第85話 女王蟻

 鋼蟻のボス、女王蟻は二人羽織でもしているみたく、二つの頭が縦に並んでいた。

 まるでもう一体の蟻をおぶってるみたく、首の後ろから二本目の首が生えている。


 体型はさながらケンタウロスで、四本の脚で地を踏みしめていた。

 上半身は上を向いており、二本の前脚が腕のように付いている。


 そして、女王蟻の脚はそれだけではない。

 背中からさらに脚が六本、阿修羅像みたく伸びていた。


 脚の先には凶悪かつ鋭利な形状の鋼の鉤爪。

 赤い四つの眼光はオレの姿を真正面から射抜いている。


「「ギヂヂヂヂ!(ノ敵ヲ討チ滅ボセ!)」」

「「「ギチギチィッ」」」


 女王蟻は二つの顎を打ち鳴らし、〖マナ〗の波動を振り撒いた。

 それを浴びた蟻達の内側に力が漲って行く。

 通電と同じような強化を受けたようだ。


 周囲に控えていた親衛隊が一斉に動き出す。

 鋼蟻の〖豪獣〗な彼らの種族は主に二種。


 一つ。爪や顎が特に発達した、見るからに近接戦に向いていそうな前衛集団。

 一つ。尾の針が鋭く、甲殻も分厚く、保有〖マナ〗も多い、遠距離での削り合いが得意そうな後衛集団。


 前者が先陣を切り、後者が尾の針を仰角に構えて酸液射撃の構えを取る。

 しかし、初めにオレに攻撃を仕掛けたのは彼らのどちらでもなかった。


「(雷撃)」

「ギヂィっ!?」


 頭上から落下攻撃を仕掛けて来た黒蟻が、宙で雷に貫かれて絶命。

 洞窟における不意打ち降下攻撃は、以前も食らったことがある。おあつらえ向きに暗殺型の黒蟻も居たことだし、警戒していたのだ。


 次いで仕掛けて来たのは後衛集団。

 斜め上に放たれた酸液のレーザー達が直角に曲がって降り注ぐ。


「(〖レプリカントフォーム〗)」


 無視しても良かったのだが、オレは巨大な盾を模倣してそれを防いだ。

 全身を覆えるほどの巨大盾。けれど、こいつを模倣したのは防御のためじゃねぇ。


「(森盾、起動!)」


 大量の〖マナ〗を巨盾に込める。

 盾から生えた木々・・・・・・・・が目にも留まらぬ速さで伸長するのが、〖透視〗越しの視界に映った。


 さながら樹幹の濁流。

 駆けて来ていた前衛集団が木々に呑まれ、刺し貫かれ、次々とその命を散らして行く。


「(うんうん、面制圧ならやっぱ森盾・・だな)」


 この盾の素材となったのは森亀の甲羅。

 森亀の木を急成長させる能力を中心に、木を操る能力、木を硬化させる能力、木を鋭利化させる能力を付加した。

 盾でありながら最も範囲攻撃に長けた武器である。


「(けど撃ち漏らしも多い……女王蟻の強化バフのせいか)」


 しかしながら、これで仕留められたのは前衛の半数程度だった。

 残りは爪で防御したり躱したりして生存している。


 一応、そのまま後衛と女王蟻も狙ってみたが、酸液や鋼鉄の弾丸の斉射に押し返された。

 無駄っぽいので模倣を解く。


「ギっ、ギチガチッ(クっ、〖女王の施し〗!)」


 女王蟻を中心に〖マナ〗の光が広がり、負傷した前衛達を癒した。

 これで前衛は七割くらいが戦闘可能になる……厄介な能力だ。

 さっきの強化と言い、どうやら女王蟻は支援に長けてるみてぇだな。


「ギヂィ、ガチギチヂ……(何トイウ力ジャ、ノ軍勢ガ一息デ半壊トハ……)」

「ガヂヂ、ギチチチィッ!(クナル上ハ致シ方アルマイ、〖縄張り〗!)」


 と、その時。女王蟻の前後の頭が交互に喋ったかと思うと、遂に〖制圏〗を広げた。

 女王蟻を中心に、広間の床が鋼鉄へと変わっていく。


「(そっちがその気ならこっちも使うぜ、『収束』解除!)」


 〖制圏〗の範囲を自身のみにする追加効果、『収束』を取り払いこちらも広間をテリトリーとする。

 〖制圏〗同士が触れ合い、強烈な衝撃が広間の壁を叩いた。


 こうして二つの〖制圏〗が領地を奪い合うことになったのだが……。


「(何か……弱ぇな)」


 押し合いは、拍子抜けするほどオレが優勢だった。

 みるみる〖工廠〗の版図が広がって行く。


 オレが強くなった……ってよりかは女王の〖制圏〗の練度が低いようだ。森亀のそれとは比べるべくもねぇ程に。

 もしかすると女王蟻は〖縄張り〗を覚えて間もないのかもしれねぇ。


「「(グッ、オ前達、奴ヲ妨害シロッ)」」


 拙い部分は得意分野で補おうというのだろう、部下達をより苛烈にけしかけて来た。

 前衛が包囲するように駆け出し、後衛が多様な遠距離攻撃を放つ。


「(けど雑兵じゃオレには届かねぇぜ、〖レプリカントフォーム〗!)」


 こちらからも突撃しつつ〖スキル〗発動。ハルバードと毒剣を模倣し、さらに森鎖を四本、攻撃に回す。

 〖多刀流〗の生み出す超常的な処理能力により、六つの得物を自在に操り前衛を殲滅して行く。


「(イイ加減止マレェ!)」


 後衛と共に女王蟻も酸液のレーザーを放った。

 彼女のそれは幾条にも分岐し、何度も屈折してオレを囲い込んだ。


 そうして多方向から襲い来る酸液レーザーを特に防御はせず受ける。

 オレにも武器にもダメージは皆無。

 さらに歩を進め前衛を蹴散らす。女王蟻まではもうすぐだ。


「「(グヌゥ、コレモ効カヌカ……っ、ナラバコノ手デ屠ッテクレル、貴様ラモ余ニ続ケェ)」」


 このままでは埒が明かないと判断してか、女王蟻が飛び出した。後衛達を引き離し、ほぼほぼ一人で前衛達の元に向かって来る。

 その途中、計八本ある腕の先の鉤爪が、大振りな物に変化した。

 何かしらの〖スキル〗だろう。


 鋼蟻には土系特攻っぽい力もあるので、近接戦に賭けること自体は賢明だ。

 まあ、こっちにとっても好都合なんだが。


「(〖跳躍〗、〖コンパクトシュート〗!)」

「「(ナヌっ!?)」」


 互いに距離を詰めて行き、間合いまであと少し、というところで跳び上がる。

 突然の行動で女王蟻の視界から外れた刹那、オレは事前に用意していた弓矢を射った。


 いくつかの〖スキル〗補正を受けたその矢は、見事に女王蟻の肩に突き刺さる。


「「(何ダっ、こノ棘ハ!?)」」

「(どうだッ、吸魔矢の力は!)」


 深々と突き刺さったその矢の鏃は灰色。これは、〖マナ〗を完全に抜いたマナクリスタルの色だ。

 この状態のマナクリスタルは氷が周囲の熱を吸収するように、周囲の〖マナ〗を急速に奪って行く。


 故に、それを鏃にすれば射られた相手は継続的に〖マナ〗を失っちまう。


「「(クっ、コノヨウナ物ォ!)」」


 まあ結局、矢を抜かれればそれまでだし、〖凶獣〗ぐらい〖マナ〗総量があると多少奪っても焼け石に水だ。

 だけど、〖マナ〗を吸われ続けるのは結構な不快感である。

 隙を生むには充分なほどに。


 だからこいつはそのように運用すると決めた。


「(〖千刃爆誕〗)」


 天井に着地するや、塔サイズの鉄槍を取り出し即座に爆散させる。

 無数の鉄のナイフは超速で眼下の蟻達を襲い、その全身を滅多切りにした。


 吸魔の矢による集中力と〖マナ〗の乱れで、女王蟻すらまともな防御は取れてねぇ。

 〖ライフ〗の低い〖豪獣〗達はその一撃で壊滅し、女王蟻も虫の息だ。


「「(莫、迦ナァ、ガコレホド呆気ナク……)」」

「(〖空中跳躍〗、〖ヘビースイング〗!)」


 急降下しつつ森槌を模倣。

 対し、女王蟻は咄嗟に腕の一本を振るった。その腕は一際に肥大化しており、先端の鉤爪も同様だった。


 そんな腕が振るわれると同時、鉤爪から斬撃が飛び出す。ちょうど〖ウェーブスラッシュ〗みてぇな感じだ。

 莫大な〖マナ〗と威力を宿した長大な斬撃を、オレは小刻みな〖空中跳躍〗と変形能力で躱した。


 そして腕を振り切り体勢の崩れた女王蟻へと森槌を振り下ろす。防御に掲げられた脚七本ごと双頭を圧し潰す。

 女王蟻の体越しに衝撃が伝わり、広間全体に激震が走った。


 最期にビクンと大きく震え、女王蟻は動かなくなる。

 呆気ない幕切れだ──相手の〖レベル〗がまだ低かったのと、支援タイプで本体の〖スタッツ〗が控えめだったのが大きいか。



~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~

・・・

>>戦火いざなう兵器産み、不破勝鋼矢の〖魂積値レベル〗が182に上昇しました。

・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 女王蟻を看取ったオレの上面に、コツンと小石が落ちて来た。


「(……ちょっとやり過ぎたか)」


 戦闘を終え、広間のあちこちに大小様々な罅が入っているのに気付いた。

 それらは刻一刻と幅を広げているようにも見える。


 久々の〖凶獣〗戦で色々な力を試してみたが、少し周りへの注意が疎かになってたみてぇだ……。

 女王蟻が最後に放った斬撃も、天井にデカい亀裂を入れてるしな。


 それに、この辺りは〖工廠〗の影響で部分的に武器化が進んでいて脆くなってもいた。

 さすがに洞窟全体が崩れる、なんてこたぁないだろうが、広間は崩れると思った方が良さそうだ。


 取りあえず、完全に埋まっちまう前に有用そうな素材を確保しとくか。

 などと楽観的な心情で女王蟻の死体を抱え、それからどのくらいの猶予が残されているか確認すべく、岩石を降らせる天井に意識を向けたオレは──、


「ぁぁぁああああっ!?」

「(……は?)」


 ──崩落する岩石に混じり、人間の少女が落下しているのを見つけた。

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