第109話 再来

「お久しぶりです、戦火いざなう兵器産みのフエトウコウヤ様。お迎えに上がらせていただきました」


 機神との戦闘を終えたオレへ、いつかの魔獣教の男が上空から声をかけて来た。

 種族や名前が知られているのは前回受けた解析のせいだろう。


『別に迎えなんざ頼んでねぇんだけどな』

「まあそう仰らず。我々と共に来れば魔獣の神、魔神様に仕えることができますよ」

『宗教にも興味ねぇんだよなぁ……。そもそも魔神って何だ? 人類お前らが信仰してんのは“魔王”のはずだろ?』


 大陸全土を支配するエスペラス帝国、その国祖にして現皇帝が“魔王”ノヴァ・エスペラス・オーダーである。

 人の身でありながら百年以上も生きている彼は現人神あらひとがみとして崇められている、とエルゴに聞いた。


 まあ、崇められてるっつってもかなり緩めの信仰らしいが。

 国民の誰もが名前は知っているが、教会みてえな大規模施設はなく、戒律とかも特に存在しねぇそうだ。


「人間の文化にお詳しいのですね。しかし誤解があるご様子。かの“魔王”は魔法の才に秀でるだけの只人であり、我らの信奉する魔神様とは別物です」


 そこで一つ咳払いをし、それから謳い上げるようにして言葉を続けた。


「魔神様はこの世の救い主です。来たる審判の日、不条理と不平等に満ちた地上に降臨し、不浄なる民衆を焼き払い魔獣の世界を創造なされるのです」

『へぇー、でもお前も人間だろ? 一緒に殺されるんじゃねぇのか』

「魔神様は慈悲深き御方。敬虔なる信徒であれば死後の楽園へと招いていただけます」

『そうなのか』


 胡散臭ぇな、と思いつつ適当に相槌を打った。

 オレが転生したのは神様の手によるものかもしれねぇし、実在するんなら会ってみてぇとは思う。


 ただ、本当に神が現世に干渉してるんなら人々に知れ渡っていて良いはずだ。

 けれどこの世界では“魔王”以外の神は一般に知られてねぇ。


 その時点で魔神とやらの実在は疑わしいのに、魔獣教の男の話だと人類に敵対してる感じの神格らしい。

 そんな奴が元人間のオレを転生させてくれるだろうか。


 もっと言うと、死後に楽園に連れて行く天国パターンと生まれ変わる輪廻転生パターンじゃ神様のタイプが違ぇ気もするしな。

 結論、こいつらの話はあんま信じられねぇ。


『魔神のことは分かった。けど、お前らは具体的に何をしてんだ?』

「信徒の使命は魔神様へ祈りを捧げることと魔獣様と親しくすることです。私の場合は各地の強力な魔獣様に協力を募るという役割もありますが」

「(協力を募る、ね)」


 フィスの話でこいつが魔獣を操るのは知ってる。

 手段は皆目見当もつかねぇが、案外交渉して手懐けてるのかもな。


 前世の記憶があるオレならともかく、普通の魔獣は餌とかで簡単に釣られかねねぇ。

 どうやら〖意思伝達〗の存在も知ってるらしかったし、類似の〖スキル〗を持ってるのか?


 ……まあ、だから何だって話だが。


『じゃあ最後に聞かせてくれ。魔獣の勧誘……だっけ? それのためならお前は人間も殺すのか?』

「無論にございます」

『そうか、答えてくれてありがとな』

「もう良いのですか?」

『ああ、聞きたいことは聞けた──』


 にこやかに話しかけて来ちゃいるが、こいつがフィスを殺そうとしたことは聞いていた。

 後はゴロツキ冒険者達を殺したらしいことも。


 虚偽や誤解かもしれねぇとも考えちゃいたんだが……今、その可能性は消え去った。

 聞くべきことは何もねぇ。


『──話は終わりだ、テメェはここで捕まえる、〖跳躍〗!』

「〖ブックジャンプアウト〗」

「(は?)」


 紙の絨毯に乗る男の元へ跳んだその時、〖凶獣〗が現れた。

 魔獣教の男の他には誰もいなかったのに、本が光ったかと思えば次の瞬間にはそこに居た。


「ヒュオゥ!」

「(ぐっ!?)」


 そいつは枯れ木を風が通り抜けた時みてぇな声で吼えると、異様に長い腕をオレに叩きつけた。

 痛みは無ぇ。だが、力が抜けるような感覚がある。

 オレはそのまま元の位置まで殴り飛ばされたのであった。


「ここに来る途中、“翻地”様が棲まわれていると噂のトンガリ山に立ち寄りました。しかし生憎、そこに“翻地”様は居られませんでした」


 空の上から魔獣教の男が朗々と語る。

 なお、『トンガリ山』は〖意思理解〗をそう訳しただけで、実際は『恣魔の鋲』とかそんなニュアンスだった。


「狩りに出られていたのでしょうか? はたまた噂は間違いだった? ……いえいえ、そのどちらも違うということが他ならぬ私には理解できました。頂上付近から隣の山へと伸びる荒々しき〖マナ〗の残滓ッ、あれは〖制圏〗同士が衝突した際にできたものに相違ありません!」


 何が楽しいのか口端はどんどん吊り上がり、声はますます大きくなっていた。

 試しに吸魔の矢を射ってみる。最初に出て来た〖凶獣〗は落下しており、射線はがら空きだ。


「〖ブックジャンプアウト〗。“炎海”様のみならず“翻地”様をも! フエトウコウヤ様は己が糧とされたのですね。そして今や“巨像”様でさえも。嗚呼、何たる貪欲! 飽かず己を高めんとする向上心ッ! 貴方様こそ我らの探し求めていた〖凶獣〗様!」


 吸魔の矢は二体目の〖凶獣〗に防がれた。

 またもや本が光った後に、突然空に現れたのだ。

 あの本から〖凶獣〗を呼び出していると考えていいだろう。


「と、そのことは喜ばしいのですが、それほどの力を持つ御方を勧誘するのは非常に骨です。そこで卑怯とは存じながらも数の有利で押させていただくこととしました。どうかご容赦ください、〖ブックジャンプアウト〗」


 三体目の〖凶獣〗が出現。そいつは空を飛んだままオレを睨んでいた。


「最後になりますが、〖ブックジャンプアウト・ドーピングストレングス〗。こちらの〖凶獣〗様達には私の方で強化バフを掛けさせていただきました。多数の〖凶獣〗を屠られたフエトウコウヤ様を相手取るのに、素の〖スタッツ〗では不安が残りますので」

「(待ちやが、チっ)」


 最後に本から何らかの魔法を〖凶獣〗達に浴びせ、そして男は背を向けて飛んで行く。

 追おうとするも、空を飛ぶドラゴンらしき魔獣に阻まれた。


 鋭い爪で引っ掻かれ、オレの体の一部が壊死する。〖タフネス〗を無視された感触があった。

 遠距離攻撃をしようにも一体目と二体目の魔獣がいつでもカバーに入れる位置に居る。


 非常に献身的な姿勢だが、こいつらが精神操作されてるってのは挙動からも〖意思理解〗からも明白だ。

 ここまで意思が希薄な魔獣がそう何体も居るはずねぇ。


「(あの本で操ってるって線も考えられるが……後回しにした方がいいよなァ)」


 広場の縁の鉱山に降り立った男を見、そう考える。

 仮に操作不可に追い込めたとして、〖凶獣〗達がバラバラに逃げ出したら厄介だ。


 加えて魔獣教の男の飛行速度自体は大したものじゃねぇ。

 前回逃げられた時のタネも見当は付いているし、この距離なら〖凶獣〗を片付けてから追っかけたんで充分間に合う。


 まずはこっちに集中だ、と三者三様の〖制圏〗を広げる〖凶獣〗達を睨む。

 一体目の〖凶獣〗の〖制圏〗を中心とし、他の二体が支配権を譲ることで衝突しないよう調整していた。


「(一対三じゃ〖制圏〗の押し合いは厳しいか。まあでも一番の問題は、多分全員が〖タフネス〗対策持ってることだよな、ハハッ)」


 かなりのピンチだな、と計算する。

 オレの〖タフネス〗を突破する手段を持つ〖凶獣〗が三体同時だ。

 対するオレはと言えば、さっきまで機神と戦ってて〖ライフ〗も〖マナ〗も若干消耗している。


 これは確実に最大の窮地で、最悪の相性で──、


「(──最っ高に楽しそうだな!)」

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