第92話 赤蜥蜴2
「(通電)」
体の左右に構えた二本の蟻槍。それらに雷を流す。
鋼蟻の女王から作られた槍達は、大地強化の恩恵を受けて煌めいた。
新たに出て来た武器を見て、赤蜥蜴は警戒の色を強める。
オレは構わず穂先を向け、〖マナ〗を流し込んだ。
──瞬間、迸る二条の激流。
強酸液のレーザーが数十メートルの距離を一息に貫いた。
〖精密射撃〗の補正によりどちらも狙いを過たず、三つの目を見開く赤蜥蜴へと迫る。
回避は間に合わないと悟り、溶岩化でやり過ごそうとするが、
「ギュルぉっ!?」
激流に身を貫かれた途端、苦痛の声を上げた。
普通の槍で刺した時は鳴き声一つ漏らさなかったってのに。
「(やっぱり液体だと混ざっちまうみてぇだな)」
溶岩の体に混じった強酸は急速に蒸発しているが、同時に溶岩の体積もまた削れている。
強酸に溶かされたのか、はたまた蒸発させるのに熱を消費したのか。
後は蟻槍の持つ土特攻も効いてるのかもしれねぇ。
心の中でほくそ笑みつつ、逃げ惑う赤蜥蜴へと照準を合わせる。
のたうつように跳ね回り何度も射線から逃げられるが、その度に狙いを修正。着実に体力を削って行く。
「(よし、これなら逃走にさえ気を配ってりゃ……)」
と、そう考えた時だった。
足下から強烈な〖マナ〗の脈動を感じ取る。
「(っ!?)」
「ギュルアァッ!」
突如、地面から噴き上がったマグマに呑まれる。
〖不退転〗改め〖土俵際〗で何とかその場に留まれたが、蟻槍の穂先を上にズラされた。
この攻撃はきっと、さっきの睨み合いの最中に準備していたのだろう。
オレが策を練っている間、あっちも手を回してたって訳だ。
「(ぐぅっ、〖跳躍〗!)」
咄嗟に横へ跳ぶ。〖転瞬〗の後押しもあり一度でマグマの範囲から出られた。
すかさず蟻槍を赤蜥蜴へ向け……居ねぇ。
前後左右、それから空中にも赤蜥蜴の姿はなかった。
「(消えた……逃げられた? ……いや、〖制圏〗はまだ競ってんな)」
直感に従って〖透視〗を行使。
地面を透かし、マグマを透かし……見つけたっ!
ついさっきまでオレの居たマグマの間欠泉。
その根元より溶岩化した赤蜥蜴が飛び出す場面をちょうど目撃した。
飛び出しざまの攻撃は外した──オレが居ないので当然だ──みてぇだが、防御態勢は万全らしい。
「(溶岩の鎧か)」
実体化した赤蜥蜴を噴出したマグマが包み込んだ。
おかげで体躯が二回りほど大きくなっちまってる。
「(溶岩を操る〖スキル〗……最初飛んでたのもそれの力か?)」
オレの疑問に答えるかのように赤蜥蜴が飛び上がった。
体を包む溶岩の一部が鞭みてぇな形状になり、変幻自在な軌道で襲って来る。
「(酸液発射!)」
それをオレは酸の激流で撃ち落とす。
同時、もう片方の蟻槍で赤蜥蜴本体を狙うも避けられた。
どうやら操った溶岩で自分の体を押し、移動させているらしい。
今も徐々に空へと近付いて行っていた。
「(このまま高度を上げられるのはヤベェ……ッ)」
慌てて〖跳躍〗し後を追う。
溶岩の鞭を浴びながらもオレは真っ直ぐ飛んで行き、さらに〖空中跳躍〗を二度使って赤蜥蜴に肉迫。
繰り出すのは毒鎚による横薙ぎ。
溶岩を操る〖スキル〗では溶岩化した肉体は操れねぇことはさっきの攻防で分かってる。
半身を抉り飛ばせれば回収のため地上に戻らざるを得ないはずだ。
「(〖コンパクトスイング〗!)」
「キュロロッ」
けれどこれは避けられちまう。
それまで上昇一辺倒だった赤蜥蜴が急降下して躱したのだ。
赤蜥蜴の胴を狙ったスイングは空振りし、
「(〖一擲〗!)」
すかさず二の矢を放った──投じた。
赤蜥蜴の曲者ぶりは短い戦闘時間でも充分に理解できていた。毒鎚が避けられるのも織り込み済みだ。
そうして投げられた矢はしかし、赤蜥蜴に届くことは無かった。
奴の周囲を取り囲む溶岩に阻まれたから……じゃあない。
〖一擲〗の負荷に耐え切れず、投げた直後に暴発したからだ。
「キュオォっ」
「スラッ」
──ゴッォォオオオンッ!
オレ達の声を爆発矢の爆音が掻き消した。
攻撃自体は開戦時に使ったのとほぼ同じだが、〖嵐撃〗の強化の分今回の方がダメージはデケェ。
事実、溶岩の防壁は爆風に散らされ、赤蜥蜴自身も溶岩の足場を突き抜け落下して行く。
溶岩化が間に合わず、生身で爆風を受けられたのは幸か不幸か。
「(〖空中跳躍〗、〖猛進〗!)」
そこへ今度こそ鎚を叩きこむべく急速落下。
〖墜撃〗の効果もあって着地のコンマ数秒前に追いついた。このままブッ潰す!
「(〖ヘビースイン、のわっ!?)」
──キュインッ!!
熱線に射貫かれて毒鎚が壊死細胞に変わった。
それに動揺した刹那、赤蜥蜴は溶岩化して落下ダメージを無効化。そのままするりと距離を取っちまった。
「(その目、ビーム撃つ用だったのかよ……)」
地面にクレーターを作りながら唖然として呟く。
さっきの熱線は額にある第三の目から放たれたのだ。
とはいえ、その目は現在真っ赤に充血している。
多分、連発はできねぇ技なんだろう。
「(でも割と不味いよなぁ、この状況)」
何が不味いかって、下手に優勢になっちまったことだ。
初手爆発矢による怒りと〖蠱惑の煌めき〗でこれまでは戦わせられていたが、そもそも赤蜥蜴にオレと争うメリットはねぇ。
切り札っぽい熱線攻撃も使っちまった以上、思考が逃走にシフトしてる可能性もある。
あの能力で逃げに徹されると厄介なんてもんじゃねぇ。ここからは手早く仕留める必要がありそうだ。
「(〖レプリカントフォーム〗)」
ヒュドラの毒弓を模倣。赤蜥蜴には〖毒〗耐性があるみてぇだが、一番高性能な弓は毒弓だから仕方ねぇ。
矢を番えて赤蜥蜴を見据える。
体の両脇では蟻槍もその切先を輝かせていた。
三度目の膠着状態。
恐らく、あちらも地面の下でマグマを蠢かせているのだろう。
「(なら早めにこっちから仕掛けた方が良いよな、〖ヘビーシュート〗!)」
溜めに時間が要る代わり高威力な一矢を放った。
それを見計らっていたかのように、オレと赤蜥蜴の中間地点でマグマが噴き出す。
これまでの戦闘で矢が爆発することを学習したのだろう。
残念ながらそれはハズレだ。
「ギュア!?」
オレの放った吸魔の矢は、マグマの柱を貫いてその奥の赤蜥蜴を穿ったようだ。
「(〖跳躍〗、〖レプリカントフォーム〗)」
赤蜥蜴に逃げられぬよう間髪入れず駆け出す。
マグマの柱のすれすれを通り、そうして見えて来た赤蜥蜴はちょうど吸魔の矢を溶かしたところだった。
纏ったマグマを押し当てればそれだけで大抵の物は溶かせちまう。
「(〖クエイクスイング〗!)」
迫り来るオレを見て赤蜥蜴が逃げ出そうとする、のを見越していつでも放てるよう準備していた。
鎚を地面に叩き付け、周囲を激しく揺らしてやる。
揺れに足を取られる赤蜥蜴へと〖空中跳躍〗でさらに距離を詰め、蟻槍による酸液も発射。
溶岩化で揺れを無効化し巧みな動きで酸液も躱されるが、その間に地面に充分近付けた。
槍の間合いまでおよそ十メートル。
オレは蟻槍二本で斬撃を繰り出す構えを取り、
「(酸液発射、〖スラッシュ〗、ダブル!)」
鋭く踏み込み二槍を振るった。強酸を吐き出しながらのおまけ付きだ。
胴を斬れれば儲けもの、くらいの感覚だったが赤蜥蜴は巧みに体を捻り、跳躍して酸の斬撃を躱す。
アスリートの背面跳びを想起させる大跳躍で、突進するオレを跳び越えようとしている。
蟻槍の射程の長さは散々見せて来た。
普通に逃げても背後から狙われるのは明白で、ならばオレの後ろを取って僅かでも時間を稼ごうって魂胆だろう。
──想定内だ。
「(〖空中跳躍〗ッ、行け、鎖スコップ!)」
その道を阻んだのはオレの後ろ脚──二対の鎖スコップ。
スライムの前後の概念は曖昧だが、今回は赤蜥蜴からは見え辛い背後に模っていた。
鎖スコップ達は赤蜥蜴が着地する間際、鋭利かつ幅広な刃でその身を抉り取った。
〖穿孔〗等の補正で抵抗はほとんど感じねぇ。
「ギュアァァァァっ!?」
元々、あの溶岩の体に鎖スコップが効果的なことには気づいていた。
しかし、正面から使ったのでは警戒されるに決まっている。
だからこそ蟻槍を積極的に使った。
こちらの切り札が蟻槍であり、素直に逃げても狙い撃てると印象付けるために。
「(限定化、雷撃!)」
体をごっそり奪われ驚愕する赤蜥蜴へ、駄目押しの雷撃を見舞う。
雷光が全身を貫き、そして溶岩化が解けた。
感電したのか、もしくは雷に撃たれたのが初めてでその特異な痛みに驚愕したのか。
ともあれ、威力の低い雷撃にしては大戦果だ。
「(〖スラスト〗!)」
後ろ脚を両方失くした赤蜥蜴の頭へ、素早く蟻槍を突き出す。
溶岩化は間に合わず、鈍色の巨槍は赤蜥蜴の頭蓋を貫通したのだった。
~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~
・・・
>>戦火
>>戦火
・・・
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「(ふぃー、結構手こずったな)」
〖レベル〗の大幅な上昇を感じつつ、戦闘の感想を漏らす。
女王蟻に圧勝できたから今回も楽に勝てるんじゃね? なんて楽観も少しあったのだが、見事に苦戦しちまった。
「(まあでも、スッキリしたしいいか)」
正直、女王蟻との戦いは消化不良気味だったが全力で戦えた今回は楽しかった。
〖レベル〗が上がって素材も手に入ったしな。
「(にしても、赤蜥蜴は最初、何から逃げ──)」
「素晴らしい……素晴らしい力ですッ! まさかゴロノムア山地最強と名高い“炎海”様を打倒するとはッ!! “炎海”様を逃したときはどうなるかと思いましたが何たる僥倖……! 魔神様のお導きに感謝いたします!」
陶酔したような叫び。
突然聞こえて来たそんな声よりも、オレの気を引いたのは……。
「(……っ)」
千の視線に晒されるような、不気味な〖マナ〗の気配だった。
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