第93話 魔獣教の男

 品定めするような不気味な〖マナ〗の源を探る。

 それは声がしたのと同じ方向にあった。


「(人間、か……?)」

「これぞ正に終末の御子ッ、魔神に至る器です!」


 東の空、ちょうど赤蜥蜴が飛んで来たのと同じ方角にその男は立っている。

 真っ白で薄い、紙の絨毯みてぇな物に乗っていた。


 服装は緑を基調とした厚手の物。

 一目で高価だと分かるくらい仕立てが良く、意匠が凝っている。


 歓喜するように振り上げられた両腕の傍らには、豪華な装丁の本が浮かんでいた。

 さっきからずっと大笑いしていて不気味だが、〖意思伝達〗で呼び掛けてみる。


『おいあんた、何だか知らねぇがこの魔法を止めてくれ、気持ちが悪ぃ』

「っ、何とッ、〖意思伝達〗も使えるのですか! 素晴らしい……!!」


 何が嬉しいのか、声にさらなる喜色を滲ませる。

 それからふっと感じていた不快感が消え失せた。


「申し訳ございませんでした。〖ブックリーディング〗は解除させていただきましたが、よろしかったでしょうか?」

『ああ、変な感覚が消えた』


 何の魔法か知らねぇが、これでゆっくり話ができる。

 彼は赤蜥蜴と同じ方角から飛んで来た。

 あいつが最初にダメージを負っていた理由について何か知ってるかもしれねぇ。


『なあ、ちょっと──』

「おおッ、御名みなはフエトウコウヤ様と仰るのですか!」

『……お前、さっき使って魔法は』


 警戒の意思を〖意思疎通〗に乗せた。

 しかし紙絨毯の上の男はどこ吹く風で、本に目線を落としたまま朗らかに答える。


「ええ、解析の魔法です。〖種族〗は戦火誘う兵器産みですか、聞いたことがありませんね。系統も不明ですし、これは文献を当たる必要がありそうです」

「(……〖透視〗)」


 一人で盛り上がっている男は無視し、表紙や他のページを透かして男の読んでいるページを見る。

 距離があるため〖凶獣〗の視力でもほとんど見えねぇが、行数は然程多くねぇ。


 もしここに書かれているのが解析結果だってんなら、オレのやたらと長い〖ステータス〗を全て読み取れた訳じゃなさそうだ。


『そんで、オレのことを調べてどうするつもりだ? 今ここで闘るのか?』

「まさか、そのような愚は冒しませんよ。フエトウコウヤ様におかれましては消耗もほとんどないご様子。今はまだ用意が足りません」


 まあ、だよな。

 情報を得たんなら一旦退いて対策を練るのが一般的だ。

 そもそも〖凶獣〗討伐は通常、英雄級冒険者とか貴族がパーティーを組んで望むもんらしいし、一人で向かって来るはずがねぇ。


 帰還を阻むべきかと考え、まあいいかと思い直す。

 〖凶獣〗はもう二体倒した。他の二体の居場所も大体当たりが付いている。


 明日フィスを帰し、そこから急いで残り二体を倒せば討伐隊を組まれるより早くこの鉱山を去れるだろう。

 鉱石も最低限は掘れたし、そうなっても大して未練はねぇ。


「いずれ、万全の備えでってお迎えに上がります。どうかその時までご自愛ください、〖ペーパーストーム〗」

『あ、待て!』


 帰るんならフィスも一緒に連れてってやってくれ。

 そう伝える暇もなく、男は紙吹雪に包まれた。


 数秒後、紙片の嵐が去るとその姿は跡形もなく消え去っている。

 何か手品みてぇな魔法だな。


「(……帰るか)」


 赤蜥蜴の体を担いで西を向く。

 こんな危険地帯で普通の人間を一人にし続けるのは良くねぇからな。


「(〖猛進〗)」


 八本の森鎖で山間を駆け抜け、蟻の巣の入口付近に戻って来た。

 入口の縁から顔を覗かせていたフィスが、オレに気付いて駆け寄って来る。


「え、嘘、その死体……もしかして、〖凶獣〗に勝った、の?」


 信じられないものを見たかのように瞠目し、震える声で訊ねて来た。

 その視線は、死してなお赤光を放つ赤蜥蜴の死体に釘付けだ。


『おうよ。言っただろ? オレは強ぇって』

「……一人で〖凶獣〗を倒せる人間なんて、居るんだ」


 ………………ヤッベ。


『じ、実はオレ、その……結構偉い家の出でな。ほら、北の果ての方の……』

「……もしかして、北の辺境伯家……?」

『く、詳しくは言えねぇがそんなところだ』

「そっか……。でも良かった、無事で……」


 そう言うと、フィスはペタリと座り込んだ。


「戦ってた方から魔獣教の人が飛んで来たから、もしかして殺されたんじゃ……って心配した」

『すまねぇ、いきなり飛び出したのは軽率だ……待て、魔獣教?』

「うん。さっき街の方に飛んで行ってた。〖フィジカルキーン〗で視力強化して確かめたから間違いない、あれは私を殺そうとしてた男」


 …………。


『なあ、魔獣教の奴が来てた服って緑色か?』

「うん」

『絨毯みてぇな紙に乗って飛んでたのか?』

「紙……? 言われてみれば、真っ白な紙に乗ってた」

『……なるほどな』


 さっき会った男は魔獣教のヤバイ奴らしい。

 ていうかオレが〖凶獣〗だって分かったのにわざわざ声をかけて来た時点で大分おかしかったな。

 普通なら隠れたまま解析するだろう。


「(でも、ある意味ラッキーだったかもな)」


 そんなよく分かんねぇカルト組織なら、英雄級冒険者を集めるなんてこたぁ出来ねぇだろう。

 そしてカルト教団員が何百人来ようと負ける気はしねぇ。

 あいつのことはもう気にしなくて良さそうだ。


『ま、こうして“炎海”も倒せたしフィスはぐっすり眠ってくれ。明日こそは街に帰らなきゃいけねぇしな』

「……怖い」

『大丈夫だって。“炎海”は倒したんだ。また何か来てもオレが倒してやる』

「そうじゃなくて、一人で街に帰るのが。街であの男にまた狙われるかもしれない。お願い、衛兵のところまで一緒に来て」


 心配のし過ぎだ、とは言えなかった。

 街の中で襲うほど考え無しじゃねぇと思うが、相手が理屈通りに動く確証はねぇ。


 とはいえ、オレが街に近付くのは無理だ。知識があればオレが魔獣なのは一目瞭然だからな。

 人間側をいたずらに刺激すんのは避けるべきだろう。


『すまん、街まで着いて行くのはちょっと貴族的な事情っつーか、しがらみっつーか、そういうのがあるから……。ほら、オレって下調べせず山に入ってたけど、これも街に立ち寄れねぇからなんだよ』


 どうにかしてそんな苦しめの言い訳を絞り出す。

 フィスはそれに納得してくれたようだが、街に戻るのは未だ不安な様子。彼女の不安も分かるので、解決策を考えてみる。


『そうだな……んなら、こういうのはどうだ? オレがフィスを鍛えるんだ』

「鍛える……?」

『そうだ。つっても普通の鍛錬ってよりかは武器を貸して〖レベル〗上げを手伝うだけだけどな。実は他の〖凶獣〗も倒す予定でな。そのついでに手頃な魔獣を見繕って戦わせてやる。〖レベル50〗まで上げられりゃ安心して街まで帰れるんじゃねぇか?』

「……そんなこと、出来るの?」

『もちろんだ。オレは故郷で魔法を教えてたけど、その子の〖レベル〗もそれくらいだったんだぜ』


 ポーラの急成長は〖属性〗の助けによるところが大きい気もするが、そのことは黙っておく。

 少し考えたフィスはおずおずと頷いた。


「分かった。それじゃあ、お願いします」

『ああ、ビシバシ鍛えてやるぜ』


 そんな約束を交わした後、フィスは眠りに就いたのだった。

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