第106話 前哨戦

「(あいつが“巨像”……)」


 巨像区画の主たるゴーレムの姿は、案外と簡単に見つかった。

 と言うのも、周囲の地形が特殊だったからだ。


 基本、このゴロノムア山地には山か谷しかないのだが、“巨像”の周りには起伏の無い荒地が山二つ分ほど広がっていた。

 何とも見晴らしの良いその平野の中心に“巨像”は仁王立ちしている。


「(〖制圏〗……いや、違ぇな)」


 まだ距離はあるため断定は出来ねぇが、〖制圏〗特有の場を支配する圧みたいなものは感じられねぇ。

 これはただ単にそういう地形なんだろうか。


「じゃあ、私はここで待ってる」


 広場に行くにはもう一山ひとやま越えなくてはならないが、フィスはオレから飛び降りた。

 これは“巨像”に関するとある噂が要因だ。


 曰く、“巨像”の〖マナ〗感知力は規格外であり、射程ギリギリから解析魔法を使っても居場所を特定される。

 曰く、遠距離攻撃力も抜群なため、どれだけ離れていても居場所が割れれば精確に狙い撃たれる。


 攻撃の詳細までは噂になかったものの、超長距離の狙撃能力があると言われているらしい。

 魔法を使わなきゃバレねぇとは思うが流れ弾の危険もある。なのでこの辺りで待っててもらう。


「(おっ、こっちは背中側か。回り込む手間が省けたぜ)」


 山間を進みながら胸の内で呟く。

 “巨像”はこちらに背を向けて立っていたため、遮蔽物のない荒野でもある程度なら近付けそうだ。


 そろりそろりと森鎖を動かし、〖隠形〗を使いつつ荒野を進行。

 また、直立不動を崩さない“巨像”へも細心の注意を払う。


 身動ぎもしないその姿は、まるで巨大な彫像のようにも見えた。

 腕も足も胴体も太い通常のゴーレムとは体型からして異なり、陸上選手のように引き締まったボディをしている。


 その躯体は金色の装甲のような物に包まれ、表面には群青のラインが走る。

 背丈はオレや“翻地”より一回り高く、大人十人分ほど。


 最も特徴的なのは両肩と背中から飛び出す水晶か。

 色は透き通るような緋色で、オレが凶獣域で見つけたマナクリスタルと同じ色合いだが……まさかアイツ、マナクリスタルを取り込んだのか?


 第一等級を超えていて、しかもあんな大きなマナクリスタル。どれだけの〖マナ〗を内包しているか想像もつかねぇ。

 消耗戦は避けた方が良さげだな。


「(この辺りにしとくか、〖レプリカントフォーム〗)」


 まだ百メートルは離れていたが、あんま近づきすぎると気付かれる恐れがある。

 〖弾道予測〗のおかげで命中率も上がってるし、ここらで狙撃を行うことにした。


 二張の毒弓にそれぞれ爆発矢を番える。

 ゴーレムに〖毒〗は効かねぇから〖マナ〗は込めねぇ。気配も漏れやすくなるからな。


 そうして二矢の狙いを定め、〖ヘビーシュート〗の溜めを終え、いざ射らんとなったその時。

 突如として“巨像”が跳ねた。


「(これだけで気付くのかよっ)」


 攻撃に移る瞬間、意識の転換がブレを生み、気配遮断が綻ぶことは以前はよくあった。

 だが、それは〖隠形〗が〖隠密〗だった頃の話。

 上位化してからはそんなこと滅多になかったんだが……“巨像”の感知力を甘く見てたみてぇだ。


「(〖ヘビーシュート〗!)」


 回避先へと急いで照準し、矢を放つ。

 矢は正確に“巨像”を射貫く軌道にあった。が、跳ねながらこちらを振り向いた“巨像”は両腕を前に出し、半透明なバリアを展開した。


 大量の〖マナ〗による頑強な防壁。

 しかし、こちらも最上級の爆発矢を限界まで精錬した逸品。しかも二本同時撃ちだ。


 パリン、とバリアの砕ける澄んだ音を爆発音が掻き消した。

 爆風はそのまま奥の“巨像”に押し寄せる。


「(通電、〖猛進〗!)」


 攻撃結果が見える前にはもうバフを掛けて走り出していた。

 撃ち合いはしねぇ。近接戦に持ち込み、短時間でケリをつける!


「(見え見えだぜ、〖跳躍〗ッ)」


 途中、強い〖マナ〗の波動を感じて跳びはねる。

 するとその直後、爆煙を突っ切ってレーザービームが飛来した。

 どうやら〖マナ〗感知は得意でも〖マナ〗隠蔽はそこまでらしい。


 〖転瞬〗の補正もあってオレは一気に前進し、勢い余って爆発矢の着弾地点を通り過ぎる。計算通りだ。

 “巨像”の方も後退していたので、オレはちょうど奴の頭上に躍り出ることとなった。


「(〖空中跳躍〗、〖墜撃〗、〖チャージスラッシュ〗!)」


 すかさず急降下。

 防御無視の森亀のハルバードと土特攻の蟻刀を模倣し、全体重を乗せて振り抜く。


 “巨像”は躱せず防御に回る。

 再度張られた〖マナ〗バリアは薄紙のように破れ、あわや真っ二つ、というところで二振りの剣が現れた。

 それらを交差させて“巨像”はオレの一撃を受け止める。


「(一体どこから、ッ、〖マナ〗で作ったのか!)」


 その剣身は“巨像”の両腕から生えていた。

 腕の側面から半透明で分厚い〖マナ〗の刃が発生している。


 オレの落下攻撃を受け止めて剣身には罅が入っていたが、それは見る間に修復されていった。

 〖マナ〗で形作られた物だから修復は容易なんだろう。


「(けど、他の体はそうじゃねぇよなァ!)」


 “巨像”の足元には亀裂が入り、小規模なクレーターまで出来ていた。

 これらの傷痕が先程の一撃に込められたエネルギーの膨大さを物語っている。


 そしてそれを受け止めた“巨像”は、肘や肩、腰、膝と言った関節に相応の負荷を掛けられたはずだ。


「(〖コンパクトスラスト〗! っお?)」


 次の攻撃は避けられまい、と踏んでのハルバードでの刺突。

 だが、それは“巨像”の俊敏な動きによって回避された。

 足のダメージはそれ程でも──、


「(いや、違ぇな)」


 “巨像”の様子を見て情報を訂正する。

 あいつは足で跳んだんじゃねぇ。背中のマナクリスタルから〖マナ〗を噴出させて飛んだんだ。


 低空飛行する“巨像”を見、このまま広場から逃げられたら不味いな、と思い弓を模倣したところで“巨像”はくるりとこちらへ向き直り、着地。

 そしてガクリと膝を突いた。


「(まっ、そうだよな)」


 オレの落下攻撃をまともに受けたのだから、関節にガタが来て当然だ。

 被害は足だけに留まらず、左腕はだらりと下がっているし、


<──レフトマニピュレータ、シグナル消失──>


 右腕も上がり切っちゃいねぇ。


<──ライトマニピュレータ、ダメージ甚大──>


 もう一度さっきみてぇな攻撃を食らわせたら今度こそ防ぐ手立てはないはずだ。

 ……とはいえ、わざわざ自分から立ち止まったのは不自然だ。


 空を飛ぶ〖マナ〗が尽きたようには見えなかったし、攻撃を誘ってるのかもしれねぇ。

 ここは遠距離攻撃で様子見をしよう。これならもしまた逃げ始めてもすぐに背中を狙えるしな。


<──敵性体の戦力を演算……コンプリート。脅威度:クラスE。単独での撃破は不可。従機へ協力要請を行います──>


 そう考え、爆発矢を取り出した時だった。

 “巨像”の背後の山から四つの影が飛び出したのは。


<──コール源青龍鉾カタラクトバスター、アンロック──>

<──コール焔朱雀翼バーニングウィング、アンロック──>

<──コール疾白虎駆ストームドライバー、アンロック──>

<──コール止玄武楯グレーシャシールド、アンロック──>


「(……は?)」


<──従機全ユニットの残存を確認。フル・ユナイト・アーマメントを実行します──>


 そこから先は瞬きの間の出来事だった。


<──ノーマルパーツをパージ──>


 “巨像”の両腕と下半身が切り離されたかと思えば、腹の下から〖マナ〗を噴射して空に飛び上がり、


<──従機との接続を開始──>


 現れた四つの機体が“巨像”へと集い、接合し、その欠けた肉体を補って行き、


<──フル・ユナイト・アーマメント、コンプリート──>


 “巨像”は新たに右腕と、左腕と、足と、翼を手にしたのだった。


 それは正に神速の合体。手を出す暇などなかった。

 呆気に取られた一瞬の内に全ては終わっていた。


 四機分の力を吸収した“巨像”が広場に降り立つ。

 高い位置からの落下ということもあり、地面が大きく揺らいだ。


<──出力安定。システム、オールグリーン。クリスタルリンク、接続良好──>

<──都市防衛型凶級疑似魔像機MGD-EX-0。これより、敵性体の排除を実施します──>


 それまでとは別次元の存在感を醸し出すそいつを見て、オレは心の底から思った。


「(な、何かお前だけジャンル違くね……???)」

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