第91話 赤蜥蜴

「ギュオオオォォォ!」


 三ツ目の赤蜥蜴が雄叫びを上げて飛び掛かって来る。

 まだ結構距離があるってのにとんでもねぇ跳躍力だ。


「(通電、もういっちょ爆発矢だ!)」


 素早く二の矢を放つもそれは防がれた、ってよりも迎撃されたって言った方が正しいか。

 赤蜥蜴の吐いた火の玉にぶつかり、オレとあいつの中間地点で誤爆しちまった。


 爆炎を突っ切り、赤蜥蜴が飛来する。


「(〖レプリカントフォーム〗、〖スラッシュ〗!)」


 ならば仕方ないと森亀のハルバードを模り、斬撃の〖ウェポンスキル〗を放った。


 現在の〖工廠〗には切れ味強化と〖ウェポンスキル〗強化の追加効果を乗せている。

 赤蜥蜴が咬み付こうと開いた大口を、そのオレンジの牙ごと叩き斬ってや──、


「(あぁ?)」


 ──ハルバードが赤蜥蜴の肉体をすり抜けた。

 ぬるりと、泥沼でも切ったみたく。


 防御無視が働いたから、じゃあねぇ。

 森亀オリジナルの時点で完全無視ではなかったし、武器能力に落とし込む際に性能は若干ダウンしちまってる。


 だからこれはオレ側が何かをしたんじゃなく……。


「ギュア!」

「(ちっくしょっ)」


 赤蜥蜴の能力だ!


 肉体をマグマ化して斬撃を透かし、即座に体を元に戻して体当たりして来る。

 〖不退転〗を使うも〖凶獣〗の質量と〖突進系スキル〗の補正を受けたそれは受け止めきれず、もつれ合いながら斜面を転がり落ちて行く。


 なお、どさくさに紛れて噛み付かれているがそちらは平気だ。

 赤蜥蜴に防御無視の能力はねぇらしい。


「(離しやがれっ、〖レプリカントフォーム〗!)」

「キュァッ!?」


 ガリガリと齧りつく口腔内へ目掛け、模倣したヒュドラの毒槍を突き出す。

 穂先がある程度刺さったところで急に抵抗が消える。マグマ化ですり抜けたのだ。


 赤蜥蜴はマグマ化していない脚でオレを蹴り、距離を取った。

 そして谷底に到着。


「スラッ!」

「ギシャァッ!」


 数十メートルの距離で睨み合う。

 〖凶獣〗の〖スピード〗ならば一瞬にしてゼロに出来る間合いだ。


 相手の出方を窺うオレ達の中間では、二種類の〖制圏〗がせめぎ合っていた。

 赤蜥蜴の〖制圏〗は熱の力なのだろう。

 半分より向こう側の地面は赤熱し、大気が揺らめいている。対し、こちら側の地面はギチギチと音を立てて武器に変わりつつある。


「(〖投擲〗!)」


 槍に変形した傍らの岩を投じ、それを追いかけるようにして駆け出した。

 飛翔した槍は赤蜥蜴に届く寸前、地面から噴き上がったマグマに弾き飛ばされた。


「ギュオ!」

「(うおっと、読み辛ぇな!)」


 赤蜥蜴の〖マナ〗が拡散し、地中のあちこちからマグマが噴き出し始める。

 ばかりか、空に昇ったマグマはそれぞれ軌道を歪め、オレ目掛けて猛スピードで落下して来た。


 多分オレも森鎖もマグマの熱に耐えられるが、大事を取って回避を選択。

 天地に意識を向けながらジグザグに進んで行く。


「キュフゥ!」

「(それはさっきも見たぜ)」


 上下を注視しつつも赤蜥蜴本体への警戒も続けていた。

 移動予測地点に放たれた火の玉を難なく躱し、その勢いのまま〖猛進〗する。


「(〖チャージスラスト〗、〖スラッシュ〗!)」


 間合いに踏み入るや、毒槍とハルバードで攻撃。

 それらは確かに赤蜥蜴の肉体を捉えたものの、やはり溶岩化ですり抜けられちまう。

 普通の水ならこの速度で武器をぶつければ爆散するんだが、この溶岩は粘性が高くてそうもいかねぇ。


 攻撃をやり過ごした赤蜥蜴は、頭だけ実体化させ至近距離で顎を開く。

 高まる〖マナ〗。ここからの回避は不可能。

 眩い輝きと共にマグマの奔流が吐き出された。


「(っつっ、森鎖が二本やられたかっ)」


 直撃した最前列の森鎖が両方とも燃え尽き、壊死した肉体へと変わり、瞬きの内に蒸発する。


 さっきまで地面から噴き上がっていたのとは比にならねぇ高温のマグマ。

 それを至近距離で浴びちまえば森鎖とて一溜りもないらしい。


 体を平たく、水たまりのようにして溶岩流を回避。

 オレを追って射線が下がるのを利用し〖転瞬〗を発動。相手の脇を通り抜けるように前進する。


「(〖クロスカウンター〗、〖コンパクトスイング〗!)」


 最中、毒鎚を模倣して素早く振り抜いた。

 どぱんっ、と粘り気のある水音が轟く。


「(斬撃と刺突が駄目でもッ、面の打撃ならどうだ!)」


 鎚は赤蜥蜴の前脚を折り、腹を斜めに抉り貫いていた。

 溶岩の体は二つの塊に分かれてしまっている。


「ギュロロ……」

「(一気に畳みかけるッ、〖チャージスイング〗!)」


 それを見止めたオレは、即座に飛び出していた。

 再模倣した八本脚で赤い地面を蹴飛ばす。


 狙うは上半身のある方の塊。その頭部に向かって毒鎚を振るい、しかし今度はするりと独特の動きで避けられてしまう。

 マグマボディは変幻自在だ。


「(けどもう体は半分。ここから逆転は……って、なっ!?)」


 打撃を躱した赤蜥蜴が向かったのは、先程分かたれたもう一つの塊の元。

 そこへ頭から突っ込んだ赤蜥蜴は、あっという間に溶け合わさり一個の体に戻ってしまった。


 そんなのアリかよ!?

 スライムだったら千切れた体はすぐに壊死しちまうってのに!


「ギュオッ!」

「(おわっ)」


 完全回復した赤蜥蜴がリスみてぇに頬を膨らませたかと思えば、次の瞬間には凄まじい衝撃に襲われていた。


「(こいつは……噴石かっ)」


 体に当たった岩石と赤蜥蜴の口元から上がる噴煙より、攻撃の正体を推察する。

 とんでもねぇスピードで岩石を放たれたようだ。〖転瞬〗の視力補正込みでも残像しか見えなかった。


 避けるのも間に合わず直撃されちまったものの……相変わらずダメージはねぇな。

 森亀の突進に比肩する威力を感じたが、防御無視がなけりゃこんなものか。


「(ふぅ、落ち着け。あいつも無傷じゃねぇ)」


 今の隙に大きく後退した赤蜥蜴を見据える。

 きちんと観察すれば奴の体には、初めと比べ細かな傷が増えていた。


「(……なるほど、飛沫の分か)」


 ただの推測だが、大きく外れちゃいねぇはずだ。

 水面を叩けば水飛沫が散るように、オレがアイツの体を叩き割った時も何粒もの溶岩飛沫が散っていた。


 塊状なら回収できても細かい飛沫は拾えない。そういうことかもしれねぇ。


「(考えてみりゃ当然か)」


 マジで攻撃が効かねぇなら近くで火ぃ吹いたり噴石吐いたりしてりゃいい。

 今こうして距離を取り、オレと睨み合ってるってこたぁ何かしら弱点があるのは確実。


「(んで、それが一つだけとも限らねぇよな)」


 攻略の糸口を掴んだオレは、女王蟻の槍を模倣していたのだった。

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