第94話 武器と実戦

 “炎海”との戦いから一夜明け。

 朝食のマナフルーツを食べるフィスにオレは話しかける。


『今日から鍛えて行く訳だが、それには課題がある』

「課題?」

『水と食料をどうするかだ』


 マナフルーツの在庫はまだまだあるが、ずっと果物だけ食わせ続ける訳にも行かねぇからな。


「それなら心配無用。私には〖枯れずの体〗があるから水も食料も短期間なら必要ない」

『昨日言ってた特性か。んでもやっぱ食いもんは大事だぜ? 強くなるってんなら特に、〖マナ〗と栄養はたくさん摂らねぇと』


 まあ、〖マナ〗も栄養も摂ってからどのくらいで反映されるかは分からねぇが。

 けどこれから何度も戦闘を行う以上、食事はきちんと取った方が心配がねぇ。


「それは……そうかもしれない。でも鉱山に人間の飲食物なんて……」

『水はちょっと分からねぇが、食べ物ならガーゴイルなんてどうだ?』

「そう言えば、ガーゴイルの肉はたまに売られてるのを見る。石の肌の下は肉なんだっけ。……けど、火はどうするの?」

『それに関しても問題ねぇ。こいつがあるからな、〖レプリカントフォーム〗』


 模倣したのは一本の鞭。

 眩いばかりの赤色をしたそれは、陽炎を起こす程の高温を放っていた。


「それ、もしかして」

『そうだ。“炎海”の尾を加工した武器だ』


 昨夜、フィスが寝た後に作っていた。


「だから起きたら死体がなくなってたんだ……」

『まあな。全身を武器にして〖スキル〗で仕舞っといた』


 正確には武器に使える部位は、だが。

 そうでない部位は〖分解液〗で溶かして食べた。

 赤蜥蜴は死体でも溶岩みてぇに熱くて普通の奴には食えねぇが、オレは例の如く〖タフネス〗ゴリ押しでどうとでもなる。


「その武器があれば問題解決」

『だな。次はフィスの使う武器を考えるか。どんなのがいい?』

「贅沢は言わない。渡してくれた武器を使いこなせるよう頑張る」

『いやいや、気遣ってくれるんなら遠慮はしないでくれ。得意な武器を使った方が早く強くなれてフィスを鍛える期間も短くて済むだろ?』

「たしかに。……だけど私、武器を使ったことない」

『ん……? 確か〖レベル8〗だったはずだろ?』


 フィスの〖レベル〗については昨日、蟻の巣の探索中に聞いていた。

 この世界の鉱員の間では、〖レベル〗上げで体力を増やしておくのは常識だそうだ。


「私は普通にツルハシで叩いて倒してただけ。参考にならなくてごめん」

『んなことねぇぞ、ツルハシの扱いには慣れてるって分かったからな。よし、じゃあ重心が遠めの武器から試してみよう』


 そう提案し、取り出したのは人間二人分薙刀。

 女王蟻の武器を作る際、脚が余ったので予備として保管しておいたのだ。


「それは何……? 凄まじい〖マナ〗を感じる」

『ちょっと前に戦った魔獣の一部だ。今からこれを武器に変える。〖激化する戦乱〗』


 まず少女にも扱いやすくするため、手頃な長さになるよう先端部を折る。

 それから変形を施して行き、出来上がったのはツルハシみたく両端の尖った鎚だ。


「最初はこんなところだな。そんじゃ、試しに振ってみてくれ」




 そうして様々な武器を試し、それぞれの相性を確認し、最終的に完成したのがこの武器だ。


「──やァッ」


 風を押し出す音に一瞬遅れて破砕音が響く。

 武器を振り切ったフィスの前には、一メートル程の斬痕を刻まれた岩壁。


「ん、この斧振りやすい」

『そりゃ良かった』


 フィスが得物を肩に担いで言った。

 それは両刃の斧。

 長い柄の先に鈍色の大振りな刃が付いており、持ち手部分には摩擦の大きい特殊な革がグリップ代わりに使われている。


「鎧も動きやすいし」


 カンカンカン、とフィスが足踏みする度になる高音。

 今の彼女は足先まで覆う金属鎧を纏っていた。


 鎧の素材は主にこの鉱山で入手した鉱物。だが、だからと言って重過ぎるってことはねぇ。

 鎧自体の構造や素材の配分、組み合わせを試行錯誤し、耐久度は当然のこと、重量、着心地、通気性に動きやすさなどを確保した。

 サイズ調整もバッチシだ。


『次は実戦だな』

「うん。もしもの時は援護をお願い」

『任せとけ』


 フィスが上に乗ったので、森鎖を動かして走り出す。

 向かう先は南西、逢魔区画のある方角。

 特にガーゴイルが多いらしく、食料を得るには最適だ。


「(それに〖凶獣〗も居るしな)」


 逢魔区画にはガーゴイルの〖凶獣〗、“翻地”も居る。

 こいつを倒すのも逢魔区画に来た目的の一つだ。


 ……などと今後の算段を立てながら険しい山岳を進んでいると、山道を歩く三体の小さなガーゴイルを見つけた。

 大きさからして三体とも〖雑獣〗だろう。


『行けるか?』

「大丈夫、〖フィジカルキーン〗」


 彼らの前まで来て停止するとフィスがオレから飛び降りた。

 ガーゴイル達は背後のオレを見て若干怯えたようだったが、〖マナ〗の気配がない──〖隠形〗で隠しているからだ──のを悟ると石の礫を生み出し浮かべて戦闘態勢を取る。


「行って来る」


 車がギリギリすれ違えるくらいの坂道を駆け上がるフィス。

 そこへ礫達の尖頭が照準され、一斉に放たれた。


「(ぶっちゃけ武器として一番強ぇのは弓矢だよなぁ)」


 胸中で思うのはそんな理想論。

 もしも弓と爆発矢を使っていたのなら、集中砲火を浴びる前にガーゴイル達を全滅させられていただろう。


 とはいえ、それをするには弓の技量が必要になる。そしてそれは一朝一夕に身に付くものじゃねぇだろう。

 オレが扱えてるのは〖狙撃〗とかの〖スキル〗があるからだが、〖スキル〗習得も通常は年単位の修練が必要らしい。


 いずれにせよ時間が足りないって訳だ。


「(さて、どう切り抜ける?)」


 多数の礫に狙われたフィスに注目する。

 鎧があるからまず大丈夫だろうが、不味そうなら助けねぇとだ。


「〖フィジカルブースト〗」


 だがオレの心配を他所に、フィスは横へと跳躍して簡単に躱してしまった。

 そのまま山の岩壁を駆けて距離を詰め、ガーゴイル達が次の石礫を浮かべたところで斜め前に跳躍。

 一気にガーゴイル達の正面へ躍り出た。


「たァッ」


 可愛らしい掛け声。それとは対照的に豪快な一撃。

 真ん中に立つガーゴイルの腹を両断した、のみに留まらず隣の個体までも倒してしまう。


 最後のガーゴイルがバックステップしつつ礫を放つが、フィスはこれを斧の柄と両刃でガード。

 そのまま素早く距離を詰め、斧の一振りで唐竹割にしたのだった。


 噴き上がる青色の血を背景に、白髪の少女が振り返る。


「どう?」

『……れ、〖レベル8〗って強ぇんだな……』


 オレは予想以上の蹂躙劇に若干引きながら答えたのだった。

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