第71話 森亀2

「(〖ライフ〗が二百以上も削られちまったな……〖軟体動物〗の打撃耐性もあるのにヤバすぎんだろ)」


 森亀が丘の向こうに飛んでった後。オレはチラリと〖ステータス〗を確認する。

 盾越しでも防御貫通が作用したらしく、ガッツリ減らされていた。

 ドロリと体細胞が壊死するも、〖貯蓄〗からの補填ですぐに再生する。


「(ま、この程度なら戦闘にゃ全く支障はねぇ、〖跳躍〗!)」


 大ジャンプで丘を跳び越え森亀の後を追う。

 丘の向こうは断崖で、その下には一面の荒地が広がっていた。


 荒地はその全てが地肌を剥き出しにしており、植物は雑草一つも見当たらねぇ。

 〖分解液〗でここら一帯を隈なく溶解洗浄したからだ。


 その上で〖工廠〗と〖武装の造り手〗を使い地表を圧縮・硬化させ巨大で堅固な盾にした。

 新たに植物が根を張ることもできねぇ。


「ギュルォゥ……ッ」


 その時、森亀の着地による重低音が鳴り響いた。

 甲羅の蔓や樹幹で地面を押し落下速度を下げたためか、地を踏みしめる四足にダメージはなさそうに見える。


 ここまでは予想通り。

 森亀の〖タフネス〗は九百を超えている。この程度で傷を負うとは思っていなかった。


 なので、丘から投げ落としたのは落下ダメージを期待してのことじゃねぇ。


「(〖空中跳躍〗、〖墜撃〗、〖チャージスラスト〗!)」


 真下に向けて急降下。防御無視の大剣で森亀を狙う。

 初撃ほどの高度も〖暗殺〗もねぇが、〖連撃〗の補正は充分だ。


「グリュゥッ」


 回避は間に合わねぇと悟ったのだろう。

 森亀はその場で甲羅の木を急成長させ盾とし、その上に蔓で作った網を被せる。


 しかし、それらに意味はねぇ。甲羅の木や蔓も森亀の一部であり、大剣の防御無視が働くからだ。

 蔓の網は細糸のように突き破られ、樹木の盾も同じ結果に。


 そして不愉快な金属音を響かせて大剣が甲羅の表面に深々と突き立つ。


「グゥォッ!」


 凄まじい衝撃に森亀は堪らず膝を折った。地面が軽く罅割れる。

 〖凶獣〗の全体重を乗せたのだから当然だが、あまりの威力に耐え切れずオレの大剣も砕けちまった。


「(〖跳躍〗!)」


 追撃することなくすかさず退避。

 さっきはあのまま攻撃して反撃を受けたからな。今度からは深追いはしない方針だ。


 〖受け流し〗を使って柔らかく着地し、森亀と視線をぶつける。


「グリュリュリュっ!」

「(〖レプリカントフォーム〗)」


 充分に間合いを取れたので六本の毒鞭を模った。

 ここからが本格的な戦闘だ。


「(〖ウィップ〗、ダブル!)」


 まずは二本の鞭での〖ウェポンスキル〗。

 視認すら難しい速度で鞭の先端が宙を駆け、森亀の脚に切り傷を与える。


「(〖ウィップ〗、ダブル! 〖ウィップ〗、ダブル!)」


 さらに連続して〖ウェポンスキル〗をお見舞いする。

 森亀の動きは容姿からは予想もできねぇほど機敏なため、顔や脚を正確に狙うのは難しい。が、甲羅に当たっても〖連撃〗のカウントは増えるんだから問題はねぇ。


「グルルッ!」

「(〖転瞬〗!)」


 鞭の乱打を掻い潜り、森亀が突進を仕掛けて来た。

 攻撃を中断し、すんでのところで回避。

 追撃に差し向けられた蔓達を防御無視の大剣で迎撃する。


「(お?)」


 すると蔓を斬ることはできたのだが、代償に大剣も砕け、壊死した細胞に戻ってしまった。

 〖豪獣〗から作られた大剣は耐久力が一段劣っている。確実に攻撃を通せるとき以外は大剣は使わねぇ方が良さげだな。


「(〖レプリカントフォーム〗)」


 代わりの防御用武器に毒剣を模りつつ、毒鞭を振るう。

 目覚ましい速度の乱打で森亀が伸ばそうとしていた蔓が全て細切れになった。


 〖多刀流〗があるのでこういった物量勝負はこっちが有利だ。

 今も、再突進の隙を突いて森亀の顔に鞭を叩きつけられた。


 その森亀は一瞬だけ薄緑に発光したかと思うと、すぐにまた突進してくる。

 力強く地を蹴る様子からは、毒鞭の与える〖毒〗の影響は微塵も見られねぇ。


「(〖七草の恵み〗は厄介だな)」


 〖七草の恵み〗は〖状態異常〗を解除する森亀の〖スキル〗だ。

 〖毒〗が無効化されんのは口惜しいが、〖七草の恵み〗を使った分〖マナ〗を削れてるんだから完全な徒労でもねぇ。


「グルッ」

「(〖転瞬〗!)」


 それからも回避しつつ鞭でダメージを与えて行った。

 初めはガムシャラに突っ込んできていた森亀だったが、次第に周囲を気にする素振そぶりを見せ出す。


 普段なら、そろそろ辺りが植物に覆われ出す頃合なのだろう。実際、今も優勢なのは〖樹海〗である。

 けれど未だに芽の一つも生えてはいなかった。


「(〖レプリカントフォーム〗、〖チャージスラッシュ〗、〖チャージスラスト〗!)」


 注意を逸らした森亀へとヒュドラ武器一式を振り上げ突撃する。

 が、森亀は冷静に体をギュルンッと半回転させ、高速の尾撃を放って来た。

 通常の亀とは一線を画す長大な尾は、森亀の〖パワー〗を十全に伝えられる。


 オレは咄嗟に毒剣を振るった。

 生物と打ち合ったとは思えない硬質な音が轟く。


 森亀の太く頑強な尾を毒剣は半ばまで斬り裂いたが、その威力を殺し切ることは出来なかった。

 埒外の衝撃を受け流し切れず、オレは横へと吹き飛ばされちまう。


「(〖空中跳躍〗!)」


 だが、すぐさま宙を蹴って森亀の方へと軌道修正。息つく間もなく攻め続ける。

 そうしねぇと〖樹海〗が復活しちまうからな。


 〖樹海〗対策として、オレは準備期間中にこの辺りの地面を盾にした。

 舗装した道に草が生えねぇのと同様に、鉄板並みに硬化させた土で種や根の侵入を拒んでいる。


 しかしこんな単純な仕組み、森亀が気付いてしまえばいくらでも対処できちまう。てか普通に森まで逃げられるだけでもアウトだ。

 だからこそ攻撃を畳み掛けてその暇を潰さなきゃならねぇ。


「(〖コンパクトスラスト〗!)」


 毒槍を突き出す。甲羅から伸びて来た木の幹に受け止められた。

 すかさず鞭で顔面を狙い、それと並行して鎚を振り被る。


 いくつも同時に武器を振るい、一瞬の内に何十回も木や蔓と打ち合った。

 森亀との〖スタッツ〗差を埋めるため、全ての攻撃をコンパクト系の〖ウェポンスキル〗にしてだ。


 〖連撃〗と……それから〖制圏〗の補正もあるのだろう。

 現在の追加効果は『技巧』、『鋭利』、『徴収』。〖ウェポンスキル〗強化、切れ味強化、〖マナ〗吸収の三本立てにより、殴り合いではオレの方が押していた。


 徐々に趨勢は傾き、森亀はこちらの間合いから逃げるように一歩、二歩と下がって行く。

 逃がしはすまいと退いた分だけ近づき、連撃はさらに勢い付いて行った。


 と、そこで気付く。森亀の右後ろ脚に〖マナ〗が集まっていることに。

 体の陰になって分かり辛ぇが、どうやら右後ろ脚を上げているらし──、



 ──瞬間、フラッシュバックするのはかつて大熊と戦った時の光景。



 あの時、足に〖マナ〗を集めた大熊は、それにより地面を操りオレを空へと跳ね上げた。

 そのことが脳裏をよぎった刹那、オレは〖跳躍〗していた。


「グリュアァァッ!」


 それとほぼ同じタイミングで後ろ脚が振り下ろされる。

 森亀がここに落下した時の音を何倍にも大きく、鋭くしたような轟音。


 森亀を中心に地面が激しく震動し、砕かれ、瞬く間に深い亀裂が刻まれた。

 圧倒的な衝撃で大地が攪拌され、場所によって陥没や隆起が起こってしまっている。


「(……〖亀原撃きげんげき〗か)」


 それは〖マナ〗を消費して攻撃範囲を広げる〖スキル〗。

 森亀の千越えの〖パワー〗でそれを振るえば、これほどの大破壊も引き起こせる。

 その事実に思わず閉口しちまう。


「(けど、本当にやべぇのはそっちじゃねぇよなぁ……)」


 粉砕されたことで地表盾は武器としての効果、強度向上を喪失。根の侵入を阻止できなくなる。

 落ちながら見下ろす地上では、地表盾の割れ目から無数の植物達が芽を出し始めていた。

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