第89話 四つの区画
「(よいしょ、と)」
浅い層の蟻の巣はオレが通るにはかなり狭い。
なるたけ体を細くして、うねうねと進んで行く。
「その魔法、解かないの?」
後ろを歩くフィスに訊かれた。
『ま、まあ。オンオフを切り替える度に〖マナ〗を消費するから使いっぱなしにした方が良いんだ……』
咄嗟にそんな言い訳をする。
彼女はそもそもあまり興味が無かったようで、それだけで簡単に納得してくれた
「……あ、ここ良い魔性鉱物が採れそう」
『そうなのか?』
「うん。少し、〖マナ〗が濃い」
言われて集中してみると、たしかに若干濃度が高いようだった。
『よく見つけたな』
「子供の頃から鉱員やってるし、このくらい出来て当然」
『年季の差かぁ』
オレが〖マナ〗感知に力を入れ出したのだってポーラと修行し出してからだし、まだまだ未熟何だよなぁ。
『……いや、子供の頃ってフィスもまだ子供だろ……?』
「失礼。私はもう十六歳。成人している」
『えっ、十六よりも幼い頃から鉱山で働いてたのか?』
「……そう。八歳の時に父さんと母さんが死んで、それからずっと鉱員をしている」
……ちょっと踏み込んだこと聞き過ぎたか。
『…………』
「別に、私は私の境遇を気にしてない。〖属性〗のおかげで採掘は苦じゃないし、生活するのに困ってもいない。だから、コウヤも気にしなくていい」
『……悪いな。……そういやフィスの〖属性〗って何なんだ?』
話題転換のためにそんなことを訊ねてみる。
「私のは〖身体属性〗の〖第二典〗。体を司る固有〖属性〗で、身体機能を高める特性や魔法を使える」
だから肉体労働は得意、とツルハシを振るう仕草をするフィス。
なお、ツルハシは逃げる途中で捨てたそうで今は持ってねぇ。
さっき見つけた〖マナ〗の濃い場所もスルーし、巣を進んでいる最中だ。
ちょうど分かれ道に差し掛かった。
「──こっちの道には魔獣が居るみたい。足音が聞こえる」
『それも〖属性〗の力か?』
「うん、私は
そう言ってフィスは東側の道に進もうとするが、オレは待ったをかけた。
『町があるのは北西だろ? なら西側に進むべきだ。それにオレの戦力を確かめた方が今後も安心して進めるだろ?』
「……一理ある。どうせ〖雑獣〗だろうし西側に進もう」
緩やかな坂を上っていると、やがて三体の鋼蟻が現れた。
オレ達の姿を見て臨戦態勢に入る、よりも早くオレは彼らに近付き攻撃。
体を槍状に尖らせ三度突き、あっという間に全滅させた。
「うっそ……」
『まっ、ざっとこんなもんだ』
「本当に、強いんだね」
近寄って来たフィスが驚いたように言う。どうやらオレの実力については信用してもらえたようだ。
そのようにしてオレ達は鋼蟻の巣を進んで行くのだった。
『何でこうなったんだ……』
蟻の巣に再侵入してからしばし経ち。
オレとフィスは地上にて呆然としていた。
「暑い……」
そう、暑い。蟻の巣に入る前に居た場所よりも、そこは暑かった。
夕暮れの肌寒い時間帯であるはずなのに、まるで真昼みてぇだ。
『あれって火山……だよな?』
向かいの山々からは白煙が噴き上がっていた。
夕闇を背景に、工業地帯さながらに立ち上る白い筋達。
どうしてオレ達がこんなところに出たのかと言うと、まあ、一言では言い表せないとてもとても複雑な事情がある。
しかしながら、敢えて極めて簡潔に言ってのけるのならば、『迷子になった』ってことになるだろう。
「失敗した……。蟻の巣は坑道とは違う、構造も歪で道も曲がりくねってるし、〖方向感覚〗だけで目的地に着けるはずがない……。しかもよりにもよって灼熱区画との境に出るなんて……」
『灼熱区画?』
「? 区画のことも知らない?」
『本当に着の身着のままで来たからな、面目ねぇ。良かったらレクチャーしてくれねぇか、先輩』
「情報収集もせず山に入るなんて、無謀」
フィスから呆れたような視線は感じるが、疑われてる訳じゃなさそうだ。
どうして崩落現場に居たのか聞かれた時に『お試しで入山したら遭難しました』と答えたのが良かったのかもな。
ともあれ、彼女が説明を始めてくれたのでそちらに耳を傾ける。
「まず、このゴロノムア山地は四つの区画に分けられてる」
『ふむふむ』
「その中で一番安全なのが一般区画。普通の人は皆ここで採掘する。魔獣も普通に出るけど、コウヤくらい強ければ気にしなくていい」
ローリスクローリターンな場所らしい。
「その一般区画の南……この山地の中央にあるのが逢魔区画。特に〖マナ〗が濃くて希少な魔性鉱物を採りやすいけど、〖豪獣〗がひしめく一番危険な区画。入るなら護衛の冒険者を雇うべき」
この逢魔区画はオレが蟻の巣に落ちる前に居たところだろうな。
豪獣域から凶獣域くらいの〖マナ〗だと考えたんで良さげだ。
「それでこの灼熱区画があるのは逢魔区画の東……正確には北東? 一般区画にも食い込むみたいな形になってる。ここは多分、三つの区画の接点」
なるほど。
たしかにこの辺りは〖マナ〗が逢魔区画よりも薄い。それでも長獣域くらいはあるが。
「でも灼熱区画が逢魔区画より安全かと言うとそうじゃない。火山があって溶岩が流れてたりするのが一つ。それに最奥には〖凶獣〗が居るから深入りは厳禁」
『〖凶獣〗が居んのか!?』
思わず聞き返す。
この山地に来た目的の一つは〖凶獣〗の討伐。情報があるなら知っときたい。
「そう。灼熱区画には“炎海”って言う〖凶獣〗が居る……らしい」
『能力とか容姿とかって分かるか?』
「溶岩を操るサラマンダーで鉱山の〖凶獣〗の中で一番強いらしいけど、それ以外は……。一般区画で活動するなら出会うことはないから。あと、もし出会ったら情報があっても死ぬ」
潔く言い切った。
冒険者でもないしそんなもんか。最強だって聞けただけで充分だ。
『じゃあ他の〖凶獣〗はどうだ? 居場所を知ってる奴は居るか?』
「それこそ最後の区画、巨像区画にはゴーレムの〖凶獣〗が居る。この鉱山が見つかった時からずっと生きてるって聞いた」
『へぇ、その区画はどこにあるんだ?』
「ゴロノムア山地の南部。逢魔区画よりさらに南に行って〖マナ〗が薄くなったところ」
『……ん? どういうことだ? 〖凶獣〗が居るのに〖マナ〗が薄いのか?』
魔獣は普通、強くなるほど〖マナ〗の濃い場所に移動するはずだ。
「理由は知らない。ただ昔からそこに居るってだけ。巨像区画の西部には信じられないくらい強いゴーレムが居て、だからそっちには街が作られないらしい」
加えて、巨像区画では強い魔性鉱物も採れねぇらしい。
かつてはそちらにも鉱業都市を作る計画がったが、流通や地理の面からもフィスの住む鉱業都市ミネファに機能を集中させることになったとか。
「残る二体はどちらも逢魔区画。山頂にはガーゴイルの“翻地”が、地底には鋼蟻の“鋼城”が居るらしい」
『ほぅ……』
鋼蟻の〖凶獣〗ってのはオレが倒した女王蟻のことだろう。
他にガーゴイルの〖凶獣〗も居んのか。
フィスを送り届けたらまずは“翻地”か“炎海”って奴を狩ろうかな。
『よし、色々教えてくれてありがとうな。そろそろ出発しようぜ』
「今から入ってもまた迷うだけ。時間ももう遅いし今日は眠るべき」
『いや、今度は蟻の巣は通らねぇ。この山脈を超えるんだ。それなら〖方向感覚〗にだけ従っときゃ何とかなるだろ? 移動中、フィスは寝てて大丈夫だぞ。オレが抱えて街まで運ぶからな』
「さすがに寝てる間に運ばれるのは怖い。明日にして欲しい」
『……それもそうだな』
オレは寝てる間に襲われても傷なんてまず負わねぇが、普通はそうじゃねぇ。
もし流れ弾に当たったりなんて考えたら気が気じゃねぇはずだ。
ジュエルスライムとしての生活が長くなっても人間の感覚を忘れねぇようにしねぇと。
「それじゃあ早く寝よう」
『ん? 夕飯は食べねぇのか?』
「私には〖身体属性〗の特性があるから多少飲まず食わずでも平気。こんなところで用意できるわけ……」
『いんや、実はちょっとだけ持ってんだ』
言いながら〖武具格納〗から取り出したのは、木串が刺さったマナフルーツだ。
〖スキル〗の判定的には、木製の柄とマナフルーツ製のヘッドを持つ鎚だ。
〖マナ〗不足にならないようにと故郷の森から数十個ほど持ち出したんだが、マナクリスタルを手に入れてお役御免になったんだよな。
まさかこんな風に役立つ時が来るとは。
「〖蒼玉属性〗だっけ、とても便利な能力」
『いいだろ。でもフィスの〖属性〗も強ぇと思うぜ』
〖蒼玉属性〗はテキトー考えた偽の〖属性〗名だ。
オレの使う色々な〖スキル〗は蒼玉魔法ってことにしている。
その後、白髪の少女はマナフルーツをいくつか食べ、眠りに就いたのだった。
──事件が起きたのは夜も更けた時刻のことだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます