第68話 準備

「それでは、シュヴァイン領とその周辺の地図はまた今度持って来ますので」


 そう言い残し、エルゴは孔の向こうに帰って行った。


「あ、そうだ、コウヤ君。この前言ってた空間拡張した袋を持って来たよ」

『お、ありがとな』


 ポーラが〖スペースホール〗から取り出した袋を受け取る。

 空間拡張がなくてもたくさん物が入りそうな大きめの袋だ。


 その中にエルゴが置いて行ってくれた地図を仕舞った。

 旅をするなら〖方向感覚〗と太陽の位置だけを頼りに動くわけにはいかねぇ。山脈や運河、街の場所が描かれた地図は不可欠である。


『よし、んじゃ魔法の訓練始めっか』


 森亀討伐にタイムリミットが出来ちまったが、予定を崩すほど切羽詰まってる訳じゃねぇ。

 その日はいつも通り、ポーラの修行を手伝ったのだった。




「あの、アタシは本当に手伝わなくていいの?」


 訓練終わりの別れ際、ポーラにそんなことを訊かれた。

 森亀討伐に協力しなくていいのか、ということだ。

 対するオレの返答は決まっている。


『ああ。これはオレの問題だし一人で挑みてぇ。それに何より危険だしな』


 ポーラの空間魔法は強力だ。

 が、彼女の他の〖スタッツ〗は〖凶獣〗と相対するには低すぎる。


 森亀の〖ステータス〗は既に割れているが、〖樹海〗の追加効果は未知数。

 もしかすると〖レジスト〗が低い者には一瞬で致命的になるような効果があるかもしれねぇ。


 また、森亀は広範囲攻撃の〖スキル〗を複数持っている。巻き込まれた場合、ポーラの〖スピード〗で防御が間に合うかは微妙だ。

 やはりポーラに来てもらうのはリスクが高すぎる。


『それに、〖経験値〗が分散しちまっても嫌だしな』

「もうっ、そんなこと言って負けても知らないよ?」


 冗談めかして言ってみると、ポーラは苦笑交じりにそう窘めた。


「それじゃ、また今度ね」

『あぁ、またな』


 〖スペースホール〗で町に帰った彼女を見送り、そして〖制圏〗で出来た広場に行く。


「(さて、と……)」


 日は傾き始めちゃいるが、日没はまだ遠い。ここからはオレ自身の修行だ。

 森亀に勝つために、能力を磨いて行くとしよう。


「(やるならやっぱ〖スキル〗だよなぁ)」


 〖レベル〗はもう頭打ちだ。今から必死に〖豪獣〗を狩りまくったとして、十も上がりはしねぇだろう。

 だから鍛えるのは〖スキル〗だ。

 上位化までは行かずとも、使えば使うほど〖スキル〗の効果は強まるのだから。


「(よっ、ほっ、はっ)」


 まずはその場で〖踊り〗始める。

 小刻みなステップ、僅かな手振りにも補正を乗せるよう意識し、より速くキレのある動作で広場を舞う。


 〖軟体動物〗の補正が掛かった滑らかな動きで跳ね回り、地を踏んだ反動を〖受け流し〗て次の動きに利用する。

 高く跳んで滞空中にヒュドラ武器一式を模倣。それぞれを異なる軌道で連続して振るった。


 着地するや横へ跳び、さらに武器を振るう。

 そして武器にしていない肉体で鞭を作り、虚空に巻き付け輪っかとし、〖レプリカントフォーム〗を多重発動。


 ヒュドラの首を噛み千切った時のように真紅の槍をぞろりと並べ、収縮。

 空中を噛み締めた牙が幾重にも金属音を鳴らす。


 そのようにして、オレは自身の持つ戦闘用の〖スキル〗を高めて行くのだった。



~非通知情報記録域~~~~~~~~~~~

・・・

>>戦火いざなう兵器産み、不破勝鋼矢が〖スキル:スイング〗を獲得しました。

>>〖スキル:コンパクトスイング〗を獲得しました。

>>〖スキル:ヘビースイング〗を獲得しました。

>>〖スキル:チャージスイング〗を獲得しました。

>>〖スキル:クエイクスイング〗を獲得しました。

>>〖スキル:舞闘ぶとう〗を獲得しました。〖踊り〗が統合されます。

・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




「ビギュぅっ」


 樹上から無音で迫った毒剣が、とある〖豪獣〗の首を断った。

 意識の外から攻撃したからだろう、随分と軽い手応え・・・・・だった。



~スキル詳細~~~~~~~~~~~~~~

舞闘 舞踏時、動作の機敏さに補正。舞踏時、武器攻撃の機敏さに補正。


暗殺 相手に察知されずに攻撃した時、威力に補正。相手に察知されずに攻撃した時、対象の〖タフネス〗を一定割合無視する。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 つい今しがた活躍した〖暗殺〗は、〖奇襲〗が上位化した〖スキル〗だ。

 そうして仕留めた獲物を食し、オレは先へと進む。


 森亀に挑む日取りは十日後と定めた。

 それまでの九日間を準備期間としたのだが、その全てを〖スキル〗の訓練に充てる訳ではない。


「(〖隠形〗様様だな)」


 こそこそとオレが進むのは森亀の〖制圏:樹海〗、その外縁部にギリギリ入らない地点だ。

 〖樹海〗の効果範囲内は足の踏み場もねぇほどに植物が繁茂しているので、境界線が一目で分かる。


「(ふむふむ、北は苔が多め、と)」


 今やってるのは地形の調査。

 森亀と戦う上で最低条件となるのは、あの〖樹海〗がたっぷり沁み込んだ異常繫茂地帯から敵を引きずり出すことだ。


 森亀は周囲の植物を操ったり、植物の力を借りたりする〖スキル〗を持つ。

 あんなに緑あふれる場所で戦うのは不利なんてもんじゃねぇ。


 まあそれ自体は適当に攻撃して〖挑戦〗して逃げれば簡単に達成できるだろうが、重要なのはどこに逃げ込むか。

 異常繁茂地帯から普通に草木の生い茂る場所に移ったんじゃ意味が薄い。どうせならオレに有利なフィールドを見繕うべきだ。


「(んでも、やっぱこの辺にはねぇなぁ)」


 しかし、目ぼしい地形は見つからねぇ。

 それも当然だ。〖樹海〗の周囲という事はつまり、〖樹海〗の余波を最も強く受けているという事。

 植物が隆盛するのは必然だ。


「(せめて木がねぇ場所がいいなぁ。花畑みてぇに)」


 森亀は〖萌芽の崩岩〗という〖タフネス〗無視の〖スキル〗を持つらしい。

 『自身の肉体を用いた攻撃』が発動条件のためその辺の植物が全部防御無視して来たりはしねぇが、木には回避を邪魔される可能性がある。


 もちろんただの木であれば今のオレなら何の障害にもならねぇが、〖樹海〗や〖スキル〗で強化された木ならばそうも行かねぇ。

 そういう訳で植物の少ない場所を探しているのだが、なかなかいい場所は──、


「(いや、そうか、そうすりゃ良いのか)」


 ──と、そこで一つ解決策を思いついた。

 オレは早速思い付きを実行すべく、とある場所を目指すのだった。

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