第64話 訓練
「〖スペースホール〗」
宙に空いた黒い孔から魔獣達の死体が落下する。
「今日の成果はこんなとこだね」
『今日も
あの後もポーラは〖レベル〗上げを行い、それから拠点の近くまで戻って来た。
今いる広場には花どころか草木一本生えておらず、ちょっとした広場みてぇになっている。
その広場に今日倒した魔物達が並べられていく。
倒してすぐ異空間に入れたためどの死体もフレッシュだ。
「あ、そうだ。エルゴ君から武器を借りてるんだった。はいこれ、“
『お、サンキュー』
ついでとばかりに彼女は一振りの大剣を取り出した。
エルゴには目ぼしい武器があったら見せてくれと頼んでいたのだ。
黒い刀身を持つその大剣を受け取り、〖激化する戦乱〗で性能を視る。
『ふむふむ、〖豪獣〗の武器か。エルゴはよくこれを手に入れられたな。高いんじゃねぇのか?』
「何でも、これ作った鍛冶師さんが実家の取引相手で親交があったらしいんだよね。それで頼んだら今日だけって条件で貸してもらえたんだってさ」
『なるほど、そりゃあ大切に扱わねぇとな。効果もなかなか優秀だし』
何とこの大剣、〖タフネス〗を半分以上も無視してダメージを与えられるらしい。
対象は生物限定だが、オレみてぇな尖った〖スタッツ〗の魔獣にはよく効くことだろう。
『よし、解析完了。ありがとな、ここまで持って来てくれて。エルゴにもよろしく伝えといてくれ』
防御無視の大剣を返し、それから魔物の死体へ意識を移す。
まずはアルマジロから。三つ並んだ両断死体達を一遍に取り込み、その肉を溶かしていく。
並行して〖激化する戦乱〗で解析。素材としての価値がある爪や甲皮を残した。
そしてそれらをポーラの前に吐き出す。
『ポーラに合いそうなもんはねぇな』
「そっか。じゃあ仕舞っておくね」
少女は素材を
これは彼女がここ最近、バスケットの代わりに使うようになった物だ。
単純に物がより多く入り、肩紐が付いているため重さも苦になりにくい──というのが表向きの理由。
外から見ても
「よいしょ、っと」
『やっぱ便利だなぁ、それ』
明らかに袋の容積以上に素材を詰め込んでいながら、背嚢は大して膨らんでねぇ。
〖スペースエクスパンション〗っつー魔法で内部の空間を拡張しているからだ。
さすがに虚空から物を取り出しまくるのは悪目立ちするってことで、こうして袋に入れる方式にしたのである。
ギルド側は冒険者の能力を詮索しないらしく、多少不思議なことがあってもスルーしてくれるのだとか。
「どうせなら拡張袋、コウヤ君にも作ってあげようか?」
『いいのか?』
「もちろん。作るのに〖マナ〗は結構かかるけどそれだけだし、袋を買うお金もコウヤ君のおかげでたくさん稼げたしね。少しくらい恩返しさせてよ」
『すまねぇ……と、これは使えそうだな』
体から草の生えた猿を視て、呟いた。
『こいつの素材は良い防具になるみてぇだ。どうする? オレが加工しようか?』
「お願い。コウヤ君が作ってくれるのはどれも質が高いから」
嬉しいことを言ってくれるのを聞きつつ、〖制圏〗を調整。
『鋭利』を『名匠』に付け替えた。
「(〖武装の造り手〗)」
体内に取り込んだ草猿に対し〖スキル〗を行使。
左右に分割された草猿の素材を融合させ、一つに編み上げて行く。
『よし、完成だ』
慣れない素材だったため少し手間取ったが、特に躓くことなく仕上げられた。
完成したのは革鎧……いや、草鎧か?
草猿の草に見えていた器官が優秀な防刃・衝撃吸収性能を持っていたので、それを活かして鎧にしたのだ。
また非常に軽いのでポーラの〖スピード〗も殺さない。
『今着てる革鎧に寄せたから大丈夫だとは思うが、サイズが合わなかったり動きの邪魔になるようだったら今度教えてくれ。調整用の〖スキル〗も持ってっから』
「うん、本当に何から何までありがとう」
それからも素材の選別を行っていく。
最近はポーラの装備も整って来たため草鎧の他には武器も作らず、選別は短時間で終わった。
『これで終わりだな。じゃあまた三日後』
「うん……あ、ごめん、次は四日後になると思う。実は三日後にはお見合いの予定が入ってて……」
『お見合い!? ……ああ、いや、そうか。そういう事もあるよな』
聞き馴染みのない単語に思わず聞き返しちまった。
が、落ち着いて考えてみりゃそうおかしな事でもねぇ。
見合い自体は日本でも近代までは頻繁に行われていたらしい。
それにポーラはまだ中高生くらいの年齢に見えるが、昔はこれくらいでも普通に結婚してたと聞く。
この国じゃ一般的な事なんだろうな。
『……ん? あれ、でもポーラは魔法学園に入りたいんだったよな? 結婚してても行けるもんなのか?』
ポーラが魔法を必死に鍛えている理由は聞いていた。
だが、結婚してから学園に入るのは色々と大変そうに思える。
そう思っての問いに、ポーラは苦笑を返す。
「そう、なんだよねぇ。このお見合い、アタシが魔法を使えるようになった頃には結構話が進んでて中止できなかったんだ。先方も乗り気みたいで取りあえず顔合わせだけでも、って風にね……」
合意する気がないの出席するのは冷やかしみたいだ、と感じているからだろう。
ポーラは申し訳なさそうに語った。
『人間は色々
「たはは、そうだね。まあそもそもアタシなんて願い下げだー、って相手の人が言う可能性もあるし、もし成立しても婚約だけして学園卒業まで待ってくれるかもしれないし。あんまり心配しても仕方ないんだけどね」
そう言うと彼女は立ち上がり、背嚢を背負った。
「じゃ、そういう訳だからまた四日後ね」
『おう。……この辺りって他に冒険者いるか?』
「うん? いないよ。少なくとも〖空間把握〗の範囲には」
現在の〖空間把握〗は実に数百メートルもの探知範囲を持つ。
これなら大丈夫だろう。
『そうか、なら良かった。またな』
そうして〖スペースホール〗の孔を通ってポーラが帰るのを見送り、それからオレは広場の中央に向かう。
広場は綺麗な円形をしているので、中心を見つけるのは簡単だ。
「(この辺りだな)」
三百六十度。どの方向を見ても木々までの距離がほぼほぼ一定になる。
そんな見慣れた光景を漠然と捉えつつ、オレは自身の内側に意識を沈めた。
「(〖縄張り〗解除。〖制圏〗調整、『収束』削除。──〖縄張り〗発動)」
範囲の限定が解除され、〖制圏〗が周囲に広がる。
その範囲はちょうど広場に収まるくらいだ。
──そう。この広場は、オレの〖縄張り〗訓練で発生したものだった。
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