第69話 決戦の夜

 時間は飛ぶように過ぎて行き、今日は決戦の十日目。

 並々ならぬ戦意を湛え、オレは森の中を音もなく進む。


「(〖夜目〗よし)」


 時刻は深夜。草木も眠る丑三つ時……かは分からねぇが、真っ暗闇な時間帯だ。

 月光も木に遮られるため、森の中は深い暗闇に覆われ〖夜目〗なしじゃ歩けたもんじゃねぇ。


 なお、この世界にも月がある。

 色合いも大きさも影の模様も地球のそれとは微妙に異なっており、見上げる度に「ここは異世界なんだなぁ」とそこはかとない郷愁の念に駆られる。


 と、そんな事はどうでもいい。

 大事なのはこの夜の間に奇襲をかける事なのだから。


 相手が寝ていれば〖暗殺〗の発動条件は満たせるし、そうでなくてもこの闇の中なら条件を満たしやすい。

 また、日光がなければ森亀の自動回復〖スキル〗、〖ソーラーヒール〗は効果がガタ落ちする。

 今が最高の条件と言えた。


「(こっからだな)」


 以前も来た〖樹海〗の外縁部に到着。

 ここの中心部に森亀が居るはずだ。


 ここから先は植物を避けるのは不可能。なので〖隠形〗の静音性を信じて強引に進入する。

 と、空気の変化を肌で感じ取った。


「(〖毒沼〗に入った時はこんなの感じなかったが……オレが〖制圏〗を使えるようになって感覚が鋭くなったのか?)」


 そんな疑問を抱きつつ茂みを踏み潰す。

 しかし音はほとんど鳴らない。〖隠形〗の効果が如実に表れていた。


「(よいしょっと、あっちか)」


 草木を掻き分け、オレは〖樹海〗の中心部──天を衝くようにそびえる巨樹の元へ向かう。

 混沌種を倒した後で一度だけ挑みに来たことがあるが、そのとき森亀はあのビルみてぇな巨樹の根元に居たのだ。


 この異常繫茂地帯にあって巨樹の周囲にだけは樹木がなく、代わりに草花が生い茂っていた。

 そこで横になる森亀を見て、その桁違いの〖マナ〗を感じて、あの日のオレは戦意を失ったのだ。


「(お、良かった良かった、居るな)」


 さて、翻って現在。

 巨樹の根元で眠る森亀を見ても、オレはあの日ほどの力の隔絶を感じない。

 体格で並んだからってのもあるんだろう。威圧感はあれど、逆立ちしても勝てねぇような絶望感はない。


「(……やるぞ)」


 小さく心の中で決意すると、フッと体が軽くなる。〖愚行〗が発動したようだ。

 釈然としない思いを抱きつつ、そぉーっと巨樹に近づいて行く。森亀を起こさないよう回り込むルートで。


 そうして巨樹の根元に着くと、今度は幹に絡みつく。そして〖登攀〗を使いするする登って行く。

 下に居る森亀の方にも意識を向けるが、気付かれた様子はねぇ。


 やがて天辺に辿り着く。森亀の真上に位置するそこから夜空へ向かって〖空中跳躍〗、〖空中跳躍〗、〖空中跳躍〗。

 残り使用回数が三回になったところで下方へ跳躍。

 多数の〖スキル〗の補正によって、一筋の落雷が如き速度で翔ける。


 先端にはヒュドラの毒槍を模り、〖ヘビースラスト〗を使う用意も万全。

 〖墜撃〗でみるみる加速していたが、巨樹が突如、森亀を庇うように傾いた。


「(〖木霊の献身〗か……!)」


 自身に危機が迫った時、二十四時間に一度だけ、周囲の木が自動で動き防御するという〖スキル〗である。

 先に巨樹を排除して森亀を起こしては本末転倒なため、これに関しては放置するって結論になっていた。


 それに、オレの〖スピード〗に〖木霊の献身〗が反応できない可能性も、昼間の内に使用回数を消費している可能性もあったしな。

 そんな都合よくは運ばなかったけども。


 ……まあいい。こうなった時に備え、とっておきの秘策も用意してある。


「(──正面突破だッ!)」


 より一層の気合を込めて突撃した。

 オレ自身認識の追い付かない超高速での突撃は、巨樹が枝を束ねて作った盾を意識する間もなくぶち抜いた。


 その次に立ちはだかったのは幹だ。

 それこそ雷に打たれたような、木の割れる異音が絶え間なく響く。


「(固ぇなっ)」


 幹によって勢いがかなり殺された。

 下手すりゃ樹高百メートルはある化け物樹木が、さらに森亀の〖スキル〗によって強化されている。強度は並の木とは比べ物にならねぇ。


 だが、その異様に硬い幹も突破し、遂に森亀が見えて来る。

 幹の破れる異音で目覚めたのか、森亀はオレを見上げて──これ不味くね?


「グリュゥッ」


 瞬間、森亀の甲羅に生えた木達が一斉に伸び、オレの槍を防ぐように広がった。


「(〖ヘビースラスト〗ッ、ぐっ)」


 〖ウェポンスキル〗で毒槍を突き出す。

 穂先は即席の樹木の盾を突き破り、森亀の甲羅に届いたものの……それだけだ。度重なる減衰により甲羅を貫通することはできなかった。


「(何つぅ反応速度だっ)」


 悪態を吐きつつも、オレは次の手を打つ。

 防御無視の大剣を二本模倣し、それらで森亀の甲羅を斬り付けた。


 〖コンパクトスラッシュ〗の二重発動。

 ギャリリィッ、と大剣達が二本の線を刻むのと、甲羅から生えた木にオレが突き飛ばされるのは同時であった。


「ギュアァぁっ」

「(痛っ、甲羅の木にも〖萌芽の崩岩〗が乗るのかよっ)」


 考えてみりゃ甲羅も体の一部なんだし当然なんだが、これは厄介だ。

 オレは〖跳躍〗して一旦距離を取る。


「グゥルルルゥ……!」


 四足で立ち上がった森亀がオレを睨み、地の底から響くような唸り声を漏らす。

 その視線と声からは、煮えたぎる憤怒が〖意思理解〗抜きでも感じられた。


「(くそっ、計算が狂ったな)」


 こちらはこちらでそんな事をぼやく。

 本当なら最初の落下攻撃で深手を負わせ、〖毒〗も与えるはずだったんだが。


 まあ、駄目なら駄目で真っ向勝負で破るまでだ。

 それと、気付かれた以上こっちももう隠す必要はねぇな。


「(行くぜ、〖縄張り〗!)」



~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~

・・・

>>戦火いざなう兵器産み、不破勝鋼矢が〖縄張り〗を発動しました。

>>〖制圏:工廠〗が森とざす者、ドワゾフの〖制圏:樹海〗と接触しました。

>>界鬩かいげき現象が発生しました。

・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 オレ達の中心で生じた衝撃が、森中もりじゅうを震撼させた。

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