第83話 謎の洞窟

 掘削中、鎖スコップが空振るような感覚の直後。

 オレの体は勢いそのままに謎の空洞へと突っ込んでしまっていた。


「(っ、〖空中跳躍〗!)」


 慌てて後ろに跳ぶ。

 背後は一面が岩壁だったが、オレが入ってきたところにだけ穴が開いていた。そこへ戻る。


「(ふぅ、ヒヤッとしたぜ……何なんだ、ここ?)」


 崩れた壁の縁に立ち、空洞を見下ろした。

 規模はデカめの倉庫くらいだろうか。

 出入り口は二つ。オレの居る場所の反対側に並んで開いている。


 それから視線をさらに手前に向けてみる。

 そこには岩塊がうず高く積まれていた。天井が崩落したとかそんな感じじゃなく、何者かが意図的に築いたのは明らかだ。


「(食糧庫、か……?)」


 最初に思いついたのはそんな可能性。

 ゴーレムにしろ、ガーゴイルにしろ、鋼蟻にしろ。この鉱山にいる魔獣は〖マナ〗を多く含む岩石や鉱物を好んで食べる者が多い。

 この洞窟に棲む魔獣達が食料を溜めてる、って可能性は結構高いと思う。


 人間の鉱物集積所って可能性もあるにはあるが、それならわざわざこんなところに溜め置かず、街にでも持って帰るんじゃねぇかと思う。

 見張りも立ててねぇし確率は低いだろう。


「(大丈夫そうだな)」


 少し観察して罠の類はないと判断し、空洞の床へ飛び降りた。

 まあ罠の見分け方なんて大して分かんねぇけどな。もしあっても力技でどうにかするつもりだ。


 〖隠形〗や〖受け流し〗を利用して静かに着地し、それから背後の岩石の山を振り返る。

 一つ一つ精査すんのも面倒だし、これらは全部仕舞っちまおう。


「(──丸々入ったか。やっぱスゲェ容量だな)」


 ぽぽぽいと袋に放り込み収納完了だ。

 この袋はエルゴん家で取り扱っている一番デカい袋──土嚢どのう袋サイズだ──をポーラの魔法で空間拡張しているため、内部はとんでもなく広い。


「(さて、これからどっちに行くか……)」


 二つある出入口はそれぞれ上り坂と下り坂に繋がっている。

 どちらを選ぶか悩ましいが……よし。


「(ここは下り坂だ)」


 こっちの方が〖マナ〗が濃いからな。

 現在地も豪獣域並みの〖マナ〗濃度だが、下方からはより濃密な〖マナ〗を感じる。


「(この調子で強まってくんなら〖凶獣〗ってことも……!)」


 強敵の予感に武者震いしつつ、通路に入り坂を下る。

 通路はオレには手狭だったが通れないほどじゃねぇ。森鎖の模倣を解き、体を細めて中を進んで行く。


 少しして分かれ道が見えて来た。左右に分かれている。

 今度は〖マナ〗の濃さが同じくらいだし、どっちに行くか悩むな……。


「ギヂヂッ!?」

「(お?)」


 思考を中断。片方の道、その曲がり角の向こうから鋼蟻が現れた。

 もしかするとここは鋼蟻の巣なのかもしれねぇ。


「(雷撃っと)」


 遠方の鋼蟻へと限定化した雷撃を飛ばす。

 本物の雷には劣るものの凄まじい弾速の雷撃は、回避の暇も与えず鋼蟻の頭を撃ち抜いた。


 〖長獣〗程度だったその個体は即死するも、近くに別の鋼蟻が居たらしい。

 良く響く金切り声が木霊する。

 この声は仲間を呼び寄せる〖スキル〗だ。ここが鋼蟻の巣だって予想が当たってれば仲間が続々と現れるだろう。


「(好都合だな)」


 分かれ道の中心で仁王立ち──気分の問題だ──し、特に気負いなく待つ。

 少ししていくつもの足音が折り重なって聞こえて来た。心なしか床も震えているようだ。


「(来たか)」


 蟻達は三つの通路全てから押し寄せた。

 ほとんどが〖長獣〗だが、〖豪獣〗の姿もちらほら窺える。


 数の暴力を体現した彼らは、策など持たずただ一斉に押し寄せて来た。

 半端な魔獣じゃ絶体絶命だろう。


「(こりゃあ大猟だな、〖レプリカントフォーム〗!)」


 もっとも、オレには関係ねぇ話だ。

 森鎖を二本ずつ、各通路に向ける。

 そして鋼蟻が間合いに入り次第、その身を刺し、貫き、斬り裂き、叩き潰すのだった。


 雪崩込んで来る鋼蟻達の対処はなかなか骨が折れるが、〖多刀流〗やスライムの全方位視界のおかげで処理が追い付かないってことにはならねぇ。

 〖スピード〗にもかなりの差があるしな。


 そのためあっという間に蟻達は死屍累々となり、生き残りの行動に警戒が生まれる。

 森鎖のリーチ外で立ち止まり、隊列を組んでこちらを睨む。


 そしてシャチホコみたくお尻を持ち上げ、オレの方に向けたかと思うと、先端の針から勢いよく謎の液体を放ち出した。


「(おっと、これは……酸か。んでも、オレを溶かすには濃度不足だぜ)」


 酸の弾雨を浴びようと、この程度じゃオレも武器も溶けはしねぇ。

 遠距離攻撃には岩石や鋼鉄を使ったものも含まれてるが、それらだって傷の一つも付けられない。

 まあ、視界が覆われるのは邪魔なので〖透視〗で透かさせてもらうが。


「(にしても面白ぇな。歴史で習った三段撃ちみてぇだ)」


 酸液を始め、遠距離攻撃の〖スキル〗の再使用にはクールタイムが要るらしい。

 だれど、酸液を放ち終わった個体が背後の個体と素早く入れ替わることで、切れ間のない苛烈な弾幕を作っていやがる。


「(蟻だってのに賢いじゃねぇか)」


 そのシステマチックな連携に感服しながらも、ヒュドラの毒剣を模倣する。

 それを通路の一つに向けて水平に倒し、一閃。左右の壁ごと斬り裂いた。


「(〖ウェーブスラッシュ〗)」


 岩壁を斬り砕きながら進んだ斬撃は鋼蟻達を一網打尽にする。

 〖スピード〗が違いすぎるため、鋼蟻達には防御の猶予すらなかった。


「(〖ウェーブスラッシュ〗)」


 再び振るいもう一つの通路も全滅させる。

 残った最後の通路には豪獣域で作った武器を使ってみよう。


「(〖武具格納〗、新・爆発矢)」


 取り出したのは巨大な一本の矢だ。

 表面を覆うゴムに似た魔性鉱物の下には、豪獣域で採れた爆発力抜群の爆発石が眠っている。


「(食らえっ)」


 それを弓に番え、酸液弾の合間を狙って慎重に放つ。

 矢羽の部分にゴム鉱物を大量に使用したため、こちらからの刺激には強いのだ。


 そうして放たれた矢は見事に蟻の集団に着弾し、閃光が通路全体を照らし出した。


 ──ォォォオオオオンッッッ!!


 それは矢の爆発音か、通路の崩落音か。

 閃光と爆音の後には、ガラガラと崩れる岩に邪魔されて鋼蟻達がどうなったのかは見えなかった。


「(まあ、見えなくても分かるけどな)」


 起爆の直後、体を叩いた爆風で威力は大体推し量れる。

 かつて上級冒険者に食らった爆発魔法以上の手応えがあった。つまり、ヤバイぐらい強力ってことだ。

 ……今度から狭いところで使うのは止めておこう……。


「(……〖豪獣〗が多かったのはこっちだったな)」


 それから戦闘中の様子を思い返し、進む道を決める。

 強い魔獣が多く来た方向には濃い〖マナ〗が、延いては強い魔獣の住処があるだろうって算段だ。


 そのようにして、オレはこの鋼蟻の巣を攻略して行くのだった。

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