第65話 〖制圏〗制御

「(〖縄張り〗)」


 一点に凝縮した〖マナ〗から特殊な力場が広がった。

 この力場こそが〖制圏〗だ。


「(ふぅぅぅ……)」


 息を細く吐き出すような感覚で、〖制圏〗の範囲を狭めて行く。

 『縮小』や『収束』といった追加効果は使わず、力場に直接干渉した。


「(ふぬぬぬ……)」


 ついつい全身に力が入ってしまう。が、肝要なのは〖マナ〗の操作だ。

 自身の中心に集めた濃縮〖マナ〗を微調整することで、〖制圏〗に対して干渉することが出来る。


 しかしこれがなかなか難しい。

 〖マナ〗を凝縮状態で保つだけなら容易──何ならオレは寝ている間も発動している──なのだが、手を加えようとすると途端に難易度が増す。


「(……よし、完了だ)」


 まあそうは言っても〖縄張り〗を覚えて数週間。これだけの訓練期間があれば多少は上達もする。

 少し狭めるくらい、今のオレには何てことない。


 さて、今回出来上がった〖制圏〗は平たい円状だった。それはさながらどら焼きのようである。

 高低差は低く、横の広がりだけを重視した。


「(上空とか地底とかは〖制圏〗に取り込んでも意味ねぇからな)」


 〖縄張り〗の発動時点でこの状態にできるのが理想だ。

 そのレベルになるにはもうちょい掛かりそうだけどな。


「(〖レプリカントフォーム〗)」


 それから毒鞭を伸ばし、〖制圏〗の外にある木を一本引き抜いて持って来る。

 〖制圏〗に入った途端に木は武器へと変わり始めるが、ここでオレはさらに〖制圏〗へと働きかける。


「(範囲抑制……と)」


 絶えず流動する〖マナ〗の塊の一部を堰き止めるような感触。それにより〖制圏〗の効果範囲にが生まれる。


 穴は物理的なものではなく、傍目には違いは分からねぇが、〖制圏〗の発動者であるオレにははっきりと知覚できた。

 木の周辺に広がる穴の内側では武器化が停止する。


「(〖激化する戦乱〗……この木は棍が良さげだな)」


 〖工廠こうしょう〗による武器化だが、変化先はその物体が最も適している武器だ。

 例えばこの木なら棍になる。

 けれどこの武器化、〖制圏〗の操作によって傾向を操作できるらしい、というのが最近分かって来た。


「(抑制を解除して、そんで偏重……!)」


 変化は如実に表れる。幹が段々薄くなる。

 熱い鉄が金槌で打たれたみたく、ベコンッベコンッと凹んで行く。


 余計な枝は全て落とされ、やがて木は一本の刀剣となった。

 剣には不向きな素材のため切れ味は鈍く、木刀に近い一品ではあるが剣は剣だ。


「(〖激化する戦乱〗……よし、〖スキル〗でも剣判定になってんな)」


 それを確認し、そしてまた〖マナ〗を弄る。剣となった木が歪み始めた。

 刀身が中ほどで直角に折れ曲がり、そこより先へ僅かに反りが入る。まるで鎌みてぇな形になった。


 それに満足したオレは、さらに〖制圏〗を調整し武器を変形させていく。

 鎌は斧になり、斧は鎚になり、鎚は槍になり、最後は棍棒に落ち着いた。


「(ウォームアップはこんなとこか)」


 一度形が固定された物を変形させるのは結構難しいのだが、〖制圏〗の扱いに慣れた今となっては準備運動感覚で行える。


「(次は本数を増やして……と、その前に〖制圏〗が成長してないか確認するか)」


 昨日は疲れてて確認サボっちまったんだよなぁ……。

 進捗具合によっちゃ訓練方針を変えねぇとだし、こまめな確認は大切だ。



~制圏詳細~~~~~~~~~~~~~~~

あなたの〖制圏〗は〖工廠こうしょう〗です。

工廠こうしょう〗内では全ての物が武器に変わります。


追加効果:『徴収』『(空欄)』『(空欄)』(NEW)


 候補一覧

限定(NEW) 〖制圏〗の効果範囲を限定する。

徴収(NEW) あらゆる対象から〖マナ〗を吸収。

指向(NEW) 効果の方向性を指定可能。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 うん、一昨日見た時からは特に変わりねぇな。

 しかしながら、この数週間で随分と〖制圏〗も成長した。


 一番デカいのは何と言っても追加効果枠の増設だ。

 今は同時に三つの追加効果を付与できる。


 増えた追加効果の内、『限定』と『指向』は〖制圏〗操作を補助する効果だな。『縮小』や『収束』の同類だ。

 わざわざ〖マナ〗を操作しなくても、木の周りだけ効果を切ったり、変形先を剣に固定したり出来る。

 その分〖マナ〗は余計にかかるので一長一短だな。


 そしてこの二つとは毛色の違う効果が『徴収』だ。

 追加効果の枠が増えたのと同時期に覚えていた。


 〖制圏〗内の存在から〖マナ〗を強制的に奪うって文面は強そうだが、実際はそうでもない。


 第一の問題点は抵抗のされやすさ。

 相手を弱体化させられるのでは? と思い〖豪獣〗相手に何度か試したが、全く〖マナ〗を奪えなかった。

 とはいえ非生物からは普通に奪えるので、妨害ではなく回復手段としては使える、と思うかもしれない。


 しかしここでもう一つの問題点、吸収量の低さが立ち塞がる。

 一度〖制圏〗を限界まで広げて『徴収』した事があったが、〖マナ〗回復速度が格段に上がったりはしなかった。


 〖マナ〗を回復させるためってよりも、〖制圏〗による〖マナ〗の消耗を打ち消すってのが主な用途になりそうだ。

 森亀やヒュドラは〖制圏〗を常時発動しているらしいが、それもこの『徴収』を利用してるんだろう。


「(〖工廠〗は目立つからずっと使ってる訳にはいかねぇけどな)」


 とまあ、そんな調子で〖制圏〗の訓練を続けるのだった。




「(うっし、今日のところはこれくらいにしとくか)」


 〖マナ〗も初めの四分の一ほどとなった。急な戦闘に備えて残りは温存しておこう。

 そう考えたオレは、今日の訓練の締めとして一つの技を発動した。


「(土槍ぶすま!)」


 特に必要はないが鞭を伸ばし、ビシッと前方へ突きつけた。

 するとその何もない空間が突如、幾本もの槍に貫かれた。


 槍は茶色。地面から飛び出したそれらは、柄から切先まで全てが土で構成されている。

 〖工廠〗の力により地面が変じた物だった。


 強度も鋭さもまだまだだが、一発芸としちゃ悪くねぇ。


「(〖制圏〗調整、『収束』付与)」


 そうして今日の訓練を終え拠点へと戻る。

 けれど、そんなオレを出迎えたのは──、


「(な、何だ!?)」


 ──花や木に群がる蜂の魔獣の群れだった。

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