第104話 蠢動
『終わったぜー』
「早かったね」
“翻地”を倒したオレはフィズの元まで戻って来た。
オレが戦っていたのとは別の山の麓である。
「それに、速かった。途中、落ちて来たところを見てたけど、〖マスターキーン・サイト〗で視力強化しても目が追いつかなかった」
『まあ、〖凶獣〗と
〖豪獣〗と〖凶獣〗の間には分厚い壁が何枚もある。
いくらフィスが〖豪獣〗を容易く屠れるっつっても、〖凶獣〗とも互角に戦えるって訳じゃねぇ。
「ところでさ、あの岩を吐き出してたのは“炎海”の武器? というかあれは武器なの?」
『あぁ、あれは“炎海”の武器だぜ。アイツは首のコブで岩を作って吐き出してたんだが、それを利用して作ったんだ』
噴石砲の大まかな仕組みを話す。
実際はそれ以外にも、外部から注いだ〖マナ〗で岩石生成器官を動かせるようにしたり、砲身部分で命中率を高めたりと
『なあ、もう良い時間だし昼食にしねぇ? ちょうど“翻地”の肉もあるしさ』
「いいの? 武器にするんじゃ……」
『肉は武器にし辛ぇから気にすんな。まあ“翻地”自体、武器にするには向いてねぇんだが』
オレの〖スキル〗で武器を作る場合、付加できる特殊能力は主に「肉体に根差した能力」だ。
例外として、強度向上や重量軽減と言った基本能力は素材に関わらず付加できるが。
そういう訳なので、老ガーゴイルの大地を操る力は武器に落とし込めねぇ。
全身を覆う石肌には外部からの〖マナ〗を減衰させる効果があったが、使えそうなのはそれくらい。他の部位は美味しく頂いちまった方が建設的だろう。
『だから今から焼肉パーティーだ』
「やったー」
特に感慨の籠らない声で喜んだフィスと共に、老ガーゴイルの肉を焼いて食べて行く。
『あっ、そういやちょっと前にどうしてそんなに強くなろうとするのか、って訊いて来たことあったろ? あの時の答えなんだけど──』
◆ ◆ ◆
ゴロノムア山地より遠く離れたとある僻地。
長獣域程度の薄くも濃くもない〖マナ〗が広がるため資源価値が無く、人の手の及ばぬ──貴族の〖
手つかずのはずの森の中央部に一つ、村があった。
最寄りの町まで山と川と谷と、それからもう一つ山を越えなくては辿り着けない交通の便をかなぐり捨てたかのような立地。
──否、「ような」は適切ではない。その村は外部と断絶するよう、意図的に交通の困難な立地に作らたのだ。
決して情報が漏れないように。
「戻りましたか、書冊司教」
その村の中心に聳えるのは、荘厳な空気を醸す巨大構造物。
全体が石造りであり、汚れ一つない真っ白な状態を保っているそれは、神殿。魔神を奉る魔獣教の魔神殿である。
禍々しき魔神像の鎮座する礼拝堂には、妙齢の女が一人。
彼女は修道服に似たベール付きの服を着ており、左目は眼帯に覆われていた。
背後の人物へ問いかけた後も魔神像の前で膝を突いたまま、手を組んで祈りを捧げている。
「ええ。このモルテン、只今帰還致しました」
そんな彼女の問いに答えのは、つい今しがた礼拝堂に入室した一人の男。
書冊司教と呼ばれた彼は、いつものように胡散臭い笑みを浮かべ、片手に分厚い本を持っていた。
そのまましばしの沈黙が流れ、やがて青髪の女が祈りの姿勢を解く。
立ち上がった彼女は男の方へ向き直り、眼帯のない右側の瞳で見つめて言った。
「
「畏まりました。この度の
教祖と呼ばれた青髪の女の前へ、男の持っていた本が宙を滑るように移動する。
パラパラとページが独りでに捲れ、その中の精巧な挿絵達が光を発し出した。
「〖ブックジャンプアウト〗」
男の魔法によって本の挿絵から魔獣が飛び出す。数は十数体。
魔獣が出た後のページでは挿絵が消えていた。
「ガグぅ……」「ゲゲギ……」「ギヂぃ……」
現れた魔獣はそのどれもが満身創痍。
全身血みどろになる程の肉体的ダメージは無論のこと、〖麻痺〗や〖毒〗によっても身動きを封じられている。
そんな状態なので、魔獣達は現れるや礼拝堂の床に倒れてしまう。
魔神像の他には椅子も机もない礼拝堂でも、これだけの魔獣が居ると少し手狭になる。
「〖ウォッシュブレイン〗」
彼らを一瞥した女が魔法を発動させた。虫の卵のように細かな泡の塊が発生し、魔獣達を呑み込んだ。
夥しい数の泡は魔獣の口や鼻、耳の穴から魔獣の体内に侵入し、そして──。
「──
「直ちに。〖ブックジャンプアウト・ヒールグリッター〗」
男の開いたページからキラキラと輝く光の粒が舞い散る。
夜空の星を思わせるそれらが魔獣達の体に吸い込まれると、たちまち傷が癒えてしまった。
癒えたのは〖状態異常〗も同様であり、それまで礼拝堂の床に臥せっていた魔獣達は自身の足で立ち上がる。
そうして体の自由を取り戻した彼らだが、自分を打ちのめした背後の男には目もくれず、ただ青髪の教祖の方を向いていた。
まるで主人の命令を待つ忠犬のように。
「『彼の魔法を受け入れなさい』」
「〖ブックジャンプイン〗」
またしても本が捲れながら発光し、その中に魔獣達の体が吸い込まれて行った。
そうして魔獣達の封じられたページを、男は一枚ずつペリリと引き千切って教祖に手渡す。
「今回の成果は以上となります」
「……〖凶獣〗様の確保には失敗したのですか」
「恥ずかしながら」
「やはり、遠方での任務とあっては普段のようにはいきませんか」
あまり同一地方で〖凶獣〗を捕獲しすぎると貴族や冒険者ギルドに疑念を持たれかねない。
故に他地方へと手を伸ばしていたのだが……隔地での活動では勝手が異なるだろうし、情報も乏しい。
ただでさえ〖凶獣〗を弱らせて本の中に封じるというのは難行なのだ。今回の失敗も仕方のないこと。
そう考え、無言で床の血を洗い清める教祖へと男が言葉を続ける。
「ですが、ただ失敗した訳ではございません。〖凶獣〗殺しの〖凶獣〗を発見しました」
「!」
教祖の隻眼が大きく見開かれた。
〖凶獣〗の成長は遅い。同格以上と戦う機会がまずなく、〖レベル〗は滅多に上がらない。
だからこそ〖凶獣〗を殺した〖凶獣〗は値千金である。
〖凶獣〗殺害の〖経験値〗により、大幅に〖レベル〗を上げているはずなのだから。
「その〖凶獣〗様はスライム系統であるように見受けられました。ゴロノムア山地最強と称される“炎海”様をほとんど無傷で打ち倒し、そればかりか解析を試みた私に〖意思伝達〗でお声をかけてくださいました」
「それは……凄まじい御方ですね」
通常の〖凶獣〗を遥かに凌ぐ戦闘力に加え、希少な〖スキル〗まで持っている。
是非とも手札に加えたい、と教祖は考えた。
その内心を汲み取るように男は頷き、言葉を続ける。
「かの御方の〖ステータス〗はある程度解析できました。文献には類似の〖凶獣〗様は載っておりませんでしたが、体色や〖スタッツ〗の傾向から恐らくはジュエルスライムの上位種であるかと」
「ジュエルスライム……たしか、並外れた〖タフネス〗を持ち、倒すと大量の〖経験値〗を得られる種族でしたか」
「はい。あの御方の〖タフネス〗は一万以上。通常の攻撃では突破は不可能です」
「……なるほど、それで他の〖凶獣〗様を取りに戻ったのですね」
「左様にございます」
〖ブックジャンプイン〗にて封じられた魔獣の内、男が所持しているのはほんの一部だ。
魔獣を封じたページの大半は、この神殿の奥深くに保管されている。
これはリスク分散と、村が攻められた時の備えだ。書冊司教がいなくとも、ページを破れば封じられた魔獣は解放できる。
それ故に、〖凶獣〗のほとんどはこの神殿に置かれている。
男が持ち歩けるのはたった二体に限られる。
さりとて、普段はそれで事足りていた。
普通より強い〖凶獣〗でも、二体掛かりでならほぼ確実に勝てる。
しかし、今回はそれでは勝てないと男は判断した。
それだけ鋼矢の〖タフネス〗は異常であったのだ。
「分かりました。それでは、混沌種の使用を許可します」
「! なんとっ、よろしいのですか?」
混沌種。それは近年現れ出したと言われる根に覆われた希少種。
その〖凶獣〗が数か月前、この拠点付近に現れたのだ。
交戦により当時保有していた〖凶獣〗の内二体が犠牲となったものの、他の〖凶獣〗の奮闘によって
解析でも全貌を解明できない不気味な存在ではあるが、〖ウォッシュブレイン〗で制御できている以上そのようなことは些事だ。
「ええ。これはそれだけの重大事であると判断しました。また、混沌種の他に三体まで〖凶獣〗様を使用して構いません。相性を入念に吟味し、万全を期して勧誘に向かってください」
「ははァッ!」
恭しく男が頭を下げるのを見て、最後に教祖はこう付け加える。
「書冊司教、モルテン。貴方はこの教団の要です」
高い隠密性と機動力を保持し、対象を格納する特殊な魔法で各地の強力な魔獣を収取できる。
彼が〖書冊属性〗に〖昇華〗したことで、魔獣教団は大きく勢力を増した。
「どうかくれぐれも危険は冒さず、己の身の安全を第一に考えて行動してください。魔神様は貴方の死を歓迎しないでしょう」
心底からの願いを込めて教祖は告げた。
書冊司教モルテンは、彼女の計画の為に必要不可欠な駒であった。
解析、封印、戦闘──能力の多彩さも優秀さも信徒の中で突出している。
そして何より、不遇から救われた恩義に由来する信仰心。
狂信に似たそれは一抹の危うさを孕んでいるものの、並の信徒よりもずっと信を置ける。
これほどに便利な駒を失うなど、考えただけでも教祖の肝は冷えた。
「承知しております。信仰に殉じる覚悟はありますが、意味のない死を迎えるつもりは毛頭ありません。一日でも早く審判の日を迎えるため、私にできる最善を尽くしましょう」
そう言って神殿の奥──魔獣のページの保管庫へと司教は向かう。
彼の背を隻眼で見送る教祖は言葉とは裏腹に、今回の勧誘自体は然程不安視していなかった。
いかに強力な〖凶獣〗だろうと多対一では敵うまい。
それに、こちらには混沌種の〖凶獣〗まで付いている。
量でも質でも凌駕している確信があった。
これだけの大戦力ならば、たとえその地の貴族と敵対しようと圧勝できること請け合いだ。
それよりも教祖の思考を占めるのは件の〖凶獣〗の使い道。
純粋な戦力としてだけではない。ジュエルスライムから〖進化〗したということは、保有する〖経験値〗も飛び抜けて豊富なはず。
贄とすれば〖
「嗚呼、何という僥倖。これも魔神様のお導きでしょうかね──ふふ、下らない」
誰も居ない礼拝堂で、青髪の女は冷たく溢したのだった。
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