第70話 森亀

 〖凶獣〗となり〖縄張り〗を得た時、オレは〖制圏〗に関する知識を断片的に入手した。

 初めて〖縄張り〗を使った際、迷いなく〖マナ〗を練り上げられたのもそのためだ。


 あれが〖スキル〗の隠し効果だったのか、魔獣としての本能だったのかは定かではないが、今はそれより重要なことがある。

 〖進化〗で得た知識の一つ、〖制圏〗の衝突についてだ。


 〖制圏〗とは環境や法則を塗り替える力場のこと。

 そして〖制圏〗同士は重複させられず、同一箇所に複数の〖制圏〗が敷設された場合、テリトリーの奪い合いになる。


 その際に強烈な衝撃波が発生するらしく、そうなれば森亀が起きることは必至だったのでオレは〖樹海〗に入る前から〖工廠〗を切っていた。


 だが、しかし。森亀が目覚めた今となってはそれも無意味。

 〖制圏〗によるアドバンテージを森亀だけに握らせる訳にも行かない。

 オレは素早く〖マナ〗を練り上げた。


「(行くぜ、〖縄張り〗!)」



~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~

・・・

>>戦火いざなう兵器産み、不破勝鋼矢が〖縄張り〗を発動しました。

>>〖制圏:工廠〗が森とざす者、ドワゾフの〖制圏:樹海〗と接触しました。

>>界鬩かいげき現象が発生しました。

・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 強暴な衝撃波は森を駆け抜け草木を揺らした。

 同時、〖制圏〗から手応えが伝わって来る。


「(うおっと、重いなっ!?)」


 それはさながら大木を手押しするような感覚だ。

 ちょっとやそっとの力じゃビクともしねぇ。


 分かっちゃ居たが、〖制圏〗のぶつけ合いで劣勢なのはオレだった。

 森亀の広大な勢力圏に対し、〖工廠〗が支配できた土地は猫の額ほど。


「(けどオレの周辺は〖工廠〗に取り込めた)」


 パキパキと武器に成り行く草花を見る。

 どうせ場所を移すとは言え、こっちの能力が通じるって分かったのは朗報だ。


「ググルゥ……」


 森亀が唸ると巨樹の根が独りでに動き出した。植物を操る〖スキル〗だ。

 数本の根が空中に素早く伸び上がり、山なりの軌道で降り注ぐ。


「(こんだけ距離があったら当たらねぇよ!)」


 通常の生物なら山なり軌道で視界を外れられるのだろうが、生憎とスライムにその手は通じねぇ。

 右に左に後ろに動き、攻撃を躱しつつ反撃も行う。


「(〖コンパクトシュート〗、ダブル!)」


 〖多刀流〗で二張りの毒弓──弓ってよりバリスタみてぇなサイズだが──から毒矢を同時発射。

 巨樹の根が防ごうと動いたが、ヒュドラの牙を丸々一本使った毒矢達は根を呆気なく貫通した。


「グリュアッ」


 しかし、それらが森亀に刺さることはなかった。

 甲羅の森から伸びる蔓が二本の毒矢を受け止めたのだ。

 森亀の一部だからか、巨樹の根より細いにも関わらず恐ろしく堅い。


「(ま、想定内だけどなっ。〖コンパクトシュート〗、ダブル!)」


 こんなジャブ程度の攻撃が有効打になるなんざ思っちゃいねぇ。

 オレは作戦通り毒矢を射つつ走って逃げる。


 森亀の平均〖スタッツ〗は九百に迫るが、〖スピード〗は七百台という低配分。純粋な速度比べなら〖遁走〗や〖猛進〗を使えるオレのが有利だ。

 実際、異常繫茂地帯の木々に進行を邪魔されつつも、距離は一向に縮まってねぇ。


 だが、当然ながらあちらもただ愚直に追うばかりではない。


「ギルシャッ」

「(っ、〖苔す亀の瞬き〗かっ)」


 森亀が一鳴きすると、オレの進行方向の木々が瞬く間にパンプアップした。植物を強制成長させる〖スキル〗だ。

 ただでさえ過密気味だった木々が巨大化し、隙間なくガッチリとスクラムを組む。


「(回り込む……いや、横幅広いしタイムロスがデケェな)」


 けれど、これまでの木のように〖凶獣〗の体格と〖パワー〗で強引に薙ぎ倒すのも不可能だ。

 この樹木の城壁は半端な力押しじゃ突破できねぇ。


「(んなら半端じゃねぇ力押しだ! 〖レプリカントフォーム〗、〖チャージスイング〗ッ!)」


 ヒュドラの毒鎚を模り〖ウェポンスキル〗を発動。

 それまでとは比べ物にならない力で地を蹴り、突撃の勢い全てを毒鎚に乗せて振り抜いた。


 轟音が響き、束の間の拮抗。直後、折れたのは大木の方だった。

 二、三本がまとめてへし折れ、オレはその間をすり抜けて先へ進む。


 なお、オレのこじ開けた隙間は森亀が通るには狭すぎるものだったが、あいつがそこで手間取ることはねぇ。

 〖スキル:緑は我が手に〗で植物を操れるので、森亀が近付くと大木達は強制的に道を開けさせられていた。


「(よしっ、異常繫茂地帯を抜けたっ)」


 〖樹海〗の影響の濃い地域を出て歓喜の声を上げる。

 森亀が動いた分〖樹海〗の範囲も移動するため、この辺りの植物達も急成長中ではあるが、さっきまでと比べれば格段に動きやすくなった。


「(〖コンパクトシュート〗、ダブル! 〖コンパクトシュート〗、ダブル! 〖コンパクトシュート〗、ダブル!)」


 余裕ができたので毒矢を連射する。

 森亀も枝の矢や生命力の弾丸を射出していたが、遠距離攻撃じゃ〖萌芽の崩岩〗は発動しないためオレは攻撃に専念できた。


「(おっ、〖連撃〗が乗ってんな)」


 毒矢のほとんどは甲羅から伸びた蔓に防がれていたが、あれも森亀の一部って判定らしい。

 初めは蔓に叩き落されていた毒矢が、今では受け止めた蔓を弾いてしまう程に威力を増していた。


 蔓は数え切れねぇほどあるし、何なら千切れてもすぐ再生するので〖ライフ〗的な進展はねぇ。

 けど〖連撃〗の補正を強められるだけで十分だ。


 欲を言えば〖毒〗も与えたかったのだが、蔓からだとそれは出来ねぇらしい。

 人間の髪に毒をひたしても無意味なように、血なり細胞なりがある部分からしか〖毒〗は付与できない。


「グリュゥ……」


 思案気な気配を森亀から感じ取る。

 〖凶獣〗クラスになると〖挑戦〗も〖蠱惑の煌めき〗も効果が薄い。この単調な状況を押し付け続ければ、どこかで打開の手を打たれるだろう。


 だからこそ本来は相手の攻撃が効いてる風を装ったり、敢えて距離を縮めたりしてこの状況にのめり込ませる必要があるんだろうが、今回の場合それは不要だ。

 何せもう目的地に着くのだから。


「スラッ」


 森を駆け続けて辿り着いたその場所。なだらかな丘陵の中心でオレは立ち止まる。辺りには一面に花が咲いていた。

 数瞬遅れて森亀も花畑に踏み入る。


「グゥルルルゥゥ……!」


 立ち尽くすオレへ、これまでの鬱憤をぶつけるように全速力で突進して来る森亀。

 オレは巨大な木製の盾を〖武具格納〗から取り出し、森亀の到来に備えた。


 森亀が一歩踏み出すたびに地響きが起こり、花びらが宙に舞い散る。

 けれど散った数以上の花々が〖樹海〗の力で花開いていた。


「(〖スラッシュ〗! ……ぐっ)」


 防御無視の大剣を模り、間合いに入った森亀へと振るうも、当たった途端に大剣の方が砕け散る。

 それだけの破壊力を森亀の突進は秘めていたのだ。


「グルァッ!」


 接触と共に凄まじい衝撃がオレを襲った。

 恐らくは〖タートルタックル〗という〖突進〗の上位〖スキル〗だ。


「(ぅっ)」


 速度補正は然程だが重みは段違い。

 木盾が一瞬でひしゃげ、伝わって来る衝撃だけでオレは大ダメージを負う。


「(──〖パリィ〗!)」


 だが、速度が無い分タイミングは計りやすかった。

 盾が粉砕されるまでのごく短い時間で、オレは森亀の突進を往なすことに成功。


 それにより突進の方向が僅かに上を向く。

 地から浮いた森亀の巨体を、巴投げでもするみたく押し上げた。


 そんな後押しの成果もあってか、森亀は月下を舞って丘の向こうへと落ちて行った。

 丘の下──かつては蜂の魔獣の巣があり、今では分厚い土の盾に覆われたそこへ。

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