第108話 機神Ⅱ
闘うのが、楽しい。
そんな風に思えるようになったのはいつ頃だったろうか。
まだ群れに居た頃じゃないのは確かだ。
小さなミスで仲間を喪うかもしれず、常に緊張と責任を感じる状況で、楽しむなんて発想は微塵もなかった。
前世での感覚も残っていたのだろう。戦闘を厭う気持ちの方が強かったように思う。
それから群れを追い出され、〖凶獣〗に魅せられて、自分から戦闘に臨むようになって。
いつの間にやら戦闘への忌避感はなくなっていた。
「(〖コンパクトスラッシュ〗!)」
〈──
森亀のハルバードが黒い亀甲盾に受け止められる。
盾の周囲には燐光の層があり、そこに入った途端不自然にハルバードが重くなった。単純な重量の増加じゃなく、水中で棒を振るときみたく、空気抵抗が急増したような感覚だ。
すかさずドラゴンドリルで反撃されるが、そちらはもう一つ模倣したハルバードでガード。
ギャリギャリギャリッと火花が散り、その衝撃でオレは数歩後退する。
「(ハハハッ、いいなァこーゆーの!)」
一筋縄じゃ行かないことに胸が躍る。
開いた距離を利用して矢を射った時、ふとフィスとのやり取りを思い出した。
『ねぇ、どうしてそんなに強くなろうとするの? もう〖凶獣〗を一人で倒せるくらい強いのに、これ以上強くならないといけない理由があるの?』
あの時は答えに窮したが今なら断言できる。
オレは闘うのが好きなんだ。命を賭けるほど酔狂じゃねぇけど、全力を尽くした闘いがしたい。
だからそのための手段を集めるのにも意欲的だった。
「(
白い虎の足を活かした高速かつ緩急自在の足捌きにより、ドリルを一発食らっちまった。
お返しに〖転瞬〗と〖クロスカウンター〗で脇腹を斬りつけてやったが、こっちの〖ライフ〗も百ほど削られている。
あのドリルは極力避けねぇとな、と思った。楽しいな、とも思った。
狩りではなく、蹂躙でもなく、闘いが出来ているのが堪らなく嬉しい。
オレとまともに戦える相手はそう多くねぇ。〖豪獣〗以下はジャブで死んじまう。
最低でも〖凶獣〗以上でなければ攻防が成立しねぇんだから、全力でぶつかれる相手は貴重だ。
オレにダメージを通せる相手ともなれば尚更。
普段
そんな強敵に打ち勝てた時の達成感は、きっと一入だろう。
「(〖ウィップ〗……!)」
ブゥン、と赤鞭を一閃すると機神は大きくバックステップした。ギリギリ先端が届いたが、亀甲盾にガードされちまう。
距離が開いたのをこれ幸いと爆発矢を撃ち、弓の模倣を解く。
機神は一歩横に動いて爆発矢を躱し、再び接近して来る。
「(〖ウィップ〗!)」
もう一度赤鞭を振るう。
この一撃は跳躍によって回避された。さっきの一回で鞭の特性を理解されたらしい。
機神は翼で宙を翔け、素早く蹴撃を加えて来る。
「(この反応速度は厄介だな……! 〖転瞬〗みてぇな動体視力を上げる〖スキル〗でも持ってんのか? 面白ェ!)」
機動力でも上回られてるから大抵の攻撃が躱されちまう。
当たるとしたら〖千刃爆誕〗みてぇな面攻撃だろうが、あれは最終手段だ。弾数にも限りがあるし、それに何より面白くねぇ。
奥の手を使うのは他の手段を試し切ってからだ。
「(『収束』解除、『徴収』追加!)」
〈──〖制圏〗の発生を検知。アルフネスフィールドを展開します──〉
「(む、これじゃ駄目か)」
老ガーゴイルの時みたく〖制圏〗で妨害できねぇか試してみたが、弾かれちまった。
機神は〖制圏〗を使えねぇみてぇだが、〖制圏〗を防ぐための〖スキル〗があるらしい。
それから何度か攻撃をし、機神の強さを再確認した。
〖マナ〗を使った攻撃は事前に察知されるし、学習能力も高ぇから一回見せた技には対応して来る。
決めるなら初めの一回でトドメまで持って行かねぇと。
「(……よし、決めたッ、これで行く!)」
作戦は出来た。後はタイミングだ。
激しく武器をぶつけ合う中で虎視眈々と好機を窺い……やがてその時は訪れた。
「(〖クエイクスイング〗!)」
機神が着地する刹那、オレは模倣した森槌で荒れ地を叩く。
激しい振動が伝播し、機神の体幹が僅かにブレる。最大のチャンスにオレは駆け出していた。
ただ、飛行能力を有する機神にこの妨害は効果が薄い。再び空に逃げられるのがオチだ。
実際、機神はオレが距離を詰め切る前に飛び上がり、
「(熱線発射!)」
三本の熱線に両足と片翼を溶断されたのだった。
熱線を放った三つの眼球は今用意した物じゃねぇ。弓の模倣を解く際、代わりに模っていたのだ。
あの時点で既にチャージは済ませており、機神も眼球の〖マナ〗を警戒していた。
普通に放っていれば高速の熱線でさえ避けられたのだろうが……だからこそ、反応できねぇタイミングを狙ったのだ。
片翼と足のダメージで機神が墜落を始め、オレは空へ跳び上がった。
半分になった翼じゃ回避は間に合わねぇ。
機神に残された選択肢は右腕の亀甲盾か、左腕の龍のドリル。
機神が選んだのは、
〈──
亀甲盾だった。
合理的な判断だ。今更ドリルを一回当てたところでオレは倒せねぇし、何なら〖転瞬〗に利用される恐れだってある。
けどこの対応だって織り込み済み。
オレは赤鞭と森鎖達を操り、燐光の範囲に触れないよう盾の脇から回り込ませた。
「(ぃよっし、上手く行ったッ)」
四肢や胴、首や頭部に武器達が巻き付いたのを〖透視〗で確認する。
けれど機神も然る者。
〖パワー〗によって強引に龍腕を動かし、ドリルでオレを削ろうとしている。
「(ならその前に片ァ付けねぇとな、〖絞殺〗!)」
機神を縛る武器達により強く力を込めた。
〖絞殺〗は文字通り、絞め殺す力を補正する〖スキル〗。
〖嵐撃〗のカウントも大分溜まっており、そちらの補正も十二分。
機神の全身から軋み音が聞こえ出す。
オレは首に巻き付けた赤鞭へ溢れんばかりの〖マナ〗を込めた。
赤鞭はさらに熱量を増し、それによって首の変形も早まる。
ドリルの接近に抗いつつ、オレは全力で締め上げ続け、そして………………バキリ。
圧力に耐えかねた首が、遂にへし折れたのだった。
〈──クリスタルリンク、応答ナシ。〖マナ〗供給路、断絶。自律演算回路停止まで、残り二.五秒──〉
〈──防衛ミッションのゾ、続行はコこ、ン難と推テい──〉
〈──きキ、機能、ガgaが停、しsiしシシっ、マ……、──〉
~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~
・・・
>>戦火
・・・
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「よっしゃァッ、完ッ全勝利!」
〖レベル〗の上がる感覚がオレの勝利を教えてくれた。
「(〖受け流し〗、っと)」
それから衝撃を分散するようにして着地した。
機神の死体が傷ついちゃいけねぇからな。
色々と興味深い魔獣だったしできるだけ傷は付けたくねぇ。途中で分離した腕と足のパーツも拾い、〖武具格納〗に仕舞った。
「(とはいえ解析は後回しだな。今はフィスと合りゅ──)」
「よもや“巨像”様をも倒されるとは、何たる向上心ッ。正に魔の権化ッ! あなた様こそ魔神様の御子ッ、地上に魔獣の春をもたらす救世主に他なりませんッ!!」
既視感を覚えつつ声の方へと意識を向ければ、案の定、祭服の男が紙の絨毯に乗っていたのだった。
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