第97話 〖フィジカルエクステンド〗

 フィスのレベリングを始めてから数日が経った。

 今日も今日とて彼女は〖長獣〗の群れと戦っている。


「「ギィルルッ!」」


 平らな岩場に立ちはだかる〖長獣〗は三体。

 その内の二体は何の変哲もないガーゴイル。強固な石の肌に覆われ、遠距離〖スキル〗を主体に戦う。


「キュルアッ!」


 最後の一体が澄んだ鳴き声を上げ、〖スキル〗を発動させた。

 ガーゴイル達へ駆けていたフィスの前方に、真っ白な壁が聳え立つ。


 それを為したのはガーゴイルの希少種。

 読んで字のごとく白磁の肌を持ち、艶と丸みの多いフォルムをしている。


「〖フィジカルブースト・レッグ〗」


 フィスは壁に衝突する直前で魔法を発動。強化した脚力で直角に進路を曲げ、壁の右側から飛び出した。

 そのまま弧を描くようにしてガーゴイル達へと近付いて行く。


 彼女を阻もうとするガーゴイル達の攻撃は多彩だ。

 〖長獣〗となったことで石礫を飛ばすだけでなく、地面から石棘を生やしたり、自在に動かせる石腕を伸ばしたり出来るようになった。


 だが、それらは全く当たらない。集中強化された脚力に照準が追いつかねぇからだ。

 礫と棘を置き去りにし、ホーミングする腕の群れを切り裂いてフィスは駆ける。


「キュルィ!」


 他のガーゴイルを守るようにして、白亜のガーゴイルが前に出る。

 右手に剣を、反対の手に盾を持った騎士スタイルで、〖スキル〗を使い全身を覆う白い鎧を作り出していた。


 これから近接戦闘に臨む装備の白ガーゴイルは、彼我の距離が十メートルまで縮まったところで剣を突き出す。

 言うまでもなく間合いの外。そのはずだった。

 が、剣身が伸びた。縮んだバネが跳ね上がるみてぇな勢いで。


 同時にフィスの左右の地面から石の棘が生える。

 逃げ道を塞がれた──、


「ふゥッ」


 ──いや、まだ空が残っている。

 集中強化された脚力でフィスは剣先を軽々跳び越えた。


「ケキャキャッ」


 それを見た白ガーゴイルの口端が吊り上がる。

 斧の間合いまで、残り六歩分。

 いくら走る勢いそのままに跳んでいるとは言え、間合いに入られるより白剣を振り上げる方が早い。


 白ガーゴイルは刃を垂直にし、腕に力を込め、


「〖フィジカルエクステンド・アーム〗」


 頭部を斜めにスライスされた。


「キュ、ルぅ……」

「「ギュゲゲっ!?」」


 突然頭を切り飛ばされた仲間を見やる通常種達。

 それは、戦闘において致命的な隙。

 翻った斧が今度は彼らに喰らい付き、二体まとめて切り伏せてしまった。


『お疲れ、相変わらず鮮やかだったぜ』

「ん」


 声をかけられたフィスは魔法の発動を止める。

 すると腕の伸長が解け、掃除機のコードを収納するように勢いよく肘から先が戻って来る。


『〖フィジカルエクステンド〗の扱いももうバッチシだな』

「ううん、まだまだ。もっと素早く伸ばせるようにならないと」


 先程の戦闘で射程外からガーゴイル達を倒せたのは、腕を伸ばす魔法によるものだ。

 髪を伸ばしたのと同じ魔法であり、実戦で使うため様々な調整を重ねていた。


 例えば鎧を改造したりだな。

 肘や膝の部分で分離できる造りに変え、手足を伸ばす際に鎧が引っかからねぇようにした。


 そうして実戦に組み込めるようになった〖フィジカルエクステンド〗だが、これがなかなか便利な魔法だった。

 射程が伸びるのはもちろん、腕だけ回り込ませて死角から攻撃したり、遠心力を利用して威力を嵩上げしたりもできる。


 伸ばせる距離には限界があるし伸ばし過ぎると制御が難しくなるらしいが、それでも充分に有用だ。


『そんじゃ肉焼くわ、フィスは水でも飲んでてくれ』

「ん」


 岩場に四角い容器を置き、オレはガーゴイル達の元へと向かう。

 すれ違ったフィスは容器の前まで来ると、おたまと柄杓を組み合わせたような物を手に取り、容器を満たす透明な液体──ただの水を掬って飲んだ。


 この一メートル四方のますに似た巨大容器は、貯水用としてオレが作った物である。

 適当な金属を溶かして作り上げた。

 なお、中身の水も先日の雨を蒸留した物だ。


「(赤鞭様様だな)」


 火が人類の文明を支えて来たのだとここ数日で痛いほど実感している。

 赤鞭が発するのは火ではなく熱だが、まあ、それは些細なことだ。それより今はガーゴイル達を調理だな。


「(こいつの性質はきっちり確認しとかねぇとな、〖激化する戦乱〗)」


 白磁の希少種を入念に解析していく。

 毒があったら大変だからな。

 それから焼いても無害なのを確認し、鉄板の上に乗せた。


『この辺はそのまま食っても問題ねぇな』

「分かった」


 青い血の滴る肉を皿に乗せて差し出す。

 彼女も慣れたもので、それをグサリとフォークで突き刺しかぶり付いた。


 これは栄養バランスを保つためだ。

 焼肉だけだとどうしても栄養が偏るので、肉食動物がそうするようにビタミンを摂取している。


「〖フィジカルアブソープション〗」


 無論、人間と肉食動物じゃ体の造りが違うから魔法によるアシストもしている。というか、これを使えるようになったから生肉を食うようになったとも言える。

 消化器官の機能を拡張する、って説明だけで簡単に成功させちまうんだからフィスには驚かされた。


『ほいよ』

「ありがとう」


 焼き上がりと生肉完食は同じくらいだった。

 中まで火の通った肉を大皿に盛り付けて渡す。


 ばくばくと山盛りの肉を頬張るフィスを横目に、白ガーゴイルの爪や牙、角に表皮を解析する。

 ただやはりと言うべきか、今のオレが活用できるレベルの素材じゃあなかった。


「(駄目か―)」

「んぐ……ごくん。また武器にできないか調べてたの?」


 〖マナ〗の動きから解析していたことに気づいたらしく、フィスに訊ねられる。


『まあな、つっても今回も空振りだったが』

「この辺りの魔獣がコウヤのパワーアップに繋がるはずない」

『まあそうなんだが、もしもってことがあるだろ? 強くなれるなら強くなっときたいじゃねぇか』

「ねぇ、どうしてそんなに強くなろうとするの? もう〖凶獣〗を一人で倒せるくらい強いのに、これ以上強くならないといけない理由があるの?」

『それは……』


 何故だろうと自問する。


 オレが強さを求める理由……初めは安全に生きるためだった。

 弱肉強食の自然界では、強くならなければ〖タフネス〗を超える手段を持つ者に殺されるかもしれないから。


 次の理由は憧れだった。

 森亀の英姿を見て、その絶大な力に魅せられた。あんな風になりたいと思った。

 けれど〖制圏〗を手にし、憧憬を抱いた森亀すらも倒した今ではその目標は達成できたと言って良い。


 そして今は……復讐のため?

 あの混沌種とか言う根っこの化け物を、確実に葬れるよう力を求めているのか……?


「(いや、そうじゃねぇよな)」


 相手の正体が不明な以上、力はどれだけあっても足りねぇが、それはオレが強くなりたい理由じゃない。

 そもそも今の時点で充分な力を有している。

 たとえ〖凶獣〗より上の〖獣位〗であったとしても、〖タフネス〗と〖凶獣〗の武器だけで押し勝つ自信がある。


 だから、オレが強くなろうとする理由は──。


『──理由は、特にはねぇのかもな。育った環境が特殊で昔からずっと強くなろうとしてて、それで今も何となく強くなろうとしちまってるんだと思う。クセみたいな?』


 そんな曖昧な答えを返す。

 とはいえ、これが多分本心だ。然したる理由は思いつかなかった。


「そう。辺境伯家の生まれだから、か」

『そ、そんなところだぜ……』


 危ねぇ……。その設定忘れかけてたわ。


 そんな風にして岩山を進んでいる内に、オレ達は〖マナ〗の一層濃い地域に踏み込んだ。

 遂に豪獣域へと到達したのだった。

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