第77話 フーゲヌス大森林

 河から上がったオレは北上を続けていた。

 今いる森林はオレの生まれ故郷、ドワゾフの森よりも広ぇらしく、半日走り続けてんのにまだまだ終わりは見えて来ねぇ。


「(はぁぁ、暇だなぁ)」


 初めはドワゾフの森との植生の違いを楽しんだりもしていたものの、代わり映えしない光景に早くも飽きが来ていた。


「(手つかずの大森林だから人間に会わずに済むのはいいけど、こうも何もねぇんじゃなぁ……)」


 辺り一面に広がる樹冠を見下ろし・・・・ながら呟く。

 森林を駆けるオレの体は、木よりも高い位置にあった。


 これは脚を森鎖に替えたからだ。

 大樹と見紛う全長の森鎖は当然そこらの木よりも長く、それらを脚にしたオレはさながらアシダカグモのように座高が高くなっていた。


 その一段高い視点を活かし、木を上手く避けつつ森鎖を操っている。

 動く度にガサガサと枝は落ちちまうが、木を倒しちまったことは二、三回しかねぇ。


「(〖マナ〗はあっちの方が濃いな)」


 進行方向を微修正。

 本来のルートからちっとズレちまうが、強敵との戦闘の方が大切だ。〖方向感覚〗があるから元のルートに合流すんのも比較的簡単だしな。


 そうして走り続け、〖マナ〗が最も濃密な区域に辿り着いた。

 そこで最初に遭遇したのは長い牙を持つ四足獣の群れ。


 地球の生物でたとえるならサーベルタイガーだろうか。

 〖豪獣〗クラスの大きさで、毛皮も牙も目にも眩しい黄金色。何だか成金な印象を受ける。


「(〖レプリカントフォーム〗)」


 オレは森亀の骨から作ったハルバードと鎚を一振りずつ模倣する。

 その辺の木よりもデカいその武器にも物怖じせず、サーベルタイガー達は金色の牙を剥き出しに襲い掛かって来る。


「(フっ!)」


 そんな彼らへ向け、ハルバードを無造作に一閃。

 槍斧は何本もの木を巻き込みながらサーベルタイガー達を薙ぎ払った。


 紙屑みてぇに宙を舞う樹木と魔獣。

 その破壊力を目の当たりにして魔獣の生き残り達は即座に後退する。


「「「ガルルゥ……ッ!」」」

「(半分以上も残しちまったか)」


 八体居たサーベルタイガーの内、仕留められたのは三体だけ。

 威力の不足……ってよりかは範囲の問題だな。まだ不慣れな武器ってこともあって間合いを見誤っちまった。


 むしろ威力の方は過剰な程ある。

 刃先が僅かに掠めただけでも魔獣の脚は千切れ飛び、体は半ばまでバッサリと斬り開かれていた。自分でやっておいて少し怖くなるぜ。


「(……防御無視、きちんと働いてんな)」


 森亀の持っていた〖萌芽の崩岩〗の性質を反映させたこの武器は、〖タフネス〗を一定割合無視できる。

 作って以来碌に試せてなかったが、問題なく機能するようで良かった良かった、うん。


 まあ実際、熊の大剣じゃ〖凶獣〗との打ち合いに耐えられなかったし実用可能な武器が増えたのはプラスだ。

 今後の戦闘はさらに有利になるだろう。


「(ハァッ!)」


 渾身の〖パワー〗を込めハルバードを振り下ろす。

 ゴウッ、と大気を巻き込むようにして凶刃が大地に溝を刻んだ。太刀筋上のサーベルタイガーは言うまでもなく絶命し、これで残るは四体。


 ──と、そこで四体の魔獣達は散り散りに逃げ出した。

 元々逃げる隙を窺っていたのだろう。


 一体一体追うのは手間だが、こういった時にピッタリの〖ウェポンスキル〗がある。

 オレは高く掲げていた鎚に〖マナ〗を込め、そして勢いよく地面に叩きつけた。


「(〖クエイクスイング〗)」


 衝撃波が地を伝い四方へ拡散した。

 落ち葉が舞い上がり、地表は捲れ上がり、木々が根元から跳ね上げられて行く。


 サーベルタイガー達も例外ではなく、無慈悲に打ち上げられてしまっていた。

 空中で藻掻く彼らへ向けて、ハルバードから〖ウェーブスラッシュ〗を四連。どれも狙いあやまたず一撃で命を刈り取った。


「(森鎚の方も中々だな)」


 大地に突き刺さった鎚を見てうんうんと感心する。

 こいつの特殊効果は威力重視に仕上げた。防御無視に加え、衝撃増幅や範囲拡大などだ。


 地面を叩いて広範囲を攻撃する〖クエイクスイング〗は、ウェーブ系の〖ウェポンスキル〗よりも威力の低減が激しい。

 にも関わらず〖豪獣〗を無理やり跳ね上げられたのは威力重視の調整の成果だろう。


「(もぐもぐ……。にしてもこいつら、あんま強くなかったな)」


 サーベルタイガー達を溶かしつつ思う。

 オレが強くなったのを差し引いても、ドワゾフの森で戦った〖豪獣〗の大半よりも弱く感じた。


「(やっぱ〖マナ〗が薄いからかぁ……?)」


 濃い〖マナ〗を日常的に取り込める魔獣ほど、〖スタッツ〗を底上げして強くなりやすい。

 逆に言えば、〖マナ〗の薄い物しか食ってねぇと〖レベル〗の割に弱くなっちまう。


 そしてそれは〖レベル〗の割に〖経験値〗が少ねぇってことと同義。

 強ぇ魔獣ほど〖経験値〗は多くなるんだから、逆もまた然りって訳だ。


 この森林の〖マナ〗は広く浅くって感じだし、全体的に魔獣が弱いって可能性は高そうだな。


「(これじゃあ〖凶獣〗とも戦えねぇかもな……)」


 そんなオレの不安は的中し、結局〖マナ〗の最も濃い区域を抜けるまでに〖凶獣〗と出会うことは無かった。

 もっと隈なく探しゃあ居るのかもだが、そこまで時間を割くことも出来ねぇしな。

 若干気落ちしつつも、その後もオレは目的地へ向けて直進するのであった。




 さて、それからも森林を駆け続けて丸一日が経過した。

 未明の空の下、オレは遂に森林の終わりに差し掛かる。


「(──ここか……!)」


 植物のばったりと途絶えた境界線の先。

 そこには数えきれないほど多くの岩山達が広がっていた。

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