第95話 ガーゴイルの肉

『スラァっ!(コワイっ!)』

『スラスゥっ、スラッラァスっ(コロサレルっ、タベラレルっ)』

『スラっ、スッラースゥラスラァラ!(オイっ、ダラシネェゾ新入リ共!)』

『スゥスゥスラーラ、スララァスラッスーラ(まあまあスラ太、オレらも初めはあんなもんだったろ)』


 在りし日のスライムの群れでの記憶。

 狩りに出始めたばかりのスライムは、誰しも初めての実戦に怯えるものだった。


 だからこそ意外だった。フィスがあれほど鮮やかに戦えたことが。

 そんなオレの考えが伝わったのか、フィスは不服そうな表情で告げる。


「私、〖レベル8〗。魔獣との交戦経験はある」

『そ、そうだったな……』


 【ユニークスキル】を手に入れて感覚が麻痺していたが、〖レベル8〗まで上げるには普通はそれなりの戦闘を熟さなくちゃならねぇ。

 戦闘経験も相応にあると考えるべきか。


「(いや、にしてもさっきのは人間離れしてたと思うが……)」


 たった一度見ただけで石礫の照準から発射までの間隔を見切り、発射の直前で跳躍。

 着地と同時に斧を振るって二体を屠り、生き残りの放つ石礫も冷静に防御。そして攻撃後の隙を突いて撃破する。


 魔法で身体能力が向上してたからって、同じ芸当が出来る者は一流の戦士くらいだろう。


「さっきので〖レベル〗が上がった」

『お、幸先いいな』


 感覚強化の〖フィジカルキーン〗も肉体強化の〖フィジカルブースト〗も倍率で強化が掛かるらしい。

 素の〖スタッツ〗が上がればそれだけ上昇幅も増える。


『よし、そんじゃ次は調理タイムだ』


 赤鞭を模倣してガーゴイルの内の一体を巻き取った。


『〖激化する戦乱〗』


 〖スキル〗で解析。

 得られる情報は武器としての性質のみだが、部位ごとの固さや毒性の有無などが分かれば調理の参考になる。


 そうして情報収集が済んだら次は解体だ。


『フィスは後ろ向いててくれ。他の魔獣に奇襲されても嫌だしな』


 少女が後ろを向いたのを確認し、赤鞭の先端に付いた鉤爪──赤蜥蜴の牙から作った物。常に超高温を放つ──で溶断していく。

 まず初めに青い血が蒸発し、次に肉の焼ける匂いが立ち込め出した。


「(やべっ、焦がしちまったか)」


 赤鞭が長時間当たっていた箇所が炭化しているのに気づく。

 慌てて離すが肉は既にボロボロ。

 これはもう食えねぇな。あとで溶かしとこう。


「(食材の切り分けは森鎖の方がいいか)」


 切りながら焼くなどと横着はせず、堅実に調理することにした。

 鉄板……型の盾を作り、それの下に赤鞭を当てる。

 そして森鎖で切り分けた食材を鉄板に乗せ、焼いて行った。


「(よし、こいつは中まで火ぃ通ってんな、小に取り分けて……と、こっちの肉も良さげだな)」


 やがて初めに乗せた肉が全て焼き上がった。

 今回焼いた部位はどれも別々。

 〖激化する戦乱〗だと味が分からねぇから感想を聞こうと思う。


『焼けたぞー』


 小型三又槍フォークと一緒に皿を渡した。

 受け取ったフィスは皿の一部に盛り付けられ、白い粒をまじまじと見つめる。


「岩塩も持ってたんだ」

『鉱石探してたら偶然見つけたんだ。〖スキル〗で精錬したから安心して食べてくれ』


 あんま詳しくないから地球の岩塩と同一の物質・成り立ちなのかは不明だが、しょっぱいのは確かだ。

 たまに出て来るので何かに使えねぇかと保存してたが、まさか食料として使うとは思わなかった。


「うん、美味しい。ありがとう」

『よし、その部位は焼いてオーケーだな。他のの感想も聞かせてくれ』


 そのようにして焼肉は進んで行くのだった。




「ごちそうさまでした」

『そんじゃあ魔法の実験始めっか』


 ガーゴイル三体の肉を食べ終えたフィスにそう告げる。

 飲み物代わりに水気たっぷりのマナフルーツを渡してたから〖マナ〗も満タンだ。


「分かった。けど何するの?」

『そうだな……例えば遠距離攻撃なんてどうだ? 〖身体〗の魔法ってことは骨の矢を飛ばすとか出来そうじゃね?』

「一応、試してみる」


 手を突き出し、〖マナ〗を収束させていく。

 しかし、いつまで経っても〖マナ〗が消費されることはなく、骨の矢も生まれない。


「……やっぱり駄目みたい。昔から私、外に干渉するのは苦手だった」

『“性質”って奴か』


 こくり、とフィスが首を縦に振った。

 ポーラから聞いたことがある。同じ〖属性〗であっても人によって得手不得手があると。


 単純に瞬間出力の高い者も居れば、細やかなコントロールに秀でた者も居る。

 魔法を持続させやすい者も居るし、生成物を頑丈にしやすい者だって居る。


 それらの差異が〖属性〗の“性質”。

 “性質”は人によって千差万別で、フィスの場合は自分以外への能力行使が苦手なようだ。


『じゃあ敵の体に干渉して弱体化させたり、ってのも難しいか?』

「多分。少なくとも他人を強化するのは無理だった」

『なら仕方ねぇ、他のを考えるか』


 とはいえ、〖身体〗はそんな難解な概念でもねぇし、オレが何か言うまでもなく使いこなせててそうだよなぁ。

 するならもっと他のアドバイスか。


『そうだな……重ね掛けは出来ないんだろ?』

「うん、効果時間が伸びるだけで効果量は重複しない」

『むむむ……そういやフィスは魔法を必要な部分にだけ使ってるんだったか?』

「その通り。五感だと目以外の強化を切って〖マナ〗消費を抑えてる」


 〖制圏〗の『収束』と似たような原理だな。

 ふと、赤蜥蜴との戦いで〖制圏〗も成長したことを思いだしたが、今は関係ないので頭の隅に追いやっておく。


『んなら逆に、対象を絞り込むってのはどうだ?』

「絞り込む……?」

『ああ。目以外を強化しない、じゃなくて目だけを強化する。強化の作用を一点に集める。そうやってリソースを集中させれば普通よりももっと強力になったりしねぇか?』


 ホースの出口を狭める、みたいなイメージで言った。


「……それ、良いかも。〖フィジカルキーン〗」


 少女の内側を〖マナ〗が駆け巡り、瞑られた眼に集まっていき、沁み込むようにして消費される。

 瞼が上げられ、赤い瞳が遠くの山へと向けられた。


「……成功。さっきまでより鮮明に、ゆっくりはっきり視える」

『おぉ一発か、早いな』


 あっさり成功したことに驚きつつ、今の間に考えていたもう一つの案を話す。


『じゃあ次は──』

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