第96話 フィスの成長

『この辺からが逢魔区画か?』

「そうなる。と言っても、明確な区分がある訳ではないけど」


 フィスを乗せて険しい岩山を駆けていく。乗員が酔わないよう平行移動を心掛けながら。


『群れを見つけた。でもちょっと数が多いな』


 魔獣達に見つからないよう岩陰に隠れ、そう伝える。

 発見したのは鋼蟻の群れ。全部で五体おり、〖長獣〗が二体、〖雑獣〗が三体。

 谷底を這って進んでいる。


『どうする? 闘るか?』

「援護してくれるなら」

『もちろんだ。絶対に死なせはしねぇから全力出し切って来い』


 フィスが岩陰から飛び出す。

 鎧の足音を聞き付けた鋼蟻達が振り返り、陣形を整え出した。

 〖雑獣〗三体を前に、〖長獣〗二体が後列に控える形だ。


「(あいつらも後進育成してんのか?)」


 などと益体もないことを考えつつ、フィスの戦闘を見守る。

 どうやら〖雑獣〗達は酸液を放つようで、全員尾の針を前へ向けていた。


「〖フィジカルキーン・サイト〗」


 感覚強化が発動すると同時、最初の酸液が発射される。

 フィスは肉体強化の魔法をまだ使ってねぇ──否、使う必要がないのだ。


「シィッ」


 細く息を吐き出し、僅かに身をかがめる。それだけで最初に飛んで来た酸液を潜り抜けられた。

 一拍遅れて飛来する二射目。右側の個体の放った酸液をサイドステップで躱す。

 三体目の酸液はそもそもフィスを捉えられず、明後日の方向に飛んで行った。


「〖フィジカルブースト・レッグ〗」


 三体が次撃の準備に入ったその瞬間、肉体強化魔法が発動する。

 脚力のみを集中強化するその魔法によりフィスは急加速。

 緩急のギャップで虚を突き、反応する暇も与えず〖雑獣〗達へ肉迫した。


「まずは、強い方」


 だが彼らには何もせず通り過ぎる。

 一対多では弱い敵から狙い数的不利を消すのがセオリーだが、〖凶獣〗武器によって埒外の攻撃力を持つフィスはその限りじゃねぇ。


「〖フィジカルブースト〗」


 急加速に意識を置いて行かれた鋼蟻の〖長獣〗。

 その頭に戦斧の一撃が叩きつけられた。


 充分な助走で速度が乗っていたことと、直前に施した脚部以外への強化。

 それらが重なった結果、斧の刃は甲殻に覆われた頭部を上下に真っ二つにした。


「ギヂヂィッ!」


 もう一体の〖長獣〗が牙を剥き、攻撃後の隙を突こうとする。

 フィスがは斧を引き戻そうとしているが、このままじゃ間に合わねぇ。

 集中強化した足以外は〖長獣〗の動きに付いて行けないのだ。


 ──そのことは戦っているフィス自身が最もよく分かっていたのだろう。


「はァッ!」

「(おぉ)」


 足を軸に全身を振り回すような独特の体捌き。

 それにより、強引に行動速度を引き上げた。


 真正面から打ち合う牙と斧。一瞬の拮抗の後、競り勝ったのは斧の方。

 片方の顎を切り飛ばし、返す刀で顔面を逆袈裟に斬ってしまった。ガクンと蟻の体が地に臥せる。


 そうなってしまえば後は消化試合だ。

 うろたえる〖雑獣〗三体を難なく掃討し、フィスは戦闘に勝利した。


「終わった」

『お疲れさん、〖長獣〗まで居たってのに一人で倒し切るたぁ思わなかったぜ。助けに入ろうかと思ってたが杞憂だったな』

「手伝ってくれても良かったのに……その方が楽だし」

『いやいや、〖経験値〗が目減りしちまうだろ。出来るなら一人で倒し方がいい』


 どのように割り振っているかは知らねぇが、〖経験値〗は戦闘で活躍するほど多くもらえる、ってのは感覚的に理解できている。


『それはそうと〖マナ〗の残量は大丈夫か?』

「ん、九割以上残ってる。使用時間が短かったし、〖レベル〗も十八まで上がったから」

『……おお! 一気に上がったな』


 〖長獣〗を二体も倒したのにまだ〖レベル18〗なのはしょっぱいが、普通はこんなものだろう。

 〖レベル〗は一生をかけて上げるもんだしな。


『この調子でどんどん〖長獣〗を狩りまくろうぜ』

「見つけられたらね」


 フィスを乗せて移動を再開する。


『にしてもさっきの戦いぶりは凄かったぜ。部分強化は感覚がズレるって話だったがあそこまで使いこなせるたぁな。特に二体目の〖長獣〗を倒した時のアレ、よくぶっつけ本番で出来たな』

「? 別に、普通に戦っただけ。それより急に速くなると意表を突ける、って教えてくれたからやり易かった」

『そうかぁ?』

「そう。集中強化なんて発想も私にはなかった」

『あ、魔法と言やもう一つ案を思いついたんだが』


 本当は『いきなり色々教えると混乱するかもな』と思ってたからもっと後で教えるつもりだったのだが。

 しかし、思いのほかすぐに集中強化をマスターしていたので、第二案の方も教えることにした。


「──体を操る?」

『そうそう。魔法使いってそこにある物を操ったりもできるだろ?』

「たしかに。坑道に溜まった水を排出するのは水魔法使いの役目」

『そうなのか……』


 オレとしては空間を曲げたり拡張したりするポーラをイメージしていたんだが。


『まあだからさ、フィスも自分の体で似たようなことが出来るんじゃねぇかと思うんだ。例えば、そうだな……髪を伸ばして操ったり、とか』

「なるほど」


 オレの上でフィスが瞑想を始める。

 少しして、乱雑に切り揃えられた白い髪がゆらゆらと動き始めた。

 オレの揺れに釣られたんじゃないことは、重力を無視してどんどん逆立って行くことから明らかだ。


「……何か、変な感じ」


 スーパ○サ○ヤ人みたいな髪型のフィスが呟いた。


『どうだ、操れそうか?』

「うん、結構簡単」


 フィスの首は動いてねぇのに、髪だけがプロペラみたく回り出す。

 なかなかの速さだ。


「伸ばすのも出来るみたい」


 プロペラの羽が広くなった。

 どことなくシュールである。


『ありがとう、もういいぜ』


 言うと、プロペラの回転がピタリと止まった。

 それから髪が元に戻る。長さも元通りのセミロングだ。


「不可思議。体を治す〖フィジカルリカバリー〗でも髪を伸ばせたけど、魔法を解いても伸びたままだったのに」

『この魔法とは仕様が違うんだな』


 ふむふむ、魔法を解いたら状態は元に戻る……と。

 これならアレもやれそうだ。


『じゃあ次は、腕を伸ばしてみねえか?』



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 日頃より拙作を応援してくださり誠にありがとうございます。

 これまでは二日に一度のペースで更新を続けて参りましたが、これから私用で忙しくなることもあり、次回からは三日置きの更新になります。

 ご了承ください。

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