、より堅く、より速く、より靭やかに。生物としての規格を引き上げる魔法である。
筋骨のみならず心肺が、体幹が、神経がその機能を高めている。
これまでの魔法とは異なるアプローチ。故に〖マスターエンハンス〗は他の
この魔法によってフィスと魔獣達のフィジカル差はまたも広がった。
(やっぱり〖マスターリミットレス〗の消耗も和らいでいる、好相性)
自身の倍はあろうかという魔獣を一刀で
〖マスターリミットレス〗もまた、この戦闘の中で編み出された魔法だ。その効能は火事場の馬鹿力。
危機に瀕した人間が大量のアドレナリンを分泌し普段はセーブしている力を発揮するように、この魔法を使えば任意で百パーセントの身体能力を引き出せる。
しかし言わずもがな、力を限界まで引き出せば自身も傷ついてしまう。諸刃の剣と言えた。
フィスはこれまで
肉体の回復力も高まっているため傷もたちまち癒え、回復に使う〖マナ〗を節約できていた。
「やァッ」
カマキリの魔獣の腕を斬り落とし、すかさず掴み、背後から近付いていた魔獣へと投げる。
鋭い鎌が頭部に刺さり、その魔獣は即死した。
最早、純粋な〖スタッツ〗だけで〖豪獣〗達を圧倒できている。
激闘の中で磨かれた彼女の魔法はそれ程までに強烈だった。
〖昇華〗した時、人は自身の〖属性〗の輪郭を知る。故に、〖昇華〗したてであっても魔法の使用に差し障りは無い。
だが魔法の探求には先がある。
〖昇華〗した魔法を使い込み、己の〖属性〗に対する理解を深め、そうして本質に近付いて行くのだ。
それは通常、何年何十年という時間をかけて歩む道程。
けれどフィスは天賦の才と極限状態における集中により、千里の道を疾風の如く駆け抜けていた。
「っ、まだ解析は終わらないのですかっ」
「余所見?」
「ぐぅっ、〖ブックシールド〗っ」
鋼矢の解析の進捗を見るべくモルテンが視線を逸らそうとした瞬間、フィスは足元の石を蹴り飛ばした。
モルテンに他へ意識をやる暇はない。
(先程もそうでしたね……っ)
モルテンは一度、上空に逃げようとした。
だがその時も投石によって紙の絨毯を破壊され、墜落してしまったのだ。
どれだけ魔獣を差し向けようと、妨害の手を緩めればすぐに攻撃される。
彼には全力でフィスと戦う
モルテンの魔法の技量は高いが、〖レベル〗は然程でもない。
当然〖スピード〗もフィスより圧倒的に低く、モルテンが一つ行動する間にフィスは二つ、三つと行動を終えられる。
戦闘における速度差は致命的であると、幾度となく繰り返した実戦でフィスは知っていた。
そしてもう一つ、フィスの有利に働いているのが一向に終わらない鋼矢の解析だ。
そちらに〖マナ〗操作の容量を割き続けているため、戦闘用魔法を同時にいくつも使えない。
(解析を中断する訳には行きません……っ、厄介な……!)
モルテンにとっての最悪は鋼矢に逃げられることである。
今のところは魔獣の本能からかその場に留まり抗戦しているが、不利となれば逃げ出される可能性は高い。
そうなった時、ジュエルスライムの上位種と思われる鋼矢に追いつくのは至難。
だからそれまでに解析を終わらせる必要があった。解析が完了していれば魔法で対象の居場所を把握できる。
ただ、そんな先のことを言っていられないほど戦況が切迫しているのも事実。
「〖豪獣〗様の残りも僅か。かくなる上は……」
敗北のチラつくモルテンの脳裏に、一つの選択肢が過る。
即ち、温存していた混沌種を使うこと。
不破勝鋼矢を倒すために持参した〖凶獣〗は四体だが、モルテンはまだ三体しか出していない。
数が多すぎると
特に混沌種は体格も攻撃範囲も〖凶獣〗中最高で、他の〖凶獣〗が居る状況下では扱い辛い。
よって鋼矢が消耗した後のダメ押しに使う予定であり、モルテンの魔法一つで本から呼び出せるのだが──、
「──否ッ、冒険者如きに〖凶獣〗様を使うことなどあり得ないっ!」
けれどモルテンはそれを選択しない。
下らないと吐き捨てつつも彼の内に残る元貴族としての高慢が、そんな逃げを許しはしない。
代わりに彼が選んだのは己の魔法で敵を破ること。
残りの〖豪獣〗を全て解放し、さらに数歩後退して魔法の準備を始める。
膨大な〖マナ〗が動き始めたのを察知し、フィスは阻止しようとするが〖豪獣〗達の守りは堅い。
「認めましょう、あなたの戦闘力を。ですが所詮は〖第三典〗、魔法の核心に辿り着きし私には勝てないっ。さあ刮目しなさい、これこそが私だけに許されし〖書冊〗の秘奥! 〖ローカス・オブ・ザ・ブ──」
これまで本に記録して来たあらゆる魔法・物質を際限なく再現できる〖書冊〗の〖第四典〗魔法。
俗に核心魔法と称されるそれが発動する直前、彼の動きは止められた。胸をある物に貫かれて。
「……ご、はっ?」
「?」
突如霧散した〖マナ〗にフィスが困惑する。
けれど、モルテンの抱いた困惑にはそれを遥かに上回る。
彼は全てを目撃していたものの、何が起きたか理解できていなかった。
どうして本から独りでに根が出ているのか。
どうして〖洗脳〗しているはずの根が自身の胸を貫いているのか。
どうして自分はこれほどの苦痛に襲われているのか。
さっぱり理解が及ばなかった。
「ぁ、な、ぜ……」
その拍子にモルテンは根から落とされ、鉱山の斜面を転がり、岩にぶつかり止まった。微かな呻き声を漏らす。
胸の傷はどう見ても致命傷で、今も気の遠くなるほどの痛みに襲われているが、彼はそれでも生きていた。
浮遊する本を呼び寄せ、〖再生属性〗の魔法のページを開かせようとする。
「……な、ぜ……」
だがそのページは既に破られており、閉じ込めていた魔法も暴発した後だった。
混沌種が現れた弾みに破損してしまったのだ。
絶望する彼の心情を表すかのようにバタンと本は斜面に落ちる。
その際、偶然開かれたページを見て、モルテンは目を丸くした。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
種族:戦火
獣位:凶獣
スタッツ
ライフ :2906/1908
マナ :3184/2257
パワー :1109
タフネス:13712
レジスト:1259
スピード:996
スキル
方向感覚 カバー 登攀
ブロック 完璧の守勢 逃走本能
ウィップ コンパクトウィップ 愚行 意思理解
スラッシュ コンパクトスラッシュ ジェスチャー
意思伝達 ウェポンボディ 身体修復
遁走 転瞬 クロスカウンター
挑戦 集中 空中跳躍
墜撃 貯蓄 輸送
武具格納 レプリカントフォーム 蠱惑の煌めき
スラスト 抗体 コンパクトスラスト シュート
分解液 チャージスラスト 猛進
チャージスラッシュ コンパクトシュート 隠形
軟体動物 一擲 受け流し 噛み千切り
ウェーブスラッシュ ウェーブスラスト 捕縛
ヘビースラッシュ ヘビースラスト ヘビーシュート
精密射撃 毒手 高速再生
武装の造り手 激化する戦乱 多刀流
千刃爆誕 縄張り パリィ
スイング コンパクトスイング ヘビースイング
チャージスイング クエイクスイング 舞闘
暗殺 嵐撃 土俵際
怒涛の妙技 潜水 透視
逆行 穿孔 絞殺
弾道予測
ユニークスキル:
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
ようやく解析が終わったらしい、というのは驚く程のことではない。かなりの時間が経っており、いつ終わってもおかしくなかった。
あまりにも多量すぎる〖スキル〗には驚かざるを得ない。どのようにして得たのかモルテンには想像もつかなかった。
だがしかし。
彼の心を最も揺さぶったのは。
(【ユニーク……スキル】……?)
そんな、初めて目にする項目だった。
数多の魔獣を解析し、様々な文献を読破した彼の知識にもない情報。
それは
「な……ぜ……」
そして。肺から空気の漏れ出るような呟きが、書冊司教モルテンの最期の言葉となった。
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