第101話 黄金のガーゴイル

 黄金の雨が降っていた。

 ビー玉ほどの金塊が雨粒以上の速度で垂直落下し、地面に細長い穴を穿つ。


「〖マスターキーン・ヒアリング〗」


 だが不可思議なことに、弾雨の下を駆けるフィスはその全てを躱し切っていた。

 空など一瞥もしてないってのに、まるで全部見えてるみてぇに細かいステップで雨の隙間を疾駆する。


「(聴力強化もなかなか使えるみてぇだな)」


 そう、回避のタネは聴覚の集中強化。

 落ちて来る黄金雨の風切り音から位置を特定し、進路を微調整している。


 普通は無数の雨音を聞き分けるなんてできねぇが、フィスの感覚強化には情報処理能力の強化も含まれる。

 でなきゃ急増する情報に脳が耐えられねぇからな。


「キキキキィ……!」


 それを見て歯ぎしりするのは趣味の悪ぃ金ピカのガーゴイル。黄金雨を降らせているのもこいつだ。

 普通のガーゴイルよりもでっぷりとした体型のそいつは、黄金雨を継続させながら次の手を打つ。


「ギキィン!」


 足から地中へ膨大な〖マナ〗を流し込んだのだ。

 すると周囲の地面の何箇所かがボコボコと泡立ち、立ち上がり、人型を取り、その体を黄金に変えた。


 ごく短時間の内に作られた黄金人形は全部で四体。全員が槍と鎧で武装している。

 金ガーゴイルに操られ、その内の一体がフィスに突撃した。


 金の雨はそいつを避けるようにして降り止み、やがて間合い入ったフィスへ槍の一撃が放たれる。

 突進の勢いを乗せた攻撃をフィスは紙一重で躱し、すれ違い様に胴体へ斧刃を走らせた。


「ギギィ!?」


 瞬く間に黄金人形が破壊されたことに金ガーゴイルは目を瞠る。

 慌てて三体の黄金人形を差し向けるが、結果はさっきと変わらねぇ。

 リーチで劣るはずの斧に、黄金人形三体が次々と斬り伏せられちまった。


「ギキィ……!」


 いよいよ後がない、って状況で金ガーゴイルは大技に踏み切る。

 地面に右腕の鉤爪を立て、掬い上げるように動かした。さながら海の水を浚うみてぇに。


 直後、それによって引き起こされたのは黄金の大波。

 先端の鋭く尖った純金製の大波が、迫り来るフィスを呑まんと湧き上がった。


「〖フィジカルエクステンド・レッグ〗」


 だが彼女は、金ガーゴイルが地面に鉤爪を立てた時点で魔法の準備を始めていた。どんな攻撃が来ようと対処できるように。

 だからこそこの攻撃をジャンプで避けられた。


 〖フィジカルエクステンド・レッグ〗は足を伸ばす魔法だが、これを跳躍の瞬間にだけ発動させると、足の伸長で地面を押すため跳躍力を増せるのだ。

 エクステンド系魔法の上位版は〖鉄人属性〗では使えねぇが、〖昇華〗に伴う出力限界の上昇とフィスの脚力が合わされば建物三階分程度の大波、訳もなく飛び越せる。


「〖フィジカルエクステンド・アーム〗」


 フィスを見上げようと金ガーゴイルが首を動かすのと、彼女が伸ばした腕を振り下ろすのは同時だった。

 両者の視線が重なり合ったのは一瞬。次の瞬間には振り下ろされた斧によって頭をかち割られていた。


「「「ゲゲギャー!?」」」


 周囲に居たガーゴイル達が悲鳴を上げる。実はこの戦場には〖長獣〗以下のガーゴイルも大勢いたのだ。

 遠巻きに戦況を見守っていた彼らは、〖豪獣〗が死んだことで蜘蛛の子を散らすように逃げて行く。


「追う?」

『いや、大した〖経験値〗にゃならねぇしスルーでいい』


 岩陰から出て行きつつ答えた。

 既にフィスの〖レベル〗は五十台中盤だし〖長獣〗を倒してもあんま意味はねぇ。


「……あの洞窟、ここからでもかなりの〖マナ〗を感じる」

『〖長獣〗達が働いてたとこか?』


 戦場となっていたのは鉱山中腹の広場。

 この広場は崖に面しているのだが、そこにかなり大きめの洞窟がある。

 オレ達がこの広場に来た時、〖長獣〗達はその洞窟で岩石掘りをさせられていたのだった。


「多分、鉱脈がある」

『なるほど、ガーゴイルの主食は鉱物だもんな』


 それならば上質な鉱脈はご馳走の泉と同義だろう。


『……日も暮れかけだし、今日の移動は終わりにしてこの洞窟を探索してみようぜ』

「まあ、コウヤが行きたいなら」


 そういう訳で、金ガーゴイルをペロリと平らげたフィスと共に洞窟内に入っていく。

 〖凶獣〗が居ると思われる尖った山まではあと一息だし、ちょっとくらい寄り道しても到着はさして遅れねぇ。


 洞窟の中は通常形態のオレが通れるほど広かった。

 奥の奥まで一本道が続いていたが、入口付近の鉱物は採り尽くされているようである。


「嘘、蓄魔晶マナクリスタルがこんなに沢山……」


 奥に進むとそこかしこから結晶が飛び出すようになった。

 色は主に深い赤で前世で見たワインの色に近ぇ。


『濃い赤ってことはかなり品質が良いんだよな?』


 訊ねる傍ら、マナクリスタル達を適当な武器にして〖武具格納〗に仕舞って行く。

 吸収すれば〖マナ〗を回復させられるし、集められるだけ集めときてぇ。


「うん、第二等級」


 フィスの言う等級分けはオレには理解できねぇが、つまりは凄ぇってことだろう。

 マナクリスタルの〖マナ〗保有量は色ごとに決まってるが、濃い赤の物は滅多に見つからねぇからな。


「驚愕。これだけあるなら一生働かず暮らせる」

『え、そんなになのか、第二等級ってのは』

「ん。これより上のが見つかったことは記録上でしか知らない」

『へぇー』


 やっぱり濃い赤以上のは希少なんだな。

 豪獣域でいくつも山を掘ってたオレも一回しか見つけたことねぇし。


 なお、一つだけ見つけた明るい赤のマナクリスタルは吸魔の矢に加工した。

 濃い赤が第二等級ってことは、あれは第一等級だったのかもな。


『もしかすっとこの洞窟、第一等級もあるんじゃねぇか?』

「……そうだと良いね」


 期待感を滲ませて言うと少し、フィスの声のトーンが下がった。


『何か心配事か?』

「違う……とも言い切れない。私の両親が死んだのは、高位の魔性鉱物を採ろうと普段より奥の区画に行った時だったから」

『……オレが聞いていいのか?』

「別に、隠すようなことでもない」


 彼女の声がいつもより平坦に聞こえるのは、オレの気の持ちようだろうか。


「鉱員だった親が事故で死んだ、なんて鉱業都市ミネファではよくある話。父と母が一度に死んだのは珍しいかもしれないけど、それだけ。むしろ父さんの仲間だった人達に採掘の仕方を教えてもらえて、〖身体属性〗まで持ってた私は恵まれてる」

『…………』

「……行き止まりだ」


 フィスの話を聞いている内に洞窟は終点に差し掛かる。

 結局、見える範囲では第一等級のマナクリスタルは見つからなかった。


「やっぱり、変に夢を見ても良いことは無い、落胆するだけ。挑戦は危険だし冒険は無謀。高望みなんてせず、手の届くモノを尊んで、普段通りの日々を過ごしていた方がずっと安全で、安心で、幸せだよ」


 踵を返したフィスを追い、オレも出口を目指す。

 その寂しげな背中に掛ける言葉を探していると──。


「だから私の取り分はこれだけで良い」

『あ、それは持って帰るんだ』


 フィスがオレの収納しなかったマナクリスタルの欠片を拾った。

 まあ、うん。それ拾うだけなら危険も無ぇしな。


 そのように洞窟探索を終えたオレ達は、その後金色ガーゴイルの肉を食べて就寝した。

 明日はいよいよ〖凶獣〗との決戦、気合を入れて臨むとしよう。

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