第63話 空間魔法 is チート

 さて、ポーラが〖第二典〗に〖昇華〗してから数週間が経過した。

 〖第二典〗で可能なこともほとんど確認し終わり、思いついた魔法も粗方習得できた。


「おっはよー」

『おはよう。じゃ、今日も行くか』

「うん! 〖スペースホール〗!」


 朝、やって来たポーラと共に孔を潜る。

 以前は〖凶獣〗が通れる規模の孔を開けるとなると、時間も〖マナ〗もかなり掛かっていた。

 だが、〖昇華〗に伴う〖属性スキル〗の強化と純粋な技量向上で、今では容易く開けられる。


 孔の先は長獣域と豪獣域の中間くらいの地点だ。

 花畑ほど〖マナ〗が濃いわけじゃねぇが、現れるのはほとんどが〖長獣〗であり稀に〖豪獣〗も出て来る。


 上級冒険者でも単独ソロではまず踏み入らないだろう。


「ん、あっちだね」


 ポーラに先導されて森を進む。彼女は〖隠密〗を、オレは〖隠形〗を使い気配を殺しながら。

 〖凶獣〗となってからしばらく経つ。

 木や茂みに当たらねぇよう移動するのも、意識せずとも自然にできる。


「行って来るね」


 と、突然ポーラが走り出した。

 オレはその場で立ち止まり、体の一部を細長く伸ばしてその後を追う。


 ポーラが向かう先にはアルマジロを立たせたような魔獣達が居た。

 岩石の張り付いた甲皮はいかにも堅そうだ。


 太い両腕をダラリと垂らしていた三体のアルマジロは、駆けて来るポーラに気付くと臨戦態勢を取る。

 岩の手甲と大ぶりな鉤爪が胸の位置に構えられた。


 そんな〖長獣〗相当と思しき魔獣達へ、ポーラは物怖じせずに突っ込んで行く。

 対する魔獣達はまだ距離のあるポーラに遠距離攻撃を敢行。


「「「グゥゥゥ!」」」


 野球でアンダースローするかのように、アルマジロ達の爪が地を抉った。

 土塊つちくれが弾丸のように飛び散りポーラを襲うが、それらが届くころにはもう、そこに彼女はいない。


「〖スペースワープ〗」


 ぐにゃりと少女の姿が歪み、搔き消えた。

 高速の土弾は虚空を貫き、敵を見失ったアルマジロ達は慌ただしく周囲を見回す。


「ゴゥ!?」


 そして見つけた。

 彼らの背後で腰だめに短剣を構え、今まさに振り抜かんとしているポーラを。


 だが幸いにも、少女がいるのは短剣の間合いの外。攻撃準備で隙を晒している今が好機だ──と、彼らはそう考えたのだろう。

 先程と同様にその鋭爪を地面に突き立てようとし──、


「〖スペーススラッシュ〗」


 ──その寸前で体の自由が利かなくなった。


 ゴトリ、と鈍器のような音を立てて腕が落ちる。

 堅固な岩石の装甲に守られていたはずのそれらには、定規で引いたみてぇに真っ直ぐ切断されていた。


 続いて、その切断面と同じ高さにある胴から血が噴き出した。

 血流の勢いに押されて上体が傾き、地面に落下する。


 二足歩行のアルマジロの魔獣達は、三体同時に同様の末路を辿ったのだった。


『また一段と鮮やかになったな』


 一瞬にして三体もの〖長獣〗を屠ったポーラをそう称える。

 まだ〖昇華〗から一ヵ月も経っていないってのによく使い熟せている。


「えへへっ、ありがと。あと今のでまた〖魂積値レベル〗が上がったよ。四十五になった」

『おぅ、おめでとう。あと少しで上級冒険者の仲間入りだな』

「いやいや、まだまだだよ。〖魂積値レベル〗があっても実績がないと昇級試験は受けられないからね」


 空間魔法での攻撃を覚えたポーラは、短時間で驚異的な〖レベル〗アップを果たしていた。

 いや、オレが言うと嫌味みてぇになるが、普通は〖レベル〗って何か月もかけて上げるものらしいからな。


 それにも関わらずポーラが急成長したのは、やっぱ同格以上と積極的に戦ってたからだろう。

 相手の〖タフネス〗を無視できる〖スペーススラッシュ〗があれば、どんな魔獣が相手でも勝ち筋が生まれる。


『あ、そういや今回の魔獣は硬そうだったが、空間的強度に違いはなかったのか?』

「うん。普通の生物を斬った時と同じ感じだったよ」

『じゃあ異様に斬り辛ぇのはやっぱオレだけなのか』


 〖スペーススラッシュ〗の効き具合だが、どうもオレ以外の生物なら一律で同じように斬れるそうだった。

 非生物よか生物のが斬りにくいが、生物なら〖獣位〗や〖タフネス〗、〖レジスト〗に関係なく斬れる。


 これはオレが〖凶獣〗だから特別なのか、ジュエルスライム系統だから特別なのか。

 ま、その辺のこともこれから研究を続けて行けばいずれ分かるはずだ。


「〖スペースストレージ〗、〖スペースストレージ〗、〖スペースストレージ〗。もう一体こっちに向かってるからコウヤ君は隠れてて」

『おう』


 アルマジロを異空間に仕舞ったポーラの指示で、オレは背後に移動する。

 つっても、伸ばしていた鞭を引き戻しただけだが。

 アルマジロ討伐後もオレ本体は動かず、鞭を通して〖意思伝達〗を使っていたのだ。


「ウキャキャッ!」


 オレが鞭を戻して十秒くらい経っただろうか。

 枝から枝へと飛び移るようにして猿の魔獣がやって来た。


 大きさからしてこいつも〖長獣〗。深緑の体毛と全身から生えた謎の草が特徴的だ。

 奴はポーラを見つけると土色の顔をくしゃりと歪め、彼女の周りを枝から枝へと飛び移り出した。撹乱するつもりだ。


「ジャンキーモンキーなんて珍しいなぁ。逃がさないようにしないとね」


 円を描く草猿の動きには目もくれず、少女は正面に向かって短剣を構える。頑として撹乱には応じない。

 これ以上やっても無駄だと悟ったのか、草猿はポーラの背後に回ったタイミングで跳躍。彼女に向かって突撃した。


 死角からの攻撃にもポーラは微動だにしない。

 その無防備な背中へ、草猿は〖長獣〗にしては高い〖スピード〗で接近し、そして上方へと跳ね上げられた。


「〖スペースベンド〗」


 空間の繋がりを歪める魔法だ。

 ポーラは草猿がいつ襲い掛かって来ても良いよう、その魔法を即時使えるようにしていた。


 そして草猿が枝から跳び立った瞬間、自身のすぐ後ろに空間の歪みを設置。

 そこへ突っ込んだ草猿は進行方向を上に曲げられ、まんまと空に打ち上げられたのだった。


 空中で藻掻くも草猿の腕は枝まで届かない。

 オレの〖空中跳躍〗みてぇな〖スキル〗も未所持らしく、そのまま垂直に落下する。


「ウキャァっ!?」

「〖スペーススラッシュ〗」


 ポーラが短剣を振り上げる。草猿の体が正中線に沿って真っ二つに分かたれた。

 草猿が死んでいるのを確認し、一息ついた彼女はこちらに振り向いて訊ねる。


「どうだったかな?」

『反応速度も〖マナ〗の隠蔽も良かったと思うぜ。ただ、最後の〖スペースベンド〗、アレはもう少し外側に飛ばすようにした方が良いかもな』

「あっ」

『ポーラの感知能力は知ってるが、遠距離攻撃や空中移動能力を考えるともうちょい余裕を取った方が良い』

「うぅ……気を付けます」


 そんな風に改善点を話し合いつつ、オレ達は森での修行を続けるのだった。

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