第110話 一対多

「(これは、解析の魔法か……面倒だな)」


 背筋を這うような嫌な〖マナ〗の感覚があった。

 鉱山の魔獣教の男が使っているようだ。


 あの場に留まってるのは解析を進めるためってのと、魔獣達の戦いぶりを確認するためか?

 もしかすると遠隔で指示を出したりもすんのかもしれねぇ。


 ……と、あいつを気にしてる余裕はねぇな。今は〖凶獣〗達に集中だ。


「グリュオオオォォ!」


 最初に動いたのは三体目に出て来た〖凶獣〗、深緑のドラゴンだった。


 二本の剛脚で地を蹴り飛び上がったその姿は、角のテッペンから尻尾の先までまさに絵に描いたような竜。

 細長い東洋龍風だった機神の左腕とは違い、翼の生えた爬虫類っつぅオーソドックスな西洋竜の見た目をしている。


「(何気に竜って初めて見るなァ)」


 などと呑気に考えている目の前で、ドラゴンは二つの翼で大気を掴み、自身の巨躯を押し出した。

 ギュンッ、と瞬き一つの間にオレへ肉迫し、トラックを一撃で切断できそうな大爪を振りかぶる。


「(〖クロスカウンター〗、〖コンパクトスラッシュ〗!)」


 紙一重で爪を掻い潜り、背後に通り抜けつつハルバードで斬り付けた。

 が、硬質な手応え。〖タフネス〗一定割合無視が働いて尚、竜鱗の堅さはかなりのものだ。


「ヒィユゥォオオ……!」


 巨竜の後ろに居たのは最初に召喚された〖凶獣〗、骸骨の怪異だった。

 頭と首、肩、胸までは人間の白骨死体に酷似していて、多少の怖さはあるものの、写真や絵で見慣れていると言っていい。


 だが、問題はそこ以外である。

 肩の先、及び肋骨から下は、夥しい数の腐りかけの腕が絡み合ってできていた。めっっっちゃグロテスクだ。


 絡み合う腕は異様に長く、しかも途中で何股にも枝分かれしている。

 長いだけの腕ならフィスの〖フィジカルエクステンド〗で見慣れてるが、ああもうじゃうじゃ腕が犇いてると不気味だ。


 そんな骸骨が目前に迫っていた。

 足は三本。カメラの三脚みてぇに腕の塊が伸びていて、ベッタベッタと目まぐるしく動いている。


「(オレは八本脚だけどなッ)」


 と、対抗心を燃やす。

 間合いに入った。骸骨は腕の数とリーチ、そして巧みなフットワークを活かしてオレに触れようとしてくる。


「(こんなに触れようとするってことはよォ、何かあるってことだよなッ)」


 さっきこの腕で叩き落とされた時、謎の脱力感と共に細胞が一部壊死した。〖ライフ〗もちょっと減っている。

 痛みはなかったし〖タフネス〗無視の類ではねぇだろう。

 正体は分からねぇが、取りあえず警戒しとくのが吉だ。


「(まっそんな鈍い攻撃当たんねぇけどな!)」


 オレだって脚が八本もあるんだ。フットワークじゃ負けねぇ。

 〖多刀流〗の補正で四つの武器を高速かつ効率的に振るえてるし、捌き損ねた腕も森鎖でカバーできる。


 結果、腕は全て途中で斬り落とされ、オレには指一本触れられていなかった。

 腕は斬られた側から生えてきているが、この回復の感じはオレの〖貯蓄〗に似ている。多分、〖ライフ〗のストックで補填しているんだろう。


 だったらこの調子で削り続ければ、いずれ再生の限界も訪れる。

 それより今気にすべきは……。


「(どこ行きやがった、三体目)」


 姿の見えねぇ最後の〖凶獣〗だ。

 ドラゴンに突進されカウンターに気を取られたあの一瞬で、三体目は姿を消してしまった。

 過去の経験から保護色や透明化能力なんじゃねぇかと予想し、どこから攻撃されても良いよう警戒している。


「(ドラゴンも警戒しねぇとだし大変だなァ)」


 ドラゴンに加勢されねぇよう、間に骸骨が挟まるよう立ち回っていた。

 こうして周囲に注意を払いながら戦うのも新鮮だな。


「(っ、んだこれ!?)」


 そうして骸骨と鎬を削る最中、唐突に動きを止められた。

 一秒にも満たない時間だったが、金縛りに遭ったみてぇに硬直しちまった。


「(こなくそっ、雷撃!)」


 回避の時間を稼ぐため、迫る腕を【ユニークスキル】で弾く。

 その隙に武器を構え直し、腕を斬り払おうとし、その寸前で横に〖跳躍〗した。


「(そっからかっ)」

「クケケケケケッ」


 突如、オレの足元の影が盛り上がったからだ。

 そこから飛び出したのが三体目の〖凶獣〗、黒い影法師である。


 現れるや、そいつはアッパーカットを放って来た。

 オレはすんでのところで跳ねて躱したが、背後で大気が捩じ切れる。


 ──ボオオオオオゥゥゥンンンッッ!!


「(うおっ!?)」


 爆発音と同時、とんでもねぇ勢いの爆風に吹き付けられた。

 黒影は何も特別なことはしちゃいなかった。ただ、拳を握って振るっただけ。

 にも関わらず、あんな音だけで分かるような超高威力の一撃を放つとは。


「(ぁははッ、スゲェな。〖パワー〗が尋常じゃねぇのか?)」


 オレの〖一擲〗みてぇな制限やデメリット付きの攻撃〖スキル〗って可能性もあるが、取りあえずあいつの攻撃はなるたけ避けた方が良さそうだ。


「(いや、それはこいつら全員か)」


 オレが骸骨から離れたことでドラゴンが上空から襲い掛かって来た。

 ぞろりと生え揃った大牙がやにわに迫る。


「(〖転瞬〗!)」


 一発で粉々にされそうな迫力満載の一噛みを、オレは地に伏せて──のっぺりと水溜まりみてぇに平たくなって躱した。

 スライムの体質と〖軟体動物〗あっての技だ。


 それから一度〖跳躍〗を使って距離を取る。

 バサリバサリとドラゴンが降り立ち、三体の〖凶獣〗が並び立った。

 しばし立ち止まり、オレ達は睨み合う。


「(こうやって並んでくれると〖制圏〗が分かりやすくていいな)」


 今も三体ともが〖制圏〗を発動させている。

 中心となっているのは骸骨の墓地の〖制圏〗で、範囲内にはいくつも墓石が発生している。これが一番範囲が広い。


 隣のドラゴンの〖制圏〗は炎だ。地面全体が炎に包まれている。

 初めて見た〖制圏〗も炎だったことを思い出しちょっと懐かしい。


 そして反対側の黒影のはそのものズバリ、陰の〖制圏〗だ。

 夕暮れのように薄っすらと暗くなっており、〖透視〗が無かったら黒影の姿を捉えるだけでも大変だっただろう。


「(うーん、取りまヤバそうなのはねぇな)」


 墓地は邪魔だがオレの〖パワー〗なら全力でなくとも踏み砕ける。

 ドラゴンの火は赤蜥蜴の溶岩よりぬるかったし、黒影のは〖透視〗で無効化できる。


 多分、地形変化以外にも何かしら追加効果はあるんだろうが、〖制圏〗の練度はどいつも“翻地”以下だ。

 〖工廠〗に守られてるオレを害すことはできねぇ。


「(通電)」


 そろそろ時間切れになる強化バフを掛け直し、改めて〖凶獣〗達の姿を睥睨する。


「(まだまだ隠し玉はあるんだろうが、能力の方向性は概ね割れたな)」


 触れることで〖ライフ〗を奪う骸骨。

 爪や牙、もしかすると全ての攻撃が〖タフネス〗無視のドラゴン。

 規格外の攻撃能力を有する黒影。


 タネも仕掛けも分かっちゃいねぇが、どうなると不味いのかさえ知ってれば対処は出来る。


「(よーしよしよし、そんじゃぼちぼち詰め方を探って──って、んん?)」


 戦意を漲らせた直後、気になる光景が視界に飛び込んで来た。

 それはは三体の〖凶獣〗の間の、そのさらに奥。魔獣教の男が居る山だ。


 百メートル以上も離れてるせいで良く見えねぇが、そこでは、斧を担いだフィスが男に斬り掛かっているように見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る