第90話 急襲

 フィスが木の盾の上で寝息を立てている。

 岩の上で一晩眠るとさすがに体を痛めそう、ってことでオレが木の盾を柔らかくかつ寝転がれる広さに改造したのだ。


 即興の物なので綿のベッドほど柔らかくはねぇが、鉱山で作ったにしては及第点だと思いたい。

 布団はねぇが、それでも風邪を引かなさそうなのはこの灼熱区画の利点だな。


「(…………)」


 することもないので空を見上げる。

 地球で見たのとは全く異なる、夜空の隅々まで広がる満天の星と、それを塗りつぶす幾筋もの白煙。


 どこか幻想的なその光景に見入りつつも、周囲への警戒は絶やさねぇ。

 〖凶獣〗になり数日は不眠でも平気になったため、夜番を買って出たのだ。


 この鉱山だと夜は蝙蝠の魔獣が活発に動いている。

 オレの巨体を見て寄って来る奴はまず居ねぇが、もしもってこともあるからな。


「(まあ、そうなった方が気晴らしも出来るが)」


 眠らず過ごす夜は思いのほか長ぇ。

 何か暇つぶしの一つでも……って、駄目だ駄目だ。


 一応、護衛なの不謹慎だったな。平穏が一番だ。

 ……んでも、やっぱり暇は暇だなぁ。何かの〖スキル〗でも鍛えるか。


 〖マナ〗を使う〖スキル〗だと起こすかもしれねぇし、音がデカいのも論外。やるならそれ以外だ。

 条件を満たす中で戦闘に役立ちそうな〖スキル〗は──全身に電流が走る感覚。


「──オ゛オ゛ォォォッ!!」

「(何だ!?)」


 天地を震わせる雄叫びが鉱山に木霊した。

 その声は空気だけでなく生物の心をも震わせる。そんな感覚があった。


 恐らく、〖レジスト〗の低い生物はそれだけで何かしらの〖状態異常〗を受けるのだろう。

 フィスが寝たままなのは幸いだった。


「(聞こえて来たのは東の方……って、まさかっ!?)」


 声のした方角を注視し、火山群の隙間にたなびく眩い赤光に気付く。

 それは空を漂う溶岩で、距離があるため正確に測るのは難しいが、かなりの高速でこちらの方角に向かっているみてぇだった。


 そしてこれまた距離があって分かりづれぇが、一体の魔獣が溶岩の上に乗っている。

 ここからでも姿が見えるほどの巨体。それこそ〖凶獣〗であるオレと同じくらいに。


 ここまで条件が揃ってるならほぼ確定と見ていいだろう。

 あいつは、フィスから聞いた灼熱区画の〖凶獣〗、“炎海”で間違いねぇはずだ。


『起きろフィス!』

「どう、したの……」

『“炎海”っぽい奴が来てる!』

「っ!?」


 少女がばね仕掛けの人形みたく飛び起きる。

 慌てて首を左右に振り、東の空を翔ける赤い塊を見つけた。


「なっ、何で……!?」

『分からねぇ! けどこのままじゃヤベェ! 逃げるぞ!』


 言いながら木のベッド盾を収納し、蟻の巣の入口に向かう。

 もちろんその間も“炎海”から注意は逸らさずに。


『あれ……?』


 だから途中で気が付いた。

 宙を翔ける爬虫類タイプの魔獣の、その赤々と輝く鱗が一部剥がれ落ち、流血していることに。


『まさか……逃げてんのか?』


 脇目も振らず猛然と進む姿は、まるで捕食者から逃げる被食者のようだ。

 いや、でも、そんなことあり得るのか?

 〖凶獣〗が逃げ出すような相手なんて……。


「(他の〖凶獣〗に襲われた……?)」


 思いついたその可能性を即座に否定した。

 この鉱山じゃ“炎海”が最強らしいし、灼熱区画と他の〖凶獣〗の生息域はかなり離れている。


 加えて言うなら“炎海”を追う〖凶獣〗の影も見えねぇ。

 〖凶獣〗ほどの巨体なら見落とすことはまずないはずだ。


 原因は分からねぇ。が、弱ってるならチャンスだな。


『悪ぃ、方針変更だ』

「それはどういう……?」

『蟻の巣の中に隠れててくれ、オレはあいつを迎え撃つッ、〖レプリカントフォーム〗!』


 八本の森鎖を模倣して飛び出した。

 躊躇う様子のフィスにもう一度隠れるよう促し、力いっぱい〖跳躍〗。中規模の谷間を跳び越えて火山の崖に降り立つ。


 森鎖を巧みに動かし次々岩山を越えて行く中で、敵の姿がよりはっきりと見えるようになった。

 そいつの姿は、地球の生物でなら蜥蜴が一番近い。

 全体的なフォルムは蜥蜴とオオサンショウウオを足して二で割ったようだったが、額には第三の目が縦に開いている。


 首にはコブのような器官があり、四本の脚は関節の辺りからそれぞれ棘が生えている。

 燃えるような鱗は溶岩に触れても焦げる様子はなく、むしろその熱を吸収してより輝きを増しているようにも見えた。


「(まずは遠距離攻撃だな)」


 山頂付近を飛ぶ赤蜥蜴へ、同じくらいの標高に登ってから弓を引く。

 ヒュドラの毒弓に番えられたのは、豪獣域に来てから作った爆発矢。

 熱はともかく爆風によってダメージを与えられるはず、って理由からの選出だ。


「(食らえっ)」


 着弾と同時、閃光が爆ぜる。

 〖隠形〗の効果からか、赤蜥蜴には攻撃の瞬間まで察知されなかった。


「キュオオォォっ!?」


 甲高い悲鳴が上がる。煙が晴れた後には、片脚の肉を抉られた赤蜥蜴の姿が。

 頭を狙っていたのだが、咄嗟に前脚で防いだらしい。


「(〖挑戦〗、〖蠱惑の煌めき〗)」

「キィィィイイッ!」


 叫びを上げた赤蜥蜴が方向転換。オレの方へと向かって来る。

 どうやら戦闘に誘導できたようだ。三つの瞳には敵意が灯っていた。

 〖状態異常系スキル〗が乗ってるっぽい視線を無視し、こちらも戦闘の準備を始める。


「(手負いのとこを狙うのは卑怯な気もするが、他の奴に取られても嫌だからな。悪く思わないでくれよ、『収束』解除!)」


 制限を解かれた〖制圏〗が広がり、“炎海”の〖制圏〗と激突した。

 そうして生じた衝撃波が闘争の火蓋を切ったのだった。

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