第67話 危機と地理

『お、来たか』


 ピリリとした辛みのある果実を食べていた時、〖マナ〗の高まりを感じ取った。これは〖スペースホール〗の予兆だ。

 あれから四日経つし、ポーラがやって来るのだろう。


 と、そんな風に思っていたが、開いた孔からいの一番に現れたのは彼女では無かった。


「お、お久しぶりです、コウヤさん。ほ、本当に〖凶獣〗になられたのですね……」

『おう、久しぶりだな。ヒュドラの〖ステータス〗を調べて来てもらったとき以来か?』


 現れたのは小太りの青年。

 オレに物品を渡す場合もポーラを介することが多いため、彼が顔を出すのは珍しい。


「おっはよー、コウヤ君」

『おう、おはよう』


 次いでポーラも現れた。

 昨日は彼女のお見合いだったはずだが、こっちからそれを聞くのはデリカシーに欠けてるよな。それよりも今は……。


『そんでエルゴ、今日はどうしたんだ?』


 緊張した面持ちの青年に訊ねる。

 すると彼はゴクリと喉を鳴らし、それから言葉を発した。


「ま、まだ可能性の段階ではあるのですが、──貴族がコウヤさんを倒しに来るようなのです」

『なっ!?』


 驚きの声を漏らす。

 いつかはバレるかもと思いエルゴには『オレを狙う奴がいたら教えてくれ』って頼んでいたが、まさかもう現れるとは。


『……でも何でバレたんだ? オレが生きてることは秘匿されてたんだろ?』

「恐らくですが、市場を探ったのかと。ジュエルスライムの素材ともなれば秘密裏に売り捌くのは困難ですし、その痕跡がない以上ジュエルスライムはまだ生きているはずだ、と考えたのだと思います」

『素材かぁ。そういやオレの体って武器とかになんのか?』

「さぁ……? ジュエルスライム……もっと言うとスライムを武器にした、という話は寡聞にして知りません。ただ、ジュエルスライムは美容に良いとかで高値で取引されてるみたいです」


 オレって美容品だったのか。

 まあたしかに染みのない綺麗な色してるし、なんか塗ったら体に良さそうな感じはするな。


『念のため聞いとくけど襲いに来るってのが誤解の可能性ってねぇか?』

「断言はできませんが、ほぼほぼ間違いないかと。先日、貴族の召使いらしき人物がギルドに来たのですが──」


 詳しく聞いてみたところ、エルゴが貴族の襲来を知ったのもその召使いかららしい。


 ギルドに現れた召使いは、ジュエルスライムについて訊いて回っていた。

 エルゴも訊ねられ、他の冒険者と同じく「もう討伐されたらしいですよ」と答えたが、召使いは気にした様子もなく聞き込みを続け、少ししてからギルドマスターのいる二階へと案内されたそうだ。


「どうもコウヤさんの生存を確信している雰囲気でしたし、ギルドマスターに面会したのも情報の確度を高めるためでしょう。貴族家の召使いがその足で訊ねに来た以上、話を聞くだけ聞いて放置したり地元の冒険者に丸投げしたり、とはならないはずです」

『そう、か……』


 貴族達が来るのは確定そうで唸る。


『……いや、待てよ。ギルドマスターがオレの死亡説を流したんだし、今回も誤魔化してくれたりしねぇか?』

「それは期待できないかと。ギルド側が魔獣の死を偽証するのはリスクが大き過ぎますので。だからこそ噂という迂遠な方法でコウヤさんの死を広めた訳ですしね」

『それもそうだな……』


 取りあえず、隠蔽すんのは無理っぽいな。

 なら、次に考えんのはどう対処するかだ。……いや、考えるまでもねぇか。


 答えは初めから決まってる。悩むまでもねぇ。

 本当は避けたかったが……こうなってしまっては致し方ない。

 オレも覚悟を決めるべきだ。


「(──よし、逃げよう)」


 逃走こそ経験値モンスターの専売特許。地の果てまでも逃げ切ってやるぜ!

 そもそも混沌種とかいう奴らを根絶やしにするため、いずれは旅立つ予定だったのだ。それが少し早まるくらいどうってことねぇ。


 ……いや、でも今すぐにってなると少し困るな……。


『そいつらが来んのはいつ頃になりそうなんだ?』

「少なくとも今日明日の内に、とはならないと思います。貴族本人が来るにせよ、冒険者に依頼が来るにせよ、子飼いの戦士が派遣されるにせよ、まだ二週間は先のはずです。町と領都の行き来にも馬車で数日はかかりますしね」

『そうか。なら問題ねぇ。充分に間に合う・・・・

「間に合う、ですか……?」

『あぁ、そんだけあるなら森亀を倒してから森を出れる』


 人と争うのは御免だし、目を付けられて英雄級冒険者の討伐隊なんて組まれちゃ目も当てられねぇ。

 逃げるのは決定事項だ。

 だが、この森を出る前に森亀だけは倒してぇ。


 別に、〖経験値〗稼ぎなら他の場所で〖凶獣〗を狩るのでもいいんだろう。

 けど森亀は、オレがずっと目標にして来た存在だ。


 あの日の雄姿は今も脳裏に焼き付いていて、だからこそ新天地に行くのはアイツを超えてからにしたい。


「そっかぁ、コウヤ君、行っちゃうんだね……」

『あぁ、悪ぃなポーラ、魔法の修行、最後まで付き合えなくて』

「ううん、気にしないで。ここまで来れば後はアタシ自身の問題だから。けど、寂しくなるなぁ……」

『まっ、今すぐにって訳じゃねぇし、残りの期間を一緒に頑張ろうぜ』

「そうだね!」


 それからエルゴの方に意識を向ける。

 彼は近くにあった平たい岩の上に大きな紙を広げていた。


『それが地図か?』

「はい。必要になるかと思って家にあったのを写して来ました」

『気が利くな、サンキュー』

「おぉー、エルゴ君んには色んな物があるねぇ」

「商人にとっては世界を知ることも重要ですから」


 その地図一面に描かれていたのは、横長な菱形に近い図形だった。

 これがこの国──いや、この大陸の姿らしい。


『たしかエスペラス魔帝国、だったか? 他の国は無いんだったよな』

「ええ。昔はあったそうですけど、百年以上も前に魔王陛下が天下を統一なされたので」


 “魔王”はこの国の王様だそうだ。

 魔法の王という意味で、魔獣とは無関係な正真正銘の人間らしい。


『そんでこの線で区切られてるのが……』

「はい、地方です。魔王陛下の治める魔王領の他、五人の大公の治める五つの地方があります。私達が居るのはここ、北西のウェノースト地方ですね」


 地図の左上を指先でさして教えてくれた。どうやら東西南北は地球と同じらしい。

 それから指がスススと動き、ウェノースト地方の南部に移動する。


「そして地方の南にあるのがこのドワゾフの森です。シュヴァイン領の一部になります」

『シュヴァイン……それがこの辺を治めてる貴族の名前なのか』


 エルゴが首を縦に振った。

 地方を治めているのは大公だが、その地方は多数の領地で構成されている。

 その領地一つ一つを管理するのが貴族だ。


 爵位も色々あるらしいが、それは今は割愛しよう。


『オレとしちゃ混沌種の根城っつう大陸東部を目指してぇんだが、どういう経路で行きゃいいと思う? 出来れば途中で〖凶獣〗とも戦いてぇんだが』


 最短ルートというのは地図の縮尺方法によって変わって来る。

 加えて、人口の多い箇所や交通の困難な箇所を教えてもらえればそこを避けて進める。

 そういう期待を込めて質問してみた。


「そうですね……。まず〖凶獣〗ですが、そこまで意識しなくても人の手の入ってない未開の地であれば、大抵一体は居ますよ。領都などの人口密集地を避ければ問題なく会えるはずです」


 ふむふむ。


「それと経路ですが、まず北東……あちらの方を目指し、海に付いたら進路を南東に移すのが良いと思います。……海って分かりますか?」

『おう、それは問題ねぇ』


 スライムなのに海を知ってるのは怪しまれねぇかな、とも思ったが特に引っかかりなくスルーされた。

 どうもエルゴはオレが昔人間に飼われてたと思ってるらしく、ちょっと変なとこがあっても普通に流してくれる。


「ただ、海に着く前に注意して欲しいのは、北部の街には絶対に近づいてはならない、という事です」

『うん? 元から人間の街に近づくつもりはねぇが、どうして北部だけそんなに気を付けなきゃなんだ?』

「この北端の領地は最強の貴族──四辺境伯の一人が治めているからです。他大陸から来る凶悪な魔獣を打ち倒すのが辺境伯なのですが、彼らは英雄級冒険者以上の強さと言われています。絶対に近づかない事をお勧めします」


 強者には興味があるが、それが人間となりゃ話は別だ。

 北部に付いたら人間の街には絶対近付かねぇようにしよう。


 そのようにしてエルゴから旅の注意点や地図の見方を聞いていくのだった。

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