第88話 フィス・モグサール
瞠目し、周囲を見回す白髪の少女。
オレの〖意思疎通〗がどこから聞こえたのか探っているみてぇだ。
『目の前だ、目の前。水色の塊がオレだ』
「……え?」
存在をアピールするように体を伸び縮みさせると、眠たげなこちらを向いた。
しかし、今度は首が傾げられる。
「あなた……何?」
『何っつっても……。オレはコウヤ。普通のスラ……人間だ』
慌てて言い換えた。
スライムのことを知らない様子だったからだ。
魔獣だって打ち明けると怖がられるだろうし、人間の町に帰した後に討伐隊を組まれる心配もいらねぇ。
まあ、〖凶獣〗を倒そうとする人間は滅多に居ねぇらしいけども。
「どう見ても人間じゃないけど……」
『それはあれだ、魔法の力だ』
「じゃあさっきから頭の中に響いてる声も?」
『ああ、魔法だ』
「……魔法にしては〖マナ〗が全然しな──」
『〖隠形〗って〖スキル〗だな! 他の魔獣に見つからねぇよう隠してんだ!』
力強く思念を伝えた。
これ以上問答を続けるとボロが出そうだ。話題を変えよう。
『それより! 体に痛みはねぇか? 出来るだけ優しくキャッチしたけどオレの体は硬ぇからな、打撲とかねぇか?』
「それなら平気。どこも痛くはない」
手をグーパーしながら少女は答えた。その表情に険はない。
この子はあまり表情を変えないので断言はできねぇが、瘦せ我慢って訳ではなさそうだ。
『……話は変わるが、嫌じゃなかったら崩落に巻き込まれた経緯を教えてもらえねぇか?』
少女から感じられる〖マナ〗は、お世辞にも豪獣域で活動できる水準だとは思えねぇ。
半分は興味本位だが、今後のためにもどんな事情だったか聞いておきたかった。
「……うん、教える。私に何かあった時のためにも、誰かに知っていて欲しいし。……ところでコウヤは魔獣教って知ってる?」
『……いや、知らねぇな』
数瞬悩み、知らないと答える。
知っているか訊ねるってことは、魔獣教とやらは一般常識じゃねぇはずだ。
「魔獣教っていうのは魔獣を崇めてる集団、らしい。私もあまり詳しくないけど」
『ふむふむ』
頷きつつ、オレなら仲良くできるんじゃね? とも思った。
崇められるなんて柄じゃねぇが、仲良くできるならそれに越したことはねぇ。
「その魔獣教の人に殺されそうになって逃げてた。
『……マジか』
殺人未遂とはまた物騒なことをする連中だ。
ただ、今の話だと少し不安になる部分がある。
『じゃあ、その、追いかけて来てた魔獣教の人も崩落に……?』
「ううん、それは無い。私を追ってたのは魔獣教の男に使役された魔獣だから」
『使役……?』
魔獣を崇めてるのに使役してるのか……いや、崇めてるからこそか?
たしかこの世界では魔獣の
「そう。初めは何も連れていなかったはずのに、いきなり魔獣が現れた。しかも〖長獣〗。あのままじゃ確実に追いつかれてたから崩落はある意味幸運」
『それは……良かったな』
崩落を起こした原因の一人としてはあんま素直に喜べねぇが、本人が前向きに捉えてるんならよかった。
「(にしても、いきなり魔獣が現れた、か……)」
まず最初に脳裏を
ポーラの使うあの魔法なら、距離を無視して魔獣を呼び出せる。
ただ、〖空間属性〗は前例がないくらい希少らしいし、この世界の住人の知識だと扱うのが難しいっぽいんだよなぁ。
それに、獣を使役する手段も別で必要になる。
やっぱ可能性を考えだしたらキリがねぇな。
もしかすると空間魔法使いかもしれねぇ、とだけ意識しとこう。
「コウヤ……?」
『あ、悪ぃ。考え込んじまってた。何の話だった?』
「これからどっちに向かえばいいか聞きたい。ここはどの辺り?」
『いや、オレも鋼蟻の巣を脱出するのに手一杯で、場所まではちょっと……。ゴロノムア山地の東寄り、ってことは間違いねぇはずだが』
そう伝えると少女は数度頷き、そして
「えっ、死ぬ程ヤバくない!?」
と叫んだ。
これまでのどこか達観したような雰囲気からは外れた、とても砕けた口調だった。
「ち、地図とか持ってる……?」
『少し前に失くしちまった』
「実はここから街までの地形が全部頭に入ってたりは……?」
『来たばっかだからさっぱり分からねぇ』
「終わった……」
絶望に打ちひしがれたような表情で項垂れる少女。
「どうして、こんな……私は、いつも通り、普通にしてたのに……」
顔を覆って何事かを呟き出した。
あまりの変わりっぷりに面食らっていたが、勘違いしたままだと可哀想なので〖意思疎通〗を発動する。
『そんな気に病むことはねぇ。地図なんざなくたって、蟻の巣を通れば街の近くに出られるはずだ』
「何言ってるの? あの中にはたくさん
『いやいやいや、落ち着いて考えてみてくれ。オレは君をここまで連れ出したんだぞ? 鋼蟻なんて何体居ても物の数じゃねぇよ』
フンス、と力こぶを作るイメージで体をぎゅっと横に伸ばす。
巣の深部から地上まで無事で連れ帰った、って事実には一定の説得力があったようで、少女の瞳に光が戻った。
さすがにまだ半信半疑って感じだが、これなら蟻の巣に入るのにも反対はされないだろう。
それと、異世界人達は鋼蟻をメタルアントと呼んでいるらしい。
〖意思疎通〗や〖意思理解〗はニュアンスでのやり取りなので、今後は知ってる単語はこっちの頭ん中で変換しておこう。
『あんま長いこと帰らねぇと親御さんも心配するだろ。早く行こうぜ、えーと……名前……』
「……そう言えば名前、教えてなかった。私の名前はフィス。フィス・モグサール。よろしく」
こうしてオレとフィス・モグサールの旅は始まったのだった。
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