第86話 女王蟻の加工

 空から少女が降って来た。

 空ではなく天井だと正すより早く、どうすればいいかと考えるより先に、体は動き出していた。


「(〖レプリカントフォーム〗!)」


 少女の落下地点に移動しながら〖制圏〗を『収束』させ、鉱物の盾を模倣する

 その鉱物とは、爆発矢のコーティングに使われる衝撃吸収性に優れた物。


 それを上に掲げ、彼女の背が表面に触れたその瞬間に引く。

 〖受け流し〗の補正により極めて柔軟に速度を殺して行くが、これだけじゃ足らねぇ。


 この子の〖タフネス〗にもよるが、この速さで受け止めたら十中八九潰れちまう。

 体の中心を凹ませて距離を稼いでも不十分。

 てな訳でもう一つの〖スキル〗を使用する。


「(〖パリィ〗!)」


 盾に掛かる下方へのベクトルを、横方向へと往なす。

 少女が落ちたのはオレの体の真ん中にできた凹み。


 そこで横に弾かれた彼女の体は、自然、窪みを転がり上がって行く。

 そのままでは飛び出しちまいそうだったので、変形して土管のような筒状になる。これで落石からも守れる。


 少女は土管の中をグルングルンと二周した後、その動きは止めた。

 土管の底でぐったりとする。


『だっ、大丈夫か!?』


 〖意思疎通〗で問いかけるも返事はない。

 外傷はねぇし、多分落下の恐怖で意識を失ったんだろう。


「(…………)」


 しばらく落石から少女と女王蟻の素材を守る。

 他の鋼蟻達が潰れちまうが、あいつらとは広間までの道中で何度か戦った。

 必要な素材は充分集まってるから回収できなくても惜しくはねぇ。


 それよりも気になったのは、この少女がどうして落ちて来たのかだ。

 崩落に巻き込まれたにしたって豪獣域まで一人で来なくちゃならねぇんだが……この子がそんな実力者だとは思えねぇ。


 ……まあ、それについては起きたら聞けばいいか。

 崩落も止まったしそろそろ動こう。

 ゆっくりと落石の上に這い出た。


「(まずは地上に戻るか、洞窟は危険かもだし)」


 〖空中跳躍〗を数度使い天井の向こうにあった通路に入る。

 そのまま森鎖で歩いて上を目指す。

 森鎖の操作には体力も集中力もほとんど不要なため、体を筒状にしながらの移動は苦にならねぇ。


 やがて外の光が見えて来る。


「(んー、〖マナ〗が薄くなったか……? それにちょい暑いな)」


 ただ、オレが出た場所は、初めに落ちた食糧庫とは全く別の地点だった。

 まあ、〖方向感覚〗で侵入路と脱出路が別なのは分かってたから驚きはねぇ。


 入る時は主に東に進んでて、出る時は大体北に動いてたんだから、そりゃあ別のところに出るはずだ。


「(うーん、この子が目を覚ますにはもう少しかかりそうだな……)」


 苦しそうに寝返りを打つ少女を見て、そんなことを思う。

 待ってるだけじゃ暇だし、今の内に武器を作っちまうか。


「(〖制圏〗を広げて……と。まずは黒蟻のだな)」


 保護色に変化する特殊な甲殻を有した鋼蟻の希少種だ。

 倒した直後に盾に加工したのだが、即興だったのでまだ雑な部分も多い。


 サイズや素材ごとの継ぎ目、それから特殊効果の構成を微調整する。

 結果、防御用っつーよりかは〖隠形〗と合わせて奇襲をかけるための武器になった。


「(んで、次が本命だな)」


 視線の先にあるのは当然、女王蟻の素材だ。

 洞窟からの脱出中に解析は終えている。後はどのような武器に加工するかを決めるだけ。


「(やっぱ一つは槍だよなぁ)」


 女王蟻の持つ針は非常に鋭利かつ強靭で、さらに付けられる特殊効果も豊富。

 そしてその針を最大限活かせるのは槍だろう。


「(〖武具の造り手〗)」


 そういう訳で早速作った。穂先に針を、柄に甲殻の一部を使った全長約十メートルの蟻槍。

 まるで鉄製のようにも見える銀色の槍は、槍として超一級であることの他にもう一つ、特異な力を持つ。


「(酸液発射!)」


 槍の柄に〖マナ〗を込める。

 すると先端の穂先まで〖マナ〗が伝導され、そこから薄緑の液体がウォータージェットみてぇな勢いで飛び出した。

 酸液は向かいの山の崖に届き、岩壁を削りながら溶かす。


「(通電!)」


 金属光沢を持つ槍に雷が走ると、酸液の勢いが強まった。

 これも金属系の魔獣である女王蟻を素材にした利点だ。


 目立つのですぐに止めたが、〖マナ〗の消耗も〖千刃爆誕〗なんかに比べりゃ全然軽い。

 蟻達のように軌道を曲げたりは出来ねぇが、結構いい武器になったんじゃねぇかと思う。


「(あともう一個は……片刃剣にでもするか)」


 今回に限って片刃なのには理由がある。

 これまでは素材が潤沢だったために両刃でも、というかむしろ刀身全体を牙や爪や骨にしても事足りていた。


 けど、女王蟻だとそうはいかねぇ。爪や顎が小さいからだ。

 なので少ないそれらを有効活用するため、片刃に集中させるのである。


「(──ぃよしっ、完成!)」


 出来たのは槍と同じく十メートルほどの刃渡りを持つ、反りの入っただった。

 いやぁ、途中で思いついて刀っぽい形にしてみたところ、案外上手く行った。


 本物の刀の製法は知らねぇし形が似てるだけだが、取りあえずこいつは蟻刀と呼ぶことにしよう。

 刀の有識者にバレたら怒られそうだけど、異世界にそんな人は居ねぇしな!


「(…………)」


 ……森に居た頃。エルゴにそれとなく訊いてみたが転生者や転移者、日本とか地球の話は知らないようだった。

 ただ知名度が無いだけなのか。オレが最初の一人目なのか。何者かが情報規制を行っているのか。


 いずれにせよ、一般人の得られる知識の範疇にはねぇってことだ。

 別にそこまで急いで知りたい訳じゃねぇが、理由が分からねぇままだと奥歯に物が挟まったような感覚になる。


「(──て、そんなことは今はどうでもいいか)」


 蟻刀に意識を戻す。

 こいつの特筆すべき機能はずばり、土特攻だ。鋼蟻全般が持つこの能力は、女王蟻が最も効力が高いのである。


 使わなくなって久しい土特攻の槍の代わりに、これからは蟻刀が土系の相手をしてくれる。

 特に、この鉱山じゃ重宝するだろう。


 なお、それとは別に刀身伸長という能力もある。

 読んで字の如く、〖マナ〗を費やして鋼鉄の刃を伸ばせるのだ。

 女王蟻の鉤爪は異様に長かったが、あれは〖スキル〗で一時的に伸ばしていたらしく、刀身伸長はそれを元にした特殊効果である。


 その後、矢とか短剣とかの細々とした武器を作って行き、それがちょうど一段落した頃合。

 もぞりと脇の少女が動いた。


「わ、たし……いつの間に寝て……」


 瞼を擦りつつ、白髪の少女が体を起こす。

 一頻り周囲を見回して首を捻った後、隣に立つ水色の立方体に気付いた。


「何、これ……」

『おはよう。体は大丈夫か?』

「……へ?」


 少女の真っ赤な瞳が大きく見開かれた。

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